第25話:音速のおんぶ(マッハ3)と、王女殿下の極上フルーツサンド
「アイリス団長。わたくしを誤魔化せると思わないことです」
王都・ルミナス王国王城、王女の私室。
王国第一王女であるシャルロットは、扇子で口元を隠しながら、目の前で冷や汗を流す第一騎士団長アイリスをジロリと睨みつけた。
「現在、王都の城中が『魚の脂』と『熱湯』の匂いで満ちています。お父様(国王)はむせ返り、文官たちは魚臭さに涙を流しながら執務をしているのですよ? なのに、元凶であるあなたの体からは……極上の花の香りと、透き通るような魔力の気配しかしないではありませんか」
「うっ……そ、それは……私が特別に強靭な鮭を……」
「嘘をおっしゃい!」
シャルロット王女はピシャリと扇子を閉じた。
彼女は王族きっての頭脳派であり、美への探求心も人一倍強い。アイリスの「鮭サウナ地獄」という狂気の言い訳を、最初から1ミリも信じていなかったのだ。
「その『真珠のような肌』と『ミスリルをも凌駕する弾力』。絶対に魚の脂などではありませんね。……第一騎士団長としての忠誠に誓い、わたくしをその『本物の美容施設』へ案内なさい。お忍びで、今すぐにです!」
「殿下、あそこは奈落の森の最奥! 王族が足を踏み入れて良い場所では……!」
「案内しないなら、あなたが国費でこっそりトマトを大量買いしていることをお父様に言いますよ」
「…………承知いたしました」
アイリスは膝を突き、観念したように首を垂れた。
しかし、彼女は顔を上げると、騎士としての鋭い眼光を放った。
「ただし、殿下。あそこはSランク魔獣が跋扈する超危険地帯。隠密の馬車などでは一瞬で発見され、命を落とします」
「で、ではどうするのですか?」
「――私の『背中』にお乗りください。振り落とされないよう、首にしっかりとおすがりを」
シャルロットが恐る恐るアイリスの背中におぶさった、その瞬間。
アイリスの脚の筋肉が、爆発的な魔力を帯びて膨張した。連日、喫茶『止まり木』の極上メシを食べ続けたことで、彼女の基礎ステータス(特にAGI:敏捷性)は限界を突破し、バグのような数値を叩き出していたのである。
「息を止めて、舌を噛まないようにしてくださいね。――『神速・地を這う流星』!!」
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
王女の私室の窓が粉々に吹き飛び、王都の上空に「白い飛行機雲」のようなソニックブームの軌跡が一直線に引かれた。
アイリスの音速(マッハ3)のおんぶである。
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
王女の悲鳴は、音速を超えているため誰の耳にも届かない。奈落の森のSランク魔獣たちも「今、なんか白い線が通った……?」と首を傾げる間に、二人は森の最奥部へと到達していた。
ズザザザザザッ!!
「ふぅ……。到着しましたよ、殿下。ここが私の守るべき聖域(美容施設)です」
アイリスが喫茶『止まり木』の前でブレーキをかけると、背中から「ほへぇ……」と魂の抜けたような声が聞こえた。
「あら、アイリスさん。いらっしゃい」
店の前で打ち水をしていたタクミが、振り返って目を丸くする。
「そっちのボロボロの女の人、どうしたの? 髪は鳥の巣みたいだし、ドレスもビリビリだけど。……もしかして、森で魔獣に襲われた妹さんをおんぶして逃げてきたとか?」
「(妹……?) あ、はい! その通りですマスター! 妹の『シャル』が、どうしてもマスターの料理を食べたいと駄々をこねまして!」
アイリスは咄嗟にシャルロットを「妹」として紹介し、気絶寸前の王女を抱えて店内へと滑り込んだ。
数分後。
温かいおしぼりで顔を拭かれ、ボサボサの髪をリリス(魔王の娘)に梳かしてもらったシャルロットは、ようやく自我を取り戻した。
「はっ!? わ、わたくしは一体……!?」
「シャル。静かに。ここは世界で最も神聖な食卓だ。……マスター、妹は甘いものが好きなのだが、何かあるか?」
「うん、ちょうどいいのがあるよ。お待たせ」
タクミがカウンター越しに差し出したのは、白い陶器の皿に美しく盛り付けられた『特製フルーツサンド』だった。
「これは……?」
シャルロットが息を呑む。
『聖女の涙(超高級小麦)』で焼かれた雪のように真っ白でフワフワの食パン。
その間には、『ミルキー・バッファローの特濃牛乳』で作られた、雲のように軽くて濃厚な生クリームがたっぷり。
そして断面には、森で採れた色鮮やかなSランク魔法果実(ルビー・ストロベリー、エメラルド・キウイ、サファイア・マンゴー)が、宝石箱のように美しく並べられていた。
タクミは、目を輝かせてサンドイッチを見つめるボサボサ頭の少女を見て、思わずクスリと笑った。
お姉ちゃんに無理を言ってこんな森の奥まで連れてきてもらった、ちょっとワガママな妹さんなのだろう。そう勝手に納得しつつ、タクミは気さくに声をかけた。
「手で持って、そのままかぶりついてみてよ」
タクミの気さくな言葉(王族への不敬罪)に、シャルロットは戸惑いながらも、その美しいサンドイッチを両手で持ち上げた。
指に伝わる、パンの信じられないほどの柔らかさ。
そして、一口。
「――――ッッ!!!」
脳が、物理的に甘味で殴られた。
パンの塩気と小麦の香りが、生クリームの暴力的なまでの濃厚さとコクを完璧に受け止める。
そこに、噛んだ瞬間に弾け飛ぶ魔法果実たちの『圧倒的な果汁』! 酸味と甘味の大洪水が、口の中でオーケストラのように鳴り響いた。
「あぁっ……! な、何という気品……! 何という破壊力……!! 王宮の専属パティシエが束になっても、この一口のクリームの足元にも及ばないわ……っ!!」
王女としてのマナーもエチケットも消し飛んだ。
シャルロットは、口の周りに真っ白なクリームをベチャベチャにつけながら、両手でフルーツサンドを貪り食った。
「美味しいでしょ。世界樹の蜜も少し混ぜてるから、美容にもいいんだよ」
「ひぎゅっ!? せ、世界樹……ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、シャルロットは全てを悟った。
アイリスの異常な美肌。王都に広められた嘘。
こんな神話級の食べ物と美容成分がゴロゴロしている場所を王族(国)が知れば、間違いなく軍隊を派遣して独占しようとし、他国との戦争に発展するだろう。
「……アイリス。あなたが『鮭サウナ』などという醜悪な嘘をついてまで、この場所を隠した理由が……よく分かりました」
シャルロットは指についたクリームをペロリと舐め取り、真剣な瞳でタクミを見つめた。
「マスター。わたくし……いえ、アイリスの妹のシャルは、この『フルーツサンド』の味を一生忘れません。……絶対に通います。這ってでも通います!」
「ははは、そんな大げさな。いつでもおいでよ」
こうして、王国のトップ(第一王女)までもが、店の「絶対保護」と「美容・美食の虜」という陣営に、あっさりと(マッハ3の速度で)絡め取られてしまったのである。




