第7話:震源地の正体と、究極のカニ鍋(カニしゃぶ)パーティー
「……報告! 震源地は『奈落の森』中心部! 推定エネルギー値、ドラゴンのブレス直撃の500倍!」
王都の騎士団本部は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。 アイリスは報告を聞くや否や、顔面蒼白で森へと馬を走らせた。
(まさか……あの店が!? マスターは無事なのか!?)
彼女の脳裏に、エプロン姿のタクミの笑顔が浮かぶ。 あれほどの爆発だ。いくらあの店が結界に守られているとはいえ、直撃を受ければただでは済まない。 アイリスは森を駆け抜け、息を切らして『止まり木』の扉を蹴破るように開けた。
「マスター!! 無事か!! 今すぐ避難を……!!」
しかし。 彼女の悲痛な叫びは、店内に充満する**「暴力的なまでに芳醇な香り」**によって遮られた。
「おや、おかえりなさい。ちょうど今、出汁が取れたところですよ」
そこには、湯気を立てる土鍋を前に、のんびりとあく取りをするタクミの姿があった。 そして、カウンターの横には――
「……な、なんだその……赤く輝く、山のような物体は……?」
アイリスは戦慄した。 そこに積まれているのは、Sランク冒険者ですら傷一つつけられない『アダマンタイト・クラブ』の甲羅の残骸。 そして、大皿には山盛りにされた、宝石のように透き通る白い身。
「ああ、これですか? 裏の洞窟でいいカニが手に入ったので、今夜は『カニ鍋』にしようと思いまして」 「カニ……? それが……カニ……?」
(あれは伝説のダンジョンボスだぞ!? 国家転覆レベルの怪物を、どうやって調理したんだ!?)
アイリスの常識が崩壊しかけたその時、タクミは鍋のふたを開けた。
フワァァァ……ッ!!
立ち昇る黄金色の湯気。 昆布(Sランク海魔『クラーケン・ケルプ』)から取った出汁の香りが、アイリスの脳髄を直接撫で回す。
「さあ、座ってください。まずは『しゃぶしゃぶ』でいきましょう」
タクミは、半透明の刺身のような長い脚肉を箸でつまみ、沸騰する出汁へ「しゃぶ、しゃぶ」とくぐらせた。 表面が白く花咲き、レア状態になったそれを、アイリスの小皿に乗せる。
「ポン酢でどうぞ」
アイリスは、震える手でそれを口に運んだ。 もはや、問い質す気力など残っていなかった。本能が「それを食わせろ」と叫んでいたからだ。
「……あむ」
「――っ!!」
口に入れた瞬間、カニの繊維がホロホロと解け、雪のように舌の上で溶けていく。 噛む必要すらない。舌で押し潰しただけで、濃厚な甘みが爆発的に溢れ出し、口内を深海の恵みで満たしていく。 柑橘の酸味が効いたポン酢が、脂の乗った身の甘さを極限まで引き立て、飲み込んだ後も、潮騒のような幸福な余韻が喉の奥から消えない。
「な……なんという……!」
アイリスの目から、ツゥーっと涙がこぼれた。 美味い。あまりにも美味すぎる。 これは食事ではない。魂の浄化だ。 一口食べるごとに、騎士団長としての重圧、魔物への恐怖、将来への不安――すべてが洗い流され、「生きていてよかった」という原始的な幸福感だけが残る。
「お次は、殻から出た旨味が凝縮されたスープで作る『雑炊』です」
タクミが溶き卵(フェニックスの卵ではないが、栄養価は同等の最高級品)を回し入れる。 黄金色のスープを吸い込んだ米。そこへ半熟の卵が絡みつく。
ズズッ……。
「……あぁ……」
アイリスから、溜息のような吐息が漏れた。 五臓六腑に染み渡る、優しくも力強い海神のスープ。 全身の細胞が歓喜の歌を歌い、肌は真珠のような輝きを帯びていく。
「……マスター。一つ聞きたい」 「はい、なんでしょう? おかわりですか?」 「いや……。先ほどの『大地震』の原因は……もしや、このカニを調理した時の……?」
タクミはきょとんとして答えた。 「ああ、蒸す時にちょっと圧力をかけすぎたかもしれませんね。いい音がしましたから」
「……そうか(確信)」
アイリスは静かに箸を置いた。 彼女は心に決めた。この報告書は、墓場まで持っていくと。 王都の平和のため、そして何より、この至高の鍋を明日も食べるために。
「……原因は不明。だが、森は平和そのものであった……と」
「え? 何か言いました?」
「いや! 何でもない! 雑炊のおかわりを所望する!」
その夜。 店の裏口では、山盛りに廃棄されたアダマンタイトの殻を、神獣フェンリルのポチが「バリボリ」と音を立てて砕いていた。
「ガウッ! ガウッ!(カルシウム最高ー!!)」
殻に残ったわずかなスープだけで、ポチの毛並みが「伝説級」から「神話級」へとランクアップしていくのを、誰も見てはいなかった。
震源地『止まり木』。 そこは今日も、世界で一番美味しくて、世界で一番危険なディナータイムであった。




