第22話:龍脈の主と、岩盤浴のカピバラ(地竜)
「はぁ……。朝から入るお風呂は格別だなあ」
爽やかな奈落の森の朝。
開店前の喫茶『止まり木』。タクミは一人、裏庭に完成した【世界樹の露天風呂】の黄金の湯に浸かっていた。
頭にはタオルを乗せ、湯船の縁には冷えた『ミルキー・バッファローの牛乳』が置かれている。完璧な朝活である。
『……ズズズズズ……』
その時、露天風呂の底――世界樹の板と炎竜のウロコの隙間から、奇妙な振動が伝わってきた。
「ん? なんだ、地震か?」
タクミが首を傾げた次の瞬間。
ゴボァァァァァッ!!
黄金の湯船の中央が大きく盛り上がり、巨大な「岩の塊」のようなものがぬうっと顔を出した。
「……ぷっはぁーーっ」
それは、全長5メートルほどの、岩石と水晶で構成された巨大な爬虫類――いや、大地の魔力が数千年かけて具現化した伝説の存在、『エンシェント・アースドラゴン(古の地竜)』だった。
かつて大陸の地形を創造したとも言われる、災害級どころか神話級の化け物である。
「おや。お客さん?」
タクミは驚くどころか、少し横にズレて湯船のスペースを空けた。
温泉旅館で、たまたま後から入ってきた見知らぬ客に挨拶するようなテンションだ。
「……ウオォォ……? ナンジャ、ココハ……?」
地竜は、自分の住処である地下深くの『龍脈』から、あまりにも心地よい「純度100%の魔力溜まり」の気配を感じて、寝ぼけ眼で上がってきたのだ。
巨大な岩石の顔に、明確な困惑が浮かんでいる。
「ここ、うちの露天風呂ですよ。お湯の加減、どうですか?」
「……ウオォ……。コノ、キノカオリ……。ソシテ、コノ熱……。ワレノ魂ガ、ホグレテイク……」
地竜はタクミの言葉に答えるように、目を細めて黄金の湯にアゴを乗せた。
数千年の眠りで凝り固まっていた岩の身体が、世界樹の香りと炎竜の保温効果によって、みるみるうちに赤黒く発熱し、心地よい音を立ててリラックスし始めたのだ。
「あ、背中流しましょうか? 結構コケとか生えてますし」
「……タ、ノム……」
タクミは湯船から上がると、【万能錬金術】で作った『ミスリル製・超硬質タワシ』と、泡立ち抜群のボディソープ(ポイズン・デス・マッシュの洗浄成分配合)を手に取った。
「そーれ、ゴシゴシゴシッ!」
「……ウ、ウオォォォォォォンッ!! ソコダァッ!! ソノ、肩甲骨ノウラアタリガ、数百年カユカッタノダァァァ!!」
タクミの【生活魔法(極)】による絶妙な力加減と、ミスリルタワシの刺激。
神話級の地竜は、まるで巨大なカピバラのように目を細め、鼻息を荒くして「もっと、もっとだ!」と身悶えした。岩の鱗の隙間に詰まった古い魔力カスがボロリと落ち、透き通るような水晶の輝きを取り戻していく。
「よし、綺麗になりましたよ。仕上げにこれ、どうぞ」
タクミは湯船の縁に置いてあった『冷えた牛乳』を、ポンと地竜の岩石の鼻先に置いた。
「……コレハ?」
「風呂上がりには牛乳って、昔から相場が決まってるんです。一気飲みが基本ですよ」
地竜は不思議そうにしながらも、器用に舌を伸ばして牛乳瓶を巻き取り、ゴクリと飲み干した。
「――――ッッ!!?」
熱く火照った岩石の身体に、極限まで冷やされたバッファローの濃密な甘みとコクが、雷のように駆け巡る。
さらに、牛乳に含まれるカルシウムとミネラルが、地竜の削れた鱗を瞬時に補修し、かつてないほどの『強靭さ(ステータス限界突破)』をもたらしたのだ。
「ウ、ウオォォォォォォォォォォォォォッッ!!!!」
地竜は感極まり、朝の森に向けて歓喜の咆哮を上げた。
その余波だけで、奈落の森の地形が少し変わり、遠くの山が一つハゲ山になったが、タクミは「元気があっていいな」と牛乳を飲んでいた。
「ふう、最高だったぞ、人間よ。ワレハ、コノ温泉と牛乳が、ひどく気に入った」
ピカピカの水晶ボディになった地竜は、湯船から上がるとブルブルと体を揺らした。
「そういえば、うちの常連客も温泉好きなんですよね。また入りに来てください」
「ウム。コノ礼ニ、ワレノ『鱗』ヲ一枚、置イテユク。何カアッタラ、コレデ我ヲ呼ブガイイ」
地竜が首を振ると、タクミの足元に、畳二枚分はある巨大な『水晶の鱗』がドスゥンと落ちた。それは国を一つ買えるほどの価値がある、究極の魔力素材である。
「おっ、綺麗な石板ですね。ありがとうございます。脱衣所のスノコ代わりにちょうど良さそうだ」
「……スノコ。……マア、ヨイ。デハ、マタ夜ニ入リニクル」
地竜は満足そうに頷くと、再び「ゴボァァッ」と音を立てて龍脈(湯船の底)へと帰っていった。
こうして、喫茶『止まり木』の常連客リストに、「温泉とフルーツ牛乳の虜になった、神話級の地竜(カピバラ枠)」が、極めて自然な流れで追加されることとなったのである。
「よし、俺も上がるか。今日のまかないは、ゼノ君たちとオムライスにしよう」
タクミは、国宝級の『地竜の鱗』を本当に脱衣所のスノコとして敷き詰めながら、のんきに厨房へ戻っていくのだった。




