第34話:エルフとドワーフの神話級クラフトと、星降る珈琲畑の大改造
「うーん、もう少し畑を広げたいんだけどな……。最近、常連さんたちのおかげで食材の消費も早いし」
その日の午後。
喫茶『止まり木』の裏庭で、タクミは鍬を片手に、空いているスペースを眺めていた。手元には、先日魔境の奥地で拾ってきた『星降りの珈琲豆(※焙煎する前から星空のように輝いている謎の豆)』の種がある。これを植えて、自家焙煎のコーヒーを出したいと考えていたのだ。
「おや、マスター。農作業か?」
「そのような肉体労働、わざわざマスターがやらなくとも……」
裏庭にやってきたのは、すっかりマッサージチェアの虜になり「もう国には帰らん」と宣言し始めたドワーフ王バルガンと、ハーブティーを片手に優雅に散歩中のエルフの女王セラフィナだった。
さらに畑の隅では、住み込みの農作業員であるゼノ(元・魔王軍最高幹部)が、「なぜエルフとドワーフの頂点がここに……」とガタガタ震えながら草むしりをしている。
「あ、お二人とも。いや、少し畑を拡張して新しい珈琲豆を植えようかと思いまして」
「珈琲だと? あの黒くて苦い汁か! よし、あの神のしじみ汁とマッサージの恩返しだ。土いじりなら俺たちドワーフの右に出る者はいねえ! どけ、マスター!」
バルガンが背負っていた巨大な戦槌を構える。
「ちょ、バルガンさん、そんな物騒なもので――」
「【神槌・大地鳴動】ォォォッ!!」
ドゴォォォォォンッ!!
バルガンが戦槌を地面に叩きつけた瞬間、裏庭の土が意志を持ったかのように波打ち、一瞬にして「完璧な等間隔の畝」と「自動で地下水を汲み上げる水路」、さらには「温度を一定に保つための魔力回路が刻まれた岩壁」が錬成された。
「……ひぃっ!? 伝説の『大陸隆起』の術を、たかだか数メートルの畑作りに!?」
隅っこでゼノが白目を剥いている。
「ふん。ただ土をいじっただけではないか。植物を育てるのは、水と土、そして精霊の加護……つまりエルフの領域だ。見せてやろう」
セラフィナが歩み出ると、星降りの珈琲豆の種を畝に蒔き、両手を広げて透き通るような声で歌い始めた。
「【世界樹の息吹】……」
エルフの女王が放つ極大の自然魔力が、裏庭を包み込む。
すると、蒔かれたばかりの種が一瞬にして芽吹き、茎を伸ばし、立派な珈琲の木へと成長していく。さらに周囲の魔力を吸い上げ、枝には夜空の星々のようにキラキラと輝く美しい珈琲の実がたわわに実った。
「おお……! お二人とも凄いですね、あっという間に立派な珈琲畑ができました!」
タクミは無邪気に拍手をした。
エルフとドワーフの王が協力して作り上げた、土壌、水路、植物のすべてが完璧な調和を保つ「神話級の農園」。それを前に、ゼノはついに泡を吹いて気絶した。
「がっはっは! どうだマスター! これでいつでも美味い珈琲が飲めるぞ!」
「ふふっ。私の精霊魔法にかかれば、この程度の成長など造作もないことだ」
二人がドヤ顔で胸を張る。
「本当に助かりました。……よし、それじゃあ仕上げですね。【生活魔法(極)・最適生育】と、【風味凝縮】」
タクミがパチン、と指を鳴らす。
――その瞬間。
「「「なっ……!?」」」
バルガンとセラフィナが息を呑んだ。
完璧だったはずの珈琲畑が、さらに一段階上の次元へと昇華したのだ。
実は、バルガンとセラフィナの魔法は強大すぎるがゆえに、「魔力の暴力」で植物に無理やり成長を強いている部分があった。しかし、タクミの生活魔法がその粗を完全に調和させ、植物が持つ本来のポテンシャルを「神の領域」まで引き上げてしまったのである。
実った珈琲の実は、星の輝きを超え、まるで小さな宇宙を内包しているかのような深い光を放ち始めた。
「ば、馬鹿な……。俺の組んだ完璧な魔力回路が、さらに最適化されて……自然と一体化しているだと!?」
「私の魔法で限界まで成長させたはずの植物が、さらに『進化』したというのか……!? この男、一体どれほどの……ッ」
驚愕で固まる二人をよそに、タクミはポロポロと実を収穫していく。
「【生活魔法・全自動焙煎】。……うん、いい香りだ。お二人とも手伝ってくれたお礼に、淹れたての珈琲をご馳走しますよ」
数分後。
タクミが淹れた『星降りの珈琲』から立ち上る、脳髄を直接撫でられるような芳醇すぎる香りと深いコクに、エルフとドワーフの王は完全に言葉を失っていた。
「……バルガン」
「……ああ、セラフィナよ」
「私たちはとんでもない畑を造ってしまったのかもしれないな……(ズズッ)」
「ああ……だが、この珈琲の前では、そんなこともどうでもよくなっちまうな……(ズズッ)」
かくして、喫茶『止まり木』の裏庭には、神でさえも手を出せないほどの「絶対不可侵の神話級農園」が爆誕したのだった。




