第49話:神狩り完了と、「管理神」の来店
ズズォォォォォンッ……!!
魔の森の少し開けた空き地(※先ほどの戦闘で木々が消し飛んでできたクレーター)に、二つの巨大な影が墜落し、もうもうと土煙を上げていた。
かつて天界で最強を誇った『武神』の黄金の鎧は、見る影もなくボロボロに砕け散っている。その隣では、冷徹だった『秩序の神』の仮面が完全に割れ、白目を剥いてピクピクと痙攣していた。
『あ、あぁ……。馬鹿な……我ら最高神が、下界の虫けら……いや、ただの喫茶店の常連客ごときに……完全に、敗北するとは……』
這いつくばったまま、武神が血の混じった声で呻く。
その周囲を囲むように、マオ、シャルロット、アイリス、セラフィナ、バルガンの五人が、全く息一つ乱さずに立ち並んでいた。
「ふん。口ほどにもない連中だったな。準備運動にもなりゃしねえ」
マオが拳の土を払いながら、退屈そうに首を鳴らす。
「本当に。さあ、皆様。これ以上遅くなると、マスターがせっかく焼いてくださったホットサンドが冷めてしまいますわ。中に入りましょう」
シャルロットが優雅に踵を返そうとした、その時だった。
『ま、待て待て待てェェーッ!! 早まらないでくれェッ!!』
突如、上空から「待った」をかけるような、焦りに満ちたしわがれ声が響き渡った。
雲の隙間から、穏やかで神聖な光の柱が降り注ぐ。そこに現れたのは、白い長い髭を蓄え、杖をついた小柄な老人だった。
『か、管理神様……!?』
地面に倒れ伏していた武神と秩序の神が、その老人の姿を見るなり、震える声で叫んだ。
無理もない。彼ら最高神ですら頭の上がらない、この世界そのものを創り出し、理を敷いた文字通りの「創造主」が、なぜか大慌てで下界に降りてきたのだから。
「ハァ、ハァ……。ワシが少し昼寝をして目を離していた隙に、お前たち、なんて馬鹿なことをしてくれたんじゃ!」
管理神の老人は、武神たちの頭を杖でボカッ! ボカッ! と容赦なく殴りつけた。
「この世界の『管理』を任せておいたというのに、よりにもよってあの男の店に喧嘩を売るとは……! 命がいくつあっても足りんぞ!」
「……おい、爺さん。あんた、こいつらの親玉か?」
マオが凄みのある声で睨みつけると、世界の創造主たる老人は、ビクッと肩を揺らしてペコペコと頭を下げ始めた。
「ひぃっ! ま、魔王殿、それに各界の王族の方々! 今回はワシの部下が本当に、本当に申し訳ないことをした! どうか、彼らの消滅だけは勘弁してやってくだされ!」
『か、管理神様!? なぜ貴方様が、下界の者などに頭を……!?』
「黙れポンコツ共! お前たち、自分が誰を相手にしていたか分かっておらんのか! この者たちはな、あのタクミの作った『神話級の料理』を毎日食べ、規格外のアーティファクトで茶を飲み続けた結果、すでにステータスが神の領域を遥かに突破しておるんじゃ! お前らごときが勝てるわけがなかろうが!」
『なっ……!?』
「それに、あの店はな……ワシが直接『世界の進化のため』に力を与えた、特例中の特例の店なんじゃよ! それを浄化しようだなんて、とんだお笑い種じゃ!」
第一話でタクミを過労死から救い、この世界に転生させた張本人。
彼こそが、この事態を招いた一番の元凶であった。
「……なるほど。マスターのスポンサーというわけか。まあいい、俺たちはマスターの店で平穏に過ごせればそれでいい。これ以上手出しをしないというなら、見逃してやる」
マオが腕を組んで鼻を鳴らすと、シャルロットたちも剣を収めた。
神々の間で、気まずくも圧倒的な敗北感が漂う。
世界を統べる神々が、たかだか一軒の喫茶店に完全降伏した歴史的瞬間だった。
ガチャリ。
その極限の緊張状態を打ち破るように、喫茶『止まり木』の勝手口の扉が開いた。
「おーい、皆さん! プロレスごっこは終わりましたかー?」
エプロン姿の俺、タクミは、湯気を立てる大きな木のプレートを抱えて、ニコニコと顔を出した。
外の冷たい空気の中に、暴力的なまでの香ばしさが一気に放たれる。
カリッと黄金色に焼けた食パンの表面で、焦がしバターがジュワリと音を立てている。
パンの断面からは、熱々にとろけた濃厚なチーズと、溢れ出す『フォレスト・エンペラーボア(森の皇帝猪)』の極上の肉汁が絡み合い、食欲を直接殴りつけてくるような圧倒的な匂いが漂っていた。
「わあ、いい匂いですわ! マスター、今戻ります!」
シャルロットたちが一瞬で笑顔になり、店へと駆け寄ってくる。
「ん?」
俺はプレートを持ったまま、クレーターの中で土下座している老人と、ボロボロになって倒れている二人の大男(武神と秩序の神)を見て、首を傾げた。
「おや、そちらの方々は……? ああ、プロレスごっこのやりすぎで怪我をしちゃったんですか。それに、そっちのお爺さんは、新しく来たレフェリーの人かな?」
俺はまじまじと老人の顔を見つめる。
「……あれ? どこかでお会いしたような……。ああ、確か、俺が倒れた時に夢の中で会ったお爺さん!」
「お、おおっ! タクミよ、久しぶりじゃな! 元気に店をやっておるようで何よりじゃ!」
管理神の老人が、愛想笑いを浮かべながら冷や汗を拭う。俺にとっては、あの過労死の瀬戸際で優しい言葉をかけてくれた恩人だ。
「お久しぶりです! いやあ、あの時はお世話になりました。お爺さんのおかげで、毎日最高の食材に囲まれて、本当に幸せなスローライフを送っていますよ」
俺は心からの感謝を込めて微笑んだ。
そして、後ろでボロボロになっている二人の大男(神々)にも視線を向ける。
「せっかくのお知り合いですし、こんな寒い外にいないで、中に入ってください。おやつ(夜食)の『猪肉ととろけるチーズの極上ホットサンド』が、ちょうど出来立てなんですよ。そちらの新しいお客さんたちも、プロレスで疲れたでしょう? 遠慮せずにどうぞ」
『…………ゴクリ』
武神と秩序の神の喉が、無意識に大きく鳴った。
神の威信も、敗北の屈辱も、彼らの鼻腔を直撃した「焦がしバターと肉汁の匂い」の前には、完全に霞んで消え去ってしまったのだ。
「さ、冷めないうちに。熱い珈琲も淹れますから」
俺が笑顔で扉を大きく開け放つ。
そこから漏れる暖炉の温かな光と、抗いようのない食べ物の香りに誘われるように、天界の最高神たちは、フラフラとゾンビのように喫茶『止まり木』の店内へと吸い込まれていくのだった。




