第33話:幻の金属の正体と、陥落するドワーフ王(マッサージチェア)
「ぷはぁーッ! 食った食った! 腹の底から力が湧いてきやがる!」
ドワーフ王バルガンは、五杯目の白米としじみ汁を平らげ、満足げに立派な髭を撫でた。徹夜で山を駆け下りてきた疲労など、タクミの究極の朝食によって微塵も残っていない。
隣では、エルフの女王セラフィナが食後のハーブティーを傾けながら、ふぅ、と心地よさそうに息を吐いている。
「本当に……ここの食事は、私の精霊核を極限まで満たしてくれる。……ところでバルガン。貴様、そもそも何をしにこの『聖域』へ来たのだ?」
「ん? 何をしにって、そりゃあ朝飯を食いに……ハッ!?」
セラフィナの冷ややかなツッコミに、バルガンは目を見開いた。
「ち、違う! 俺は神の酒と、ミスリルをも凌駕する『幻の柔軟金属』の気配を追って来たんだ! マスター、隠しても無駄だぞ! 俺のドワーフとしての直感がビンビンに反応してやがるんだ!」
鼻息を荒くして立ち上がるバルガンに、タクミは苦笑しながらカウンターの奥を指差した。
「ああ、柔軟な魔力素材のことなら、たぶんあっちのことですね。どうぞ、空いてるので座ってみてください」
タクミが指差した先には、ポツンと置かれた一台の立派な椅子――『魔導マッサージチェア』があった。
「椅子、だと? 馬鹿な、ただの家具からこれほどの密度の魔力が……いや、待て。この座面の素材……っ!?」
バルガンは椅子に近づき、その座面をゴツゴツとした太い指でツン、と突いた。
『ぷにゅん』
「な、なんだこの感触はァァ!? 金属ではない……? だが、この絶え間なく脈打つ魔力の流動、そして一切の衝撃を吸収する究極の弾力性! 一体どんな伝説の魔獣の皮を鞣せば、こんなものが作れるんだ!?」
「あ、それは裏庭で捕まえた『マシュマロ・スライム』ですよ。柔らかくて気持ちいいので、クッションの素材にしてマッサージ機能の魔導具を組み込んでみたんです」
「スライムだとォ!? あの最弱の魔物が、こんな神話級のアーティファクトの素材になるわけが……ええい、座ってみればわかる!」
バルガンは疑心暗鬼のまま、ドカッ、と重い音を立ててその椅子に腰を下ろした。
その瞬間。
マシュマロ・スライムの座面が『ぷにゅん』とバルガンの頑強なドワーフの体型に合わせ、寸分の狂いもなく沈み込んだ。
そして、タクミが組み込んだ魔導具が起動し、ドワーフ特有の分厚い筋肉の奥深くにある「ツボ」を、極上の力加減で揉みほぐし始めた。
「「「――――ッッッ!?」」」
バルガンの全身が、大きくビクンと跳ねた。
「な、なんだこれは……!? 座面が俺の体を完全に理解し、包み込んで……ああっ! そこっ、そこは百年前に竜と戦った時に痛めた古傷のツボ……ッ!!」
「おや、力加減はいかがですか? 種族に合わせて自動調整されるはずなんですが」
タクミが呑気に尋ねる。
「完璧だァ……。あぁ……っ、ダメだ、力が、ドワーフの誇りが抜けていく……。工房の炉の火なんてどうでもいい……俺はもう、一生ここで揉まれていたい……」
数秒前まで「幻の金属の正体を暴く」と息巻いていたドワーフの王は、完全に白目を剥き、だらしなく口を開けてマッサージチェアの一部と化していた。
「……私が顔を見せない間に、また一つ、とんでもない『罠』がこの聖域に増えているようだが……」
セラフィナは呆れたように小さくため息をつきつつも、すっかりこの店の「先輩」としての余裕の笑みを浮かべて、優雅にティーカップを置く。
「フッ……。まあいい。また一人、マスターの魔力に当てられた哀れな犠牲者が増えたか」
(……うん、バルガンさんも気に入ってくれたみたいでよかった)
タクミは、完全に骨抜きにされて「あひぃ……」と奇声を発しているドワーフ王を見守りながら、平和な一日の始まりに満足げに微笑むのだった。




