第30話:王女の規格外魔力(バグ)と、魔王の神砕き(無自覚な後日談)
【Side:ルミナス王国・王城】
「はぁ……。あのアダマンタイト・クラブのおにぎり、もう一度食べたいですわ……」
王城の執務室。
第一王女シャルロットは、右手の平をじっと見つめていた。
休日のピクニック以来、彼女の体質は激変していた。全身から溢れ出す魔力が、制御不能なほどに高まっているのだ。
(……まずいですわ。このままだと、くしゃみをしただけで城の屋根が飛んでしまいそうです……。どこかでこの魔力を逃がさないと……)
そこへ、護衛のガイル副団長と宮廷魔導士長が現れた。
「殿下、本日は『王都大結界』の維持作業の日ですので、我々魔導士団はこれより地下へ向かいます。お茶会の準備は整っておりますが……」
「……待ちなさい。お茶会はキャンセルです。わたくしも行きますわ」
「えっ? 殿下が『結界の間』へ?」
魔導士長が驚きに目を見開く。
これまでは、百人の魔導士が交代制で丸一日詠唱し、魔力を補充するという過酷な重労働はすべて魔導士団に任せきりで、王族であるシャルロットは報告を受けるだけだったからだ。
「ええ。たまにはわたくしも協力しますわ(……いえ、今すぐこの有り余る魔力をどこかにぶつけないと、わたくし自身が爆発しそうですの!)」
一行は地下深く、幾重もの魔法障壁に守られた聖域へと向かった。
巨大な扉が開くと、そこには王都全体を覆う結界の要、数メートルに及ぶ巨大な『守護の水晶』が鎮座していた。
「よろしい。わたくしが『少しだけ』手伝いますわ」
(そう、ほんの少し、溜まった分を移すだけ……)
シャルロットは無造作に巨大水晶へと手を触れた。
そして、体内で暴れ狂う魔力を、ほんの一滴、絞り出すように流し込む。
カッ――――――――!!!
「「「メガァァァァァッ!!?」」」
その瞬間、地下室が『第二の太陽』のごとく神々しい閃光に包まれた。
あまりの魔力密度に、水晶は耐えきれず粉砕される――と思いきや、限界を超えたエネルギーを再結晶化。あろうことか、自ら輝く【神代の聖晶石】へと物理的に進化を遂げてしまったのだ。
「な、なななっ……王都の結界強度が、理論値を突き抜けて物理無効レベルにまで……っ!? 殿下、今一体何を!?」
「え? ほんの少し触れただけですけれど……(おかしいですわね。カニ飯おにぎりの半分も消費していませんのに)」
泡を吹いて気絶する魔導士長。ガイルは震える足で壁にすがりつく。
「アイリス団長の次は、殿下まで化け……いえ、覚醒されたのか……! もうこの国は安全すぎて怖い!」
【Side:魔界・魔王城】
一方、その頃の魔王城・玉座の間。
魔王は、頬杖をつきながらだるそうに考えていた。
(美味かった……。あのだし巻き卵、もう一度食べたい。だが、今日も今日とて侵略の督促か。そもそも世界征服など、ブラック企業のノルマのように重苦しいだけで、今は全く気乗りせん。
だいたい、今攻め込んであの『止まり木』に被害でも出ようものなら、激怒した妻と娘に私がガチで殺されてしまう……)
「魔王様! 今すぐ人間界へ進軍し、血の海に沈める許可を!!」
強硬派の幹部が吠える。魔王は心底面倒そうに、無意識に玉座の肘掛け――絶対に壊れない魔界の超硬金属をギュッと握りしめた。
ピクニックの唐揚げにより、彼の筋力は既に神をも粉砕する次元に達している。
パシュッ……!!
金属の肘掛けが、一瞬にしてきめ細やかな「砂」へと変わり、床にこぼれ落ちた。
「…………え?」
沈黙。魔王は無表情のまま、手に残った砂を「ふぅー」と幹部の顔に吹きかけた。
「…………進軍? ……そんな『小事』、私のあくび一回より価値があるのか?」
「ヒッ……!?!?(絶望)」
幹部の脳裏に衝撃が走る。
(壊したのではない、消した!? あれほど圧倒的な力を完全に御して塵にしただと!?
そうか、魔王様にとって人間界の侵略など、今日どの靴下を履くか程度のどうでもいい雑務……! そんな話を持ち出した私を、魔王様は『塵』として見ておられるのだッ!!)
「め、滅相もございませんッ!! 私が浅はかでした!! 魔王様が描く『真の終焉』に比べれば、進軍など子供の泥遊び……ッ! 今すぐ撤退いたしますぅぅッ!!」
「? おう、わかったなら良い。下がれ」
魔王が短く促すと、幹部は脱兎のごとく逃げ出した。
(よし、なんか知らんが追い返したぞ。さて、ミラを誘ってまたあのカフェに行こう……)
かくして、王城と魔王城の双方で、トップの異常なパワーアップによる「恐怖の勘違い」が爆誕。
喫茶『止まり木』の美味しいお弁当は、図らずも世界の平和を、かつてないほど強固に保つことになったのである。




