第21話:はじき返す超絶美肌(ミスリル・スキン)と、地獄の美容革命
「ふんっ!!」
王都・第一騎士団本部の訓練場。
副団長のガイルが放った渾身の木剣のフルスイングが、避け損ねた団長・アイリスの頬にクリーンヒットした。
「あっ! しまった、団長!!」
ガイルが青ざめた、その瞬間である。
――ポヨォォォォンッ!!
バキィィィィィィィィッ!!!
アイリスの頬に直撃したはずの木剣は、まるで巨大なスライムか極厚のゴムに弾かれたように強烈に跳ね返り、そのままガイルの顔面に直撃して粉々に砕け散った。
「ぐはぁっ!?」
ガイルは鼻血を吹き出しながら、数十メートル後方へ吹き飛んで気絶した。
「……おっと。すまないガイル、避けるのが面倒でつい顔面で受けてしまった」
アイリスは自分の頬をペタペタと触りながら、冷や汗を流した。
昨日、喫茶『止まり木』の【世界樹の露天風呂(龍脈100%)】に浸かった影響だ。彼女の肌は今や、赤ちゃんのようにもちもちでツヤツヤなだけでなく、国宝級のミスリル鎧すら凌駕する『超反発・絶対防御装甲』と化していたのである。
細胞が極限まで活性化しすぎた結果、斬撃も打撃も「肌のハリと弾力」だけで弾き返すようになっていた。
「だ、団長……今のは一体……!?」
「それに団長、お肌が……! 真珠のように内側から発光しています! 毛穴という概念が消失しているではありませんか!!」
気絶したガイルを放置し、訓練場にいた女性騎士たちが血相を変えてアイリスに群がってきた。
「その恐るべき弾力……いえ、究極の美肌! い、一体どんな魔法の化粧水を!?」
「教えろとは言いません、どうかその御手で私のお肌にも触れてください!!」
女性騎士たちの凄まじい熱量(殺気以上の圧)に、アイリスは後ずさった。
不味い。ここで「森の奥にある喫茶店の温泉だ」などと口走れば、王都中の女性が『止まり木』へ殺到し、マスターの平穏なスローライフが崩壊してしまう。
(ど、どうする!? トマトの時のように、何か適当な言い訳を……!)
アイリスが必死に頭をフル回転させていたその頃。
王都の貴族街でも、全く同じ騒動が起きていた。
「リ、リカルド会頭!? あなた、一体どうしたのですかそのお顔は!!」
大商会を束ねるリカルドが夜会に姿を現すなり、貴族の夫人や令嬢たちが悲鳴を上げて彼を取り囲んでいた。
小太りで中年だったはずのリカルドの肌が、まるで十代の青年のようにピチピチに若返り、ほうれい線もシミも完全に消滅していたからだ。
「えっ? あ、いや、これはその……」
リカルドもまた、男湯でタクミに勧められるまま「黄金の温泉」を頭からかぶった被害者(恩恵者)である。
「リカルド会頭! その若返りの秘薬、我が家が白金貨100枚で買い取ろう!!」
「いいえ、我が家が200枚で!! お願いです、少しだけでいいから分けてください!!」
美を追求する貴族の女性たちの執念は、魔王軍の進軍よりも恐ろしい。
リカルドはドレスの波に押し潰されそうになりながら、助けを求めるように視線を彷徨わせた。
そこへ、騎士団から逃げてきたアイリスが窓を突き破って合流する。
「リカルド! 貴様もか!!」
「ア、アイリス殿ぉぉぉ! 助けてくだされ、このままでは絞りカスにされてしまいますぞ!!」
群がる女性騎士と貴族夫人たち。
逃げ場を失ったアイリスとリカルドは、背中合わせになりながら、覚悟を決めた。
「ええい、皆の者、静まれ!!」
アイリスの咆哮に、一瞬だけ場が静まる。
「この究極の美肌の秘密……それは、化粧水でも秘薬でもない! 『過酷なる修行』の成果だ!!」
「「「し、修行……!?」」」
「そうだ! 巨大な川魚(水竜)の脂を全身に塗りたくり、灼熱の熱湯と極寒の氷水を交互に浴びる! それを100セット繰り返すことで、皮膚の細胞を強制的に鍛え上げるのだ!! 我々はそれを『鮭・サウナ地獄』と呼んでいる!!」
アイリスの口から飛び出した、前回の冷やしトマトを超える狂気の言い訳。
リカルドも必死に頷く。
「そ、そうですぞ! 魚の生臭さに耐え、全身の皮が剥がれるほどの熱湯に耐えた者だけが、この『弾力』を手に入れられるのです!!」
一瞬の沈黙。
しかし、美に憑りつかれた女性たちにとって、「過酷さ」はむしろ「効果の裏付け」に変換されてしまった。
「な、なるほど……! 美とは、自らの肉体を極限まで追い詰めた先にあるもの……!!」
「すぐに市場の魚を買い占めなさい!! あと、庭に熱湯の釜を用意して!!」
こうして、王都の市場からは一夜にして全ての魚が消え去り、貴族の館や騎士団の宿舎からは、「全身を魚臭くして熱湯を被り、悲鳴を上げながら美を追求する女性たち」の阿鼻叫喚が響き渡ることとなった。
その頃、喫茶『止まり木』の【世界樹の露天風呂】では――。
「いやぁ、いいお湯だ。ポチ、お前もシャンプーしてやるからこっちおいで」
「ガウガウッ(アヒルのおもちゃをくわえながら)」
「ゼノ君も、肩までしっかり浸かりなよ」
「はっ! マスターの背中、私がお流しします!!」
タクミは、自分が引き起こした王都の「狂気の美容革命」などつゆ知らず、愛犬や従業員と共に、黄金の温泉で心身を癒す平和な夜を過ごしているのだった。




