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魔の森の隠れ家カフェ ~元社畜の錬金術師、最強の素材で最高の一杯を淹れる~  作者: 藍沢エイジ


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第28話:魔王の潜入調査(不倫疑惑)と、胃に優しい水竜(リヴァイアサン)雑炊

「……許さん。絶対に許さんぞ、妻をたぶらかした『人間の店主マスター』とやらめ……ッ!!」


魔界の中枢・魔王城。

魔界の統治者たる魔王は、玉座の間でギリギリと奥歯を噛み鳴らしていた。

ここ最近、妻である魔妃カーミラが週に三日も出かけていく。しかも帰ってくるたびに肌は真珠のように輝き、あまつさえ「あのお店の『マッサージ』が最高すぎて……もう全身の骨を抜かれちゃったわ。またすぐ行かなくちゃ……ふふっ」などと、頬を染めてうわ言のように呟くようになったのだ。


愛娘のリリスが「ここのマスター(人間)」と呼んでいた謎の男。

魔王軍の幹部を農夫にし、愛する妻までたぶらかした得体の知れない人間に、魔王の嫉妬と怒りは頂点に達していた。


「我が自ら出向く! 妻を骨抜きにしたその不届き者を、八つ裂きにしてくれるわ!!」


魔王は角を隠し、立派な口髭を蓄えた「人間の初老の紳士」へと変装すると、空間転移で奈落のアビス・ウッドへと単独潜入を果たした。


ズンッ、ズンッ、と重い足取りで森の最奥部へ進む。

(……見えた。あれが忌まわしき美容施設『止まり木』か)


魔王は店の様子を窺うべく、そっと裏庭の茂みに隠れた。

しかし、そこで彼が見たのは、想像を絶する光景だった。


「ほいさーっ! 太陽のトマト、今日も大豊作ッスね!」

麦わら帽子を被り、泥だらけで笑顔を浮かべる青年。

(ゼ、ゼノ!? 我が軍の最高幹部が、なぜそんな満面の笑みで農作業を……!?)


「マスター! 3番テーブルの常連さん、コーヒーフロート追加です!」

エプロン姿で元気に駆け回る、見習いウェイトレスの少女。

(リ、リリス!? 次期魔王たる我が愛娘が、なぜ人間相手にペコペコと注文を取っているのだ!?)


そして、店内の奥。

窓際の奇妙な椅子に座り、「あぁぁ……そこ、そこぉ……」とだらしない声を上げてドロドロに溶けている絶世の美女。

(カ、カーミラァァァ!? な、なんて破廉恥な姿を晒しているのだ!! ええい、もう限界だ!!)


バンッ!!


「貴様ァ! 我が妻に何を――」

魔王が怒り狂ってドアを蹴り開けた、その瞬間だった。


「いらっしゃいませ。あ、もしかして『ミラさん』の旦那さんですか?」


カウンターの奥から、エプロン姿の青年――タクミが呑気に顔を出した。

魔王は即座に『即死級の威圧』を放つが、タクミはそよ風でも吹いたかのように全く意に介さない。


「えっ? あ、ああ……私がミラの夫の……」

(ハッ!? 今この男、『ミラ』と言ったか? カーミラの奴、人間界では偽名を使って正体を隠しているのか! ここで私が『魔王だ』と名乗れば、妻の隠密行動をバラしたとして後で絶対に半殺しにされる……ッ! ええい、適当な人間の名を!)


「……ま、魔王……いや、『マオ』だが……なぜそれを?」


「いつも奥さんや娘さんからお話聞いてますよ。『実家の家業(魔界の統治)が大変で、旦那が胃痛で毎日苦しんでる』って。奥さん、いつも旦那さんのこと心配してましたよ」

「……え?」


魔王の怒気が、スッと霧散した。

妻は自分を差し置いて遊んでいるわけではなく、自分の体を心配してくれていた?


「……マオさん、顔色が悪いですね。ちょっと座ってください。今、胃に優しいものを作りますから」


タクミは強引に魔王をカウンター席に座らせると、厨房の火に鍋をかけた。

取り出したのは、以前川釣りで獲れた『リヴァイアサン・トラウト(災害級水竜)』の骨からじっくりと抽出した、黄金に輝く特製出汁。

そこに、消化吸収が極限まで高められた『聖女の涙(超高級米)』を入れ、ふっくらと煮立てる。仕上げに『皇帝の卵』でふんわりととじ、刻んだネギを散らした。


「お待たせしました。『水竜出汁の特製たまご雑炊おじや』です」


グツグツと音を立てる土鍋から、暴力的なまでに食欲をそそる出汁の香りが立ち昇る。

魔王はゴクリと喉を鳴らし、木のスプーンで熱々の雑炊をすくい、口に運んだ。


「――――ッッ!!」


熱い。しかし、それは決して暴虐な熱ではない。

水竜の濃厚な旨味が溶け出した黄金のスープが、極上の米一粒一粒に染み込み、噛む必要すらないほど優しく胃の腑へと滑り落ちていく。

そして卵のまろやかな甘味が、長年のストレスと激辛魔界料理でボロボロになっていた魔王の胃壁を、まるで母親の毛布のように優しく、温かく包み込んでいく……!


「あ、あぁ……なんという……なんという慈愛に満ちた味だ……」


魔王の目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

世界征服の重圧。反乱分子の粛清。妻や娘の反抗期。

そのすべてで擦り減っていた「中間管理職の父親」の心と胃袋が、一杯の雑炊によって完全に救済されたのだ。


「お父様……? なんで泣きながらおじや食べてるの……?」

「あなた、やっぱり心配で来ちゃったのね。……マスター、うちの旦那の胃腸、治せそうかしら?」


スライムチェアから復活したカーミラとリリスが、呆れたように、しかし少し嬉しそうに声をかけた。


「ええ。すっかり長年の胃潰瘍が治ったみたいですね。マオさん、いつでも胃を休めにいらしてください。次は消化にいい温野菜のスープでも作りますよ」

「マ、マスター殿ぉ……っ! あ、ありがとう……ごじゃいます……っ!!」


魔王は鼻水をすすりながら、タクミの手を両手で固く握りしめた。

こうして、魔界の頂点たる恐るべき魔王は、「実家の家業で胃を壊している、ミラさんの旦那さん(通称:マオさん)」として、喫茶『止まり木』の最も涙脆い常連客の仲間入りを果たしたのである。

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