第45話:聖域の危機と、立ち上がる常連客たち
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
ズガァァァァァァァンッ!!!!!
魔の森の上空は、もはやこの世の終わりかのような阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
黄金のオーラを放つ『武神』と、絶対零度の冷気を纏う『秩序の神』が、プライドを完全にへし折られ、狂ったように極大魔法を連発しているのだ。
空を覆い尽くすほどの巨大な炎の隕石、空間そのものを削り取る真空の刃、大地を融解させる神聖なる光の槍。どれもが一撃で国を一つ地図から消し去るほどの威力を秘めている。
『なぜだァァァッ!! なぜ、ただの木造の小屋が崩れんのだァァァッ!!』
武神が血走った目で絶叫し、さらに巨大な雷撃を打ち下ろす。
しかし、喫茶『止まり木』をすっぽりと覆う透明なドーム――タクミが「日除けと虫除け」のために張った【絶対遮断結界】は、神々の猛攻を受けても「バチィッ」と小さな静電気のような音を立てるだけで、さざ波一つ立たずにすべてを無効化し続けていた。
『ハァ……ハァ……。ありえない、我ら最高神の力が、下界の結界ごときに完全に防がれるなど……!』
秩序の神も、呼吸を乱しながら信じられないものを見るような目で眼下のカフェを見下ろしている。
世界を統べる神々が、たかが一軒の喫茶店を相手に完全に手詰まりに陥っていた。
一方、その頃。
凄まじい神々の猛攻に晒されている喫茶『止まり木』の厨房では。
「コトコト……コトコト……」
大型の蒸し器から、穏やかで平和な湯の音が響いていた。
「うん、温度は完璧に摂氏85度をキープしているな。このままあと少し蒸らせば、最高のぷるぷる具合になるぞ」
俺、タクミは、かまどの火加減を【生活魔法(極)】で微調整しながら、満足げに頷いていた。
外でチカチカと光る凄まじい閃光や、地響きのような轟音は、すべて「季節外れの猛烈な雷雨」だと思っている。そして、時折結界の表面で弾ける神々の怒声が、微かにくぐもった声となって店内まで届いていた。
「……ん? なんだか、外で怒鳴り声みたいなのが聞こえるな」
俺は不思議に思って、首を傾げた。
「こんな嵐の中で、森の近所の住人(※オークやゴブリンなどの魔物)が喧嘩でもしているのか? 困ったな、雷が鳴っている時に外で騒ぐのは危ないのに……。マオさんたち、雨樋の様子を見に行くって言ってたけど、喧嘩に巻き込まれないといいが」
俺は呑気にそんなことを考えながら、蒸し上がったプリンを冷やすための天然の氷を準備し始めた。
「――さて。マスターがせっかく作ってくれた『安息の空間』を泥足で踏み荒らす、無作法な輩はどこのどいつだ?」
店の勝手口の扉が開き、雨除けのテラスにマオが姿を現した。
その背後から、シャルロット、アイリス、ミラ、セラフィナ、バルガンの五人も続く。彼らの表情からは、先ほどまで店内で見せていた穏やかな客としての顔は完全に消え失せ、各界の頂点に君臨する絶対者としての底知れぬ覇気が溢れ出していた。
上空に浮かんでいた武神と秩序の神は、テラスに出てきた者たちの顔を見て、ハッと息を呑んだ。
『……なっ!? 魔王マオだと!? なぜ魔界の王が、あのような人間の店にいる!?』
『魔王だけではありません! ルミナス王国の第一王女、エルフの女王、果てはドワーフ王まで……! 下界の各勢力の長たちが、なぜ一堂に会しているのです!?』
神々は混乱した。本来なら血で血を洗う争いを繰り広げているはずのトップたちが、仲良く肩を並べて同じ喫茶店から出てきたのだから無理もない。
『そうか……! 貴様ら、あの特異点の力に洗脳され、闘争の意志を奪われたのだな! 哀れな下界の長たちよ、今すぐ我らがその呪縛から解き放ってやろう!』
武神が上空から、傲慢な声で宣言する。
だが、その言葉を聞いた瞬間。
テラスに並ぶ常連客たちのこめかみに、一斉に青筋がピキッと浮かんだ。
「……洗脳、だと? ふざけるなよ、天界のトカゲもどきが」
マオが、ギリッと拳を握りしめる。その巨体から、天すらも焦がすほどの極大の暗黒魔力が立ち昇り始めた。
「俺たちはな、マスターの淹れる最高の珈琲と、温かい飯を食って、ただのんびりしたいだけなんだ。それを『バグ』だの『浄化』だのと騒ぎ立てて……さっきの至高のホットミルクの余韻を、よくもぶち壊してくれたな」
「本当に。全くもって無粋の極みですわ」
シャルロットが、優雅に扇子を広げる。その華奢な体からは、神代の聖晶糖で作られた究極のパンケーキによって限界突破した、神聖なる黄金のオーラが爆発的に噴き出していた。
「なっ……!? その凄まじい魔力はなんだ!? 貴様ら、いつの間に『神格』に至るほどの力を得たというのだ……!?」
下界の生物から放たれる、自分たち神々すらも凌駕する規格外のステータスに、武神と秩序の神の顔が完全に引きつる。
「マスターの料理を毎日食べているのです。これくらい当たり前でしょう?」
エルフの女王セラフィナが、周囲の大気の魔力を一瞬で支配し、背後に数千の光の矢を展開する。
「マスターは今、明日のためのお茶会の準備をしてくれているんだ。その神聖な儀式を邪魔する奴は、神だろうが何だろうが、俺の戦槌でスクラップにしてやる!」
ドワーフ王バルガンが、地面を叩き割る勢いで戦槌を構えた。アイリスも静かに剣を抜き、ミラも強大な魔術の詠唱を待機させる。
『ひっ……!? ま、待て、貴様ら! 神に逆らう気か!?』
神々がパニックに陥り、後ずさりしようとした、その時。
ガチャッ。
店の窓が少しだけ開き、中からエプロン姿のタクミが顔を出した。
外では今まさに、神と神話級の怪物たちが激突しようとしているというのに、彼は至って呑気な声で呼びかけた。
「あ、マオさん! 雨樋の調子はどうですか? なんだか外でご近所さんが大声で喧嘩してるみたいですから、巻き込まれないように早く中に入ってきてくださいねー! プリン、もうすぐ蒸し上がりますから!」
その言葉に、殺気立っていた常連客たちが一瞬で「いつものニコニコしたお客さん」の顔に戻り、「はーい! すぐ戻りますよ、マスター!」と明るく返事をした。
窓がパタンと閉まる。
再び、常連客たちが上空の神々へとゆっくりと向き直った。その目は、完全に「ゴミ(害虫)」を見るような冷酷な光を宿している。
「……聞いたか? マスターが『早く中に入れ』と仰っている」
マオが、首の骨をポキポキと鳴らした。
「プリンが蒸し上がるまでの数分間。……それでお前らを完全解体して、静寂を取り戻す」
かくして。
マスターの愛する喫茶店と、明日の極上プリンを守るため、神話級のステータスを持つ「止まり木防衛連合軍」による、一方的な「神狩り」の幕が切って落とされたのだった。




