第31話:神の滴る林檎酒(シードル)と、理性を溶かす禁断の晩酌
「ピクニックで採ったフルーツが余っちゃったな。……よし、この『天界の林檎』で、自家製の林檎酒でも造ってみようか」
タクミは思い立った。
喫茶『止まり木』の裏庭に実る『天界の林檎』は、一口食べれば寿命が延びると言われる伝説の果実だ。これに、ピクニックの際に「トリュフ豚(厄災の猪)」が掘り当てた『星隕のトリュフ』の香りを、アクセントとして移すことにした。
「まずは果汁を絞って……。【生活魔法(極)・全自動圧搾】」
パチン、と指を鳴らすと、宙に浮いた林檎が一瞬で黄金の果汁へと姿を変える。そこに『世界樹のはちみつ』を隠し味として注ぎ込み、時間を操る魔法を重ねた。
「【生活魔法(極)・時間加速】。……よし、これで数百年分の熟成は完了。仕上げにシュワシュワさせようか。【生活魔法(極)・微炭酸固定】」
タクミの魔法によって、黄金色の液体の中に、真珠のような微細な泡が閉じ込められた。
その日の夜。
店にやってきたのは、昼間の「ちょっとした作業(魔力の減圧と肘掛けの粉砕)」を終えたシャルロットとマオ、そしてミラとアイリスだった。
「マスター、何か冷たい飲み物を……。今日はなんだか、自分の力が恐ろしくて精神的に参りましたわ……」
「余もだ。ただ肘掛けを握っただけで砂になるとは……。癒やしが、癒やしが必要だ」
二人とも、身体的にはおにぎりや唐揚げのバフで元気一杯なのだが、その「強すぎる力」を無自覚に振るってしまったことへの精神的な気疲れが凄まじかったのである。
「おや、皆さんお疲れですね。ちょうどいいところに、試作のシードルができましたよ」
タクミがカウンターに並べたのは、透き通った黄金色に輝く林檎酒だ。
彼らは渇いた喉を潤すべく、一気にそれを口に含んだ。
「「「――――っっっっ!?」」」
脳を突き抜けるような、林檎の圧倒的な甘みと酸味!
そこに、熟成されたはちみつの濃厚なコクと、トリュフの高貴な香りが鼻から抜け、繊細な炭酸が舌の上で心地よく弾ける!
「な、なんだこれは……!? 飲んだ瞬間に、全身の細胞が『お祭り』を始めたぞ!? 悩みも、魔界の重圧も、すべてがどうでもよくなる……ッ!」
マオがグラスを握りしめたまま、感涙にむせぶ。
この『神のシードル』には、タクミの魔法によって**【精神の完全弛緩】**という強力なリラックス効果が付与されていた。
「あぁ……もう、今日は帰りたくありませんわ……。魔導マッサージチェア、お願いします……」
シャルロットがフラフラと、店内の魔導マッサージチェアへ倒れ込む。
座った瞬間に、素材として使われているマシュマロ・スライムが「ぷにゅん」と体型に合わせて沈み込み、究極の柔らかさで包み込む。さらに魔導具としての機能が働き、最適な力加減で全身のツボが優しく揉みほぐされていく。シードルの酔いと相まって、王女の理性は完全に溶けてなくなった。
「マオー、ミラに甘えてもいいぞぉー!」
「ミラぁぁ! 余も……余も、魔王なんかやめて、このマッサージチェアの一部になりたいんだぁぁぁ!」
店内では、普段の威厳をかなぐり捨てた魔王夫妻と、魔導マッサージチェアの極上の揉みほぐしに埋もれて「むふふ……」と蕩けた笑いを浮かべる王女の、極めて平和(?)でカオスな光景が広がっていた。
(……うん、みんなリフレッシュできてるみたいだね。造ってよかった)
タクミは、カウンターで幸せそうに酔い潰れている一同を見て、満足げに微笑むのだった。
翌朝、二日酔いゼロ(生活魔法の浄化効果)で目覚めた彼らが、昨夜の「理性が溶けた失態」を思い出して悶絶するのは、また別のお話。




