第19話:災害級の帰還と、水竜(ニジマス)のお刺身定食
「ただいまー。いやあ、大漁だったよ」
夕刻。喫茶『止まり木』の扉が開き、麦わら帽子姿のタクミが帰還した。
足元では、腹をパンパンに膨らませた神獣ポチが「ゲップ」と満足げな鳴き声を漏らしている。
「あ、ご主人様! お帰りなさいませ!」
見習いウェイトレスのリリスがパタパタと駆け寄る。店内では、アイリスとセラフィナが相変わらずお茶を飲み、リカルドが帳簿をつけていた。
裏庭からは、泥だらけのゼノが「マスター、お疲れ様です!」と爽やかに手を振っている。
「留守番ありがとう。今日の夕飯は、釣れたての新鮮な魚にしようと思ってね」
タクミは厨房に入ると、空間魔法(無限収納)を展開した。
ドスゥゥゥンッ……!!
店内の床が激しく揺れ、厨房の巨大な調理台(オリハルコン補強済み)の上に、全長10メートルを超える、青い鱗に覆われた水竜の死骸が鎮座した。
「「「「――――は?」」」」
店内の空気が、完全に凍りついた。
アイリスが飲んでいたコーヒーを噴き出し、リカルドの持っていた羽ペンがポキリと折れる。
「ま、マスター……!? そ、それは……まさか『龍脈の川』の主にして、触れた街を海に沈める災害級魔獣……『リヴァイアサン・トラウト』では!?」
「えっ、トラウトって鱒のことでしょ? ちょっとデカいニジマスだよ」
タクミは呑気に答えながら、ミスリル製の包丁を手に取った。
「ヒィィィッ!? 災害級を釣り上げた!? 人間の規格をどれだけ外れれば気が済むのよ、このマスターは……!」
リリスが頭を抱えて震える横で、セラフィナも精霊眼を見開いて絶句している。
「圧倒的な水属性の魔力……間違いなく、神話クラスの化け物だ。それを、今から『料理』するだと……?」
「よし、鮮度が命だからな。まずは三枚おろしっと」
【万能錬金術】&【調理特化・空間干渉】発動。
タクミの包丁が閃くたびに、鋼鉄より硬い青竜の鱗がパラパラと剥がれ落ち、大木のような骨から透き通るような白身が切り出されていく。
切り口からは、冷たく清らかな魔力が冷気となって溢れ出していた。
「半分は刺身にして、残りはカマ焼きだな」
数十分後。
カランコロン、と涼しげな音を立てて、メンバーたちの前に『水竜のお刺身定食』が配膳された。
「お待たせしました」
大皿に盛られているのは、薄く引かれた透明な刺身。氷河の核(冷蔵庫)で作られたクラッシュアイスの上に並べられ、宝石のように青白く発光している。
横には、分子制御石窯でパリッと焼き上げられた「カマの塩焼き」と、『聖女の涙』の炊きたてご飯。
「……これ、あの災害級の肉なのよね」
「うむ……。だが、この圧倒的に清らかな香り。生臭さなど微塵もない……」
アイリスたちは恐る恐る箸を手に取った。
タクミが小皿に注いだのは、以前に手に入れた『黒竜醤油』。
刺身を醤油に少しだけつけ、口に運ぶ。
「――――ッッ!!?」
全員の目が、極限まで見開かれた。
冷たい。だが、口の温度に触れた瞬間、水竜の極上の脂が雪解けのようにフワァッと溶け出した。
強烈なまでの甘みと、清流を濃縮したような爽やかな旨味。それが、黒竜醤油の圧倒的なコクと塩気によって何倍にも引き立てられる。
噛めば噛むほど、細胞の奥底まで染み渡るような「生命の味」が爆発するのだ。
「あ、あぁぁ……! 溶ける……! 私の口の中で、災害級が優しく溶けていく……!!」
アイリスが涙を流しながらご飯をかき込む。
「熱を通した塩焼きも尋常ではありませんぞ!! 皮はパリッと香ばしく、身はフワフワで……噛むと肉汁が滝のように溢れてきます!! うぉぉぉん、ご飯が止まらない!!」
リカルドが大号泣しながら、二杯目のご飯をおかわりする。
「……ふふっ、あはははっ! 魔界の『血の池地獄スープ』なんて、ただの泥水じゃない! もう私、この人間の店から一生離れられないわ……っ!」
魔王の娘リリスは、もはや完全に魔族のプライドをドブに捨て、刺身を醤油にジャブジャブつけて貪っていた。
裏庭からは、カマの骨をしゃぶるゼノの「土の恵みと海の恵み……生きててよかった……」という感動の呟きが聞こえてくる。
「みんな、魚好きみたいで良かった。おかわり、まだいっぱいあるからね」
タクミは微笑ましく常連と従業員たちを眺めながら、自分も刺身を一切れ食べた。
彼らがこの『リヴァイアサン・トラウト』を食べたことで、【絶対水耐性(水属性の攻撃を完全に無効化)】という国宝級のバフを獲得してしまったことなど、もちろん彼は気づいていない。
今日も喫茶『止まり木』は、大混乱と大満足の夕食の時間を迎えるのだった。




