第24話:魔界の王妃の強襲と、美肌のアサイーボウル
バリバリバリィィィッ!!!
奈落の森の最奥部。
平穏な喫茶『止まり木』の上空に、突如として禍々しい漆黒の亀裂が走った。
空間そのものがガラスのように砕け散り、そこから溢れ出した圧倒的な『絶望の瘴気』に、森中のSランク魔獣たちが一斉に泡を吹いて気絶する。
「な、なななっ……この気配は!?」
裏庭でトマトの収穫をしていたゼノ(元・最高幹部)が、泥だらけの顔を引きつらせて空を見上げた。
「うそでしょ……。お父様ならともかく、どうして『お母様』が直接……っ!?」
見習いウェイトレスのリリスも、お盆を抱えたままガチガチと震え出した。
亀裂の中から優雅に降り立ってきたのは、豪奢な漆黒のドレスに身を包んだ、魔界の頂点に君臨する絶世の美女。魔王の妻であり、リリスの母である『魔妃カーミラ』であった。
その力は魔王すら凌ぐと噂され、彼女の機嫌一つで魔界の天候が変わるほどの絶対的強者である。
「……ここね。我が娘をたぶらかし、あまつさえ『究極の美肌』を独占しているという忌まわしき美容施設は」
カーミラの真紅の瞳が、ログハウスを鋭く睨みつける。
彼女がなぜ直接乗り込んできたのか。それは昨夜、魔王が自室の机に置き忘れていた『通信魔石』のロックを解除し、こっそりと娘との通話履歴(録画映像)を覗き見してしまったからである。
映像に映っていた娘の「毛穴一つない超反発・絶対美肌」。
それを見た瞬間、カーミラの嫉妬と美への執念が、魔界の理すら凌駕して空間を引き裂いたのだ。
「リリス! ゼノ! 貴様ら、魔界の王族たる自覚を――」
「あ、いらっしゃいませ。もしかして、リリスちゃんのお母さんですか?」
殺気を全開にしてログハウスの扉を吹き飛ばそうとしたカーミラの前に、麦わら帽子にエプロン姿の青年――タクミが呑気に現れた。
彼は、魔妃の放つ『即死級の威圧』をそよ風のようにスルーし、ペコリと頭を下げる。
「いつも娘さんがお世話になってます。よく働いてくれて助かってますよ。わざわざ職場見学ですか?」
「……は? 職場、見学……?」
カーミラの思考がフリーズした。
自分が放つ威圧のオーラを無視されただけでなく、「バイト先の店長が親に挨拶するテンション」で話しかけられたからだ。
「お母様! 逃げて! この人間は規格外よ! あっという間に胃袋と肌を掌握されて、骨抜きにされちゃうわ!!」
リリスが必死に叫ぶが、タクミは「ほらリリスちゃん、お母さんにお冷出して」と優しく促す。
「遠いところから(魔界から)わざわざありがとうございます。お疲れでしょうから、お肌に良い特製のスイーツでもどうですか?」
「お、お肌に良い……だと?」
その単語に、カーミラのピリピリしていた殺気がピタッと止まった。
数分後。
魔界のトップである魔妃カーミラは、なぜか大人しくカウンター席に座らされていた。
そこへタクミがコトンと置いたのは、深めの木のボウルに入った色鮮やかな料理だった。
「はい、『特製アサイーボウル・世界樹の蜜がけ』です」
それは、奈落の森で採れた極上の魔法果実(アサイーに似たSランク魔力ベリー)をペースト状にし、『皇帝の卵』で作った自家製グラノーラ、輪切りにしたバナナ、そして『世界樹』から直接抽出した黄金の特製シロップ(神話級の樹液)をたっぷりとかけた、栄養満点のスーパーフードである。
「な、なんだこれは……。果実のペーストから、信じられないほど濃密な生命力の波動を感じる……!」
カーミラは震える手でスプーンを持ち、一口食べた。
「――――ッッ!!?」
爽やかな果実の酸味と、グラノーラのザクザクとした食感。
そこに、世界樹の蜜の圧倒的な甘みとコクが絡み合い、口の中で「美容成分の爆弾」となって弾け飛んだ。
食べた瞬間、カーミラの体内の細胞が劇的に活性化し、長年の魔王業(妻)のストレスで蓄積していた微細な疲労や肌荒れが、光の粒子となって消え去っていく。
「あ、あぁぁ……!! 細胞が……私の魔界の細胞が産声を上げているわ……!! こんな美味しくて美しい食べ物が、人間界にあったなんて……!」
魔界の女王は、もはやスプーンを止めることができなかった。
無言でアサイーボウルをかき込み、あっという間に完食してしまう。
「お粗末様でした。それじゃあ、食休みしたら裏庭の『露天風呂』にどうぞ。うちの自慢の温泉なんで、リフレッシュできると思いますよ」
タクミがニッコリと笑ってタオルを渡す。
すでにアサイーボウルで戦意(と語彙力)を喪失していたカーミラは、「ええ、入るわ……」とふらフラ裏庭へ向かっていった。
――それから一時間後。
「……マスター。先ほどは非礼を詫びよう」
脱衣所から出てきたカーミラは、完全に「別魔」になっていた。
肌はリリス以上に真珠のように輝き、長湯で少し火照った頬は桜色に染まっている。湯上がりにタクミから渡された『フルーツ牛乳』を腰に手を当てて飲み干す姿は、完全に日本の銭湯のおばちゃん(超絶美人版)である。
「あの温泉……そして岩盤浴のように寛いでいた巨大な地竜(カピバラ枠)。すべてが規格外だったわ。魔界のどんな秘湯も、あの世界樹の湯には勝てない……」
カーミラはうっとりとため息をつくと、懐から『漆黒の王家の紋章(魔界の軍事の絶対命令権)』を取り出し、タクミのカウンターにコトンと置いた。
「これ、チップよ。この店は今日から、魔王城直轄の『最高機密・絶対保護領域』に指定するわ。魔族がこの店に手出しすることは、私が金輪際許さない」
「おっ、綺麗なメダルですね。ありがとうございます。壁に飾っておきますね」
タクミは、魔界を滅ぼすこともできる絶対権力の紋章を、「ちょっと珍しいお土産」程度の認識で壁にピンで留めた。
「リリス、ゼノ。引き続きこの『聖域』の防衛(と美容法のリサーチ)にあたりなさい。私も週に三日は通うことにするわ!」
「「……はいっ!(お母様/魔妃様)」」
こうして、魔王城の最高権力者である魔妃カーミラすらも「美容と温泉」の虜となり、喫茶『止まり木』は名実ともに、魔界全軍から命がけで保護される謎のスーパー施設と化したのである。
(ちなみに魔界に取り残された魔王は、突然妻がピカピカになって週に三日も出かけるようになった上、通信魔石を覗き見されていた事実を知り、「なにか良からぬ洗脳を受けているのでは!?」と別の胃痛を抱えることになるのだが、それはまた別の話である)




