第23話:魔王への定時報告と、究極の美肌(アンチエイジング)テロ
「はぁ……。今日も私のお肌、最高に仕上がってるわね」
喫茶『止まり木』の開店前。
見習いウェイトレスのリリス(次期魔王候補)は、脱衣所の鏡(タクミが【万能錬金術】で作った特大の姿見)の前で、自分の頬を指でツンツンと突いていた。
ポヨォン、と信じられないほどの弾力で指が跳ね返される。
数日前、タクミが掘り当てた【世界樹の露天風呂(龍脈100%)】に浸かって以来、リリスの肌は「ミスリル装甲を凌駕する超反発・絶対防御装甲」へと変貌を遂げていた。
毛穴という概念は消滅し、内側から真珠のような光沢を放っている。
「これなら、勇者の聖剣だろうが伝説の魔法だろうが、顔面で弾き返せるわね。……ふふっ、この店の『温泉』と『パンケーキ』……魔王軍の軍事予算を全部つぎ込んでも足りない価値があるわ」
リリスはうっとりと自分の姿に見惚れながら、ふと「あること」を思い出した。
「あっ、いけない! お父様(魔王)への『定時報告』を三日もサボってたわ!」
彼女の本来の目的は、消息を絶った最高幹部ゼノの捜索と、この謎の拠点(喫茶店)の内偵である。
パンケーキと温泉に溺れて完全に任務を忘れていたリリスは、慌てて懐から漆黒の通信魔石(魔界の王族専用スマートフォン的なもの)を取り出した。
魔力を注ぐと、空中に立体的な魔方陣が浮かび上がり、魔王城の玉座の間の映像が映し出された。
『……リリスか! おお、我が愛娘よ! 無事であったか!!』
通信の向こうで、玉座から立ち上がる魔王。その顔には、三日も連絡が途絶えたことに対する深い疲労と焦燥が刻まれていた。
「お、お父様! ごめんなさい、ちょっと『敵の深部』に潜入していて……通信ができなかったの(建前)」
『そうか……! やはり、ゼノを葬るほどの恐るべき罠が張り巡らされていたのだな。して、敵の戦力は? 貴様は無事なのか!?』
「ええ、私は無事よ! むしろ……」
リリスは無意識のうちに、通信魔石のカメラ(視点)を自分の顔にグッと近づけた。
「見て! 私のお肌、すっごくツヤツヤになったの!!」
『……は?』
魔王の思考が停止した。
玉座の間に展開された巨大なスクリーンには、敵地で死闘を繰り広げているはずの愛娘の顔が、「圧倒的な発光と、狂気的なまでの肌のハリ」を伴ってドアップで映し出されている。
魔界の瘴気や怨念など微塵も感じさせない、ピカピカの健康優良児である。
「聞いてお父様! ここの『温泉』っていう拷問器具(建前)がすごいの! お湯に浸かるだけで、魔力の純度が跳ね上がって、どんな物理攻撃も弾き返す【絶対美肌装甲】が手に入るのよ! しかもお風呂上がりのフルーツ牛乳(バッファロー乳)がもう……ッ!!」
『お、温泉……? フルーツ牛乳……? リリス、貴様、一体何を言っているのだ!? 洗脳か!? 敵の精神魔法に侵されているのか!?』
魔王が混乱の極みで叫ぶ中、リリスの後ろを、麦わら帽子に首タオル姿の爽やかな青年が通りかかった。
「おや? リリス様、また鏡の前ですか。若いうちからあまり外見ばかり気にしなくても、十分お綺麗ですよ。……おっと、通信中でしたか。失礼しました」
「ゼ、ゼノ!? 貴様、なぜそこに!?」
魔王は驚愕した。
かつて「影の刃」と恐れられた魔王軍最高幹部が、まるで休日の農家のような満面の笑みで、リリスの後ろを横切っていったのだ。手には採れたての『太陽のトマト』が握られている。
「あ、ゼノは今、ここのマスター(人間)の畑で草むしりの修行(建前)をしてるの。ブラックカレーで毒を抜かれて、すっかり土の尊さに目覚めちゃって」
『草むしり!? あのゼノが!? しかもブラックカレーとはなんだ!!』
魔王の常識が、音を立てて崩壊していく。
人間界の超兵器開発局だと思っていた場所は、愛娘がツヤツヤになり、最強の暗殺者が農家に転職する「謎の極楽浄土」だった。
「とにかくお父様! 私はまだこの店で『監視任務』を続けるわ! 今日のまかないは『ハンバーグ』らしいから、絶対に帰れないし! じゃあね!」
『ま、待てリリス!! まかないとは何だ!! ウェイトレスとは――』
ブツンッ。
リリスは一方的に通信を切ると、満足げにエプロンの紐を結び直した。
「よし、報告終わり! さあ、今日もパンケーキのお皿洗い、頑張るわよ!」
一方、通信を切られた魔王城の玉座の間では――。
「……魔王様。いかがなされましたか。リリス様は……」
側近の悪魔が恐る恐る尋ねる。
魔王は玉座に崩れ落ち、頭を抱えていた。
「……わからん。全くわからんが……一つだけ確かなことがある」
「は、はい」
「……リリスの肌、異常なほど美しかったな。王妃(魔王の妻)が見たら、嫉妬で魔界が二つに割れるぞ……」
こうして、喫茶『止まり木』の【世界樹の露天風呂】の圧倒的なバフ効果(美肌テロ)は、魔王軍の中枢に「謎の美容施設への恐怖と羨望」という、かつてない混乱をもたらすこととなったのである。




