第44話:神々の降臨と、ビクともしない絶対遮断結界
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!!!
魔の森の上空。インクをこぼしたように分厚く濁った暗雲を割って、二つの圧倒的な光の柱が天から降り注いだ。
一つは、燃え盛る太陽のような黄金のオーラを放つ巨漢。
もう一つは、絶対零度の冷気を纏う、冷徹な仮面をつけた細身の影。
天界の最高位に君臨する『武神』と『秩序の神』が、ついに地上へとその姿を現したのだ。
『見下ろせ、秩序の神よ。あそこにあるちっぽけな木造建築……あれが、我らの神獣と天使を堕落させ、世界から闘争を奪い去った忌まわしきバグ(カフェ)だ』
『ええ。周囲の空間ごと、完全に切り取って消滅させましょう。神の威信にかけ、塵一つ残してはなりません』
神々が見下ろす先には、鬱蒼とした森の中にぽつんと建つ、温かなランプの光が漏れる喫茶『止まり木』があった。
武神が右手を高く掲げると、空中のマナが悲鳴を上げながら一箇所に収束していく。それは、山脈を一つ丸ごと消し飛ばし、大地を更地に変えるほどの極大魔法。
『消え失せろォォッ!! 地上のバグめ!!』
武神の咆哮と共に、白を超えた「純白の雷の柱」――『絶対浄化の神雷』が、一直線に喫茶『止まり木』の屋根へと向かって撃ち下ろされた。
ズガァァァァァァァンッ!!!!!
凄まじい閃光が森全体を包み込み、大気がプラズマ化して悲鳴を上げる。
直撃すれば、店はおろか地下の岩盤までが完全に蒸発するはずの、神の裁き。
しかし――。
バチィッ!! ……ジジッ、シュゥゥゥ……。
「……は?」
上空の武神の口から、間抜けな声が漏れた。
神の雷は、店の屋根から数メートル上の空中で「見えないドーム」に衝突した瞬間、まるで熱した鉄板に落ちた水滴のように、一瞬で弾け飛び、無害な光の粒子となって雲散霧消してしまったのだ。
建物には傷一つなく、それどころか屋根の上の風見鶏すらピクリとも揺れていない。
『ば、馬鹿な……!? 我の全力の神雷だぞ!? いかなる防壁魔法陣が展開されていようと、紙切れのように貫通するはず……!』
『ありえません……! あの店を覆っているあの薄い膜、神の力と完全に相反する「概念的断絶」が施されています! あれでは干渉すらできない!』
一方、その頃。店の中では。
「おおー、凄いピカッと光ったな。今日の雷は随分と派手に落ちる」
俺、タクミは、窓ガラス越しに弾けた強烈な光を見上げて、呑気に感嘆の声を漏らしていた。
店内に響いたのは、夏の夜に虫取り網(電撃殺虫器)に蚊が当たった時のような「バチッ」という小さな音だけ。揺れもなければ、音もうるさくない。
「マスター……あなた、この店に一体どんな防壁を……?」
カウンターで特製カラメル・ホットミルクのマグカップを握りしめたまま、魔王マオが引きつった顔で尋ねてきた。その隣では、天使のテンが「神様の全力攻撃が、ノーダメージ……!?」と白目を剥いて震えている。
「防壁? ああ、この結界のことですか」
俺はカウンターを拭く手を止め、笑って答えた。
「この店を建てた時、森の中だからどうしても虫が多くて困ったんですよ。飲食店にハエや蚊が入ってくるなんて、衛生的に絶対に許されないでしょう? だから、【万能錬金術】を使って、店全体を覆うように『虫除けの結界』を張ったんです」
「む、虫除け……?」
「ええ。ついでに、夏場の強烈な紫外線(UV)で食材が傷んだり、俺が日焼けしたりするのも嫌だったので、『人体と店に有害なエネルギーを完全に遮断するフィルター』も重ねがけしておきました。おかげで、どんな豪雨でも雷でも、店の中は快適そのものですよ」
俺がサラリと言ってのけたその言葉に、常連客たちは完全に絶句していた。
(なるほど……。「虫除け」と「日除け」の目的で、マスターが無意識に【万能錬金術】で概念を書き換えた結果、神聖魔力すらも「有害な光と羽虫」として弾き返す『絶対遮断結界』が完成してしまったというわけか……!)
シャルロットが、額に冷や汗を浮かべながら震える声で呟く。
「……神の裁きを、紫外線と蚊と同列に扱うなんて。本当に、私たちのマスターは恐ろしいお方ですわね」
外では、雷の直撃を防がれた神々がパニックに陥り、狂ったように次々と光の槍や炎の隕石を降らせ始めていた。
ドスドスッ! バチバチッ!
だが、それらはすべて店の見えないドームに当たっては「ジリッ」と小さな音を立てて消滅していく。俺にはそれが、ただの激しいあられか雹が降ってきたようにしか見えなかった。
「いやあ、本当に外は酷い荒天ですね。でも安心してください。うちの結界は、ちょっとやそっとの嵐じゃビクともしませんから」
俺は厨房の奥から、追加のヒノキ・トレントの薪を持ってきてストーブにくべた。パチパチという温かな音が、店内に平和な空気を取り戻していく。
「さ、ミルクが冷めないうちに飲んでください。明日のお茶会に備えて、今日はゆっくり休んでいってくださいね」
マスターのその温かくも決定的な言葉(プリンの約束)を聞き、常連客たちの瞳に、再び鋭い光が宿った。
コトリ、と。
マオが、空になったアイアンウッドのマグカップをカウンターに置いた。
「……ごちそうさまでした。マスターの言う通り、この心地よい暖炉の前で、嵐が過ぎるのを待つとしよう」
「ええ。でも、少し外の『落ち葉』がうるさいですわね。アイリス、店の周りを掃除してきましょう」
シャルロットが立ち上がり、優雅にドレスの裾を翻す。アイリスは無言で頷き、腰の剣の柄を握り直した。
セラフィナとバルガンも、それぞれ口元に好戦的な笑みを浮かべながら立ち上がる。
「マスター。ちょっと俺たち、雨樋の様子を見てくるわ」
「え? いやいや、こんな嵐の中で外に出たら危ないですよ! 雷に撃たれたらどうするんですか!」
俺が慌てて引き止めようとすると、マオはニッと笑って親指を立てた。
「心配無用だ。マスターの料理で、俺たちの体はちょっとやそっとの雷じゃ焦げないくらい頑丈になってるんでね。すぐ戻るさ」
そう言って、四人の常連客たちは勝手口へと向かった。
本来なら相容れないはずの、魔王、ルミナス王女(近衛騎士)、エルフの女王、そしてドワーフ王。
彼らは今、ただの「喫茶店の常連客」として、自分たちの愛する安息の地(と明日のプリン)を守るため、神々が待ち受ける嵐の空の下へと、一斉に飛び出していくのだった。




