第18話:奈落の激流と、神獣の川遊び(キャッチ&イート)
「それじゃあ、ちょっと川まで行ってくるから。お店、適当に見といてね」
「はい、ご主人様! いってらっしゃいませ!」
喫茶『止まり木』の入り口。
見習いウェイトレスのリリス(魔王の娘)に見送られ、タクミは麦わら帽子を被って外に出た。
店内では、アイリス(人類最強)とセラフィナ(森の守護者)が、食後のコーヒーを飲みながらなぜか将棋らしきボードゲームで熱戦を繰り広げ、ゼノ(元・最強の暗殺者)は裏庭でせっせとトマトの苗に水をやっている。
すっかりこのカオスな光景が日常になってしまった。
「よしポチ、行くぞー」
「ガウッ!」
タクミの足元で、神獣フェンリルであるポチが尻尾をちぎれんばかりに振っている。
今日の目的は「釣り」だ。
最近は肉や野菜ばかりだったので、新鮮な魚介類が食べたくなったのである。
店から歩くこと数十分。
タクミとポチは、奈落の森を縦断する大河『龍脈の川』に到着した。
そこは、ただの川ではない。魔力を含んだ水が滝のようにうねり、Sランク水棲魔獣がうようよと泳ぐ、文字通りの激流にして魔境だ。
「うーん、いい天気だ。釣り日和だな」
タクミは川の恐ろしさに一切気づかず、のんきに釣り竿を取り出した。
竿は『世界樹の枝(しなりが完璧)』。
釣り糸は『アダマンタイト・クラブのヒゲ(絶対に切れない)』。
そして針は、ミスリルを錬金術で加工した特製品だ。
「エサは……これだな」
タクミは、昨日ポチが食べ残した『アイアン・ボアの骨付き肉』の切れ端を針に引っ掛け、ヒュッと川へ投げ込んだ。
ぽちゃん。
「さて、何が釣れるかな。ポチ、ちょっとそこで待っててな」
タクミが石の上に腰を下ろした、その瞬間だった。
ゴゴゴゴォォォォ……!!
川の水面が大きく盛り上がり、巨大な渦を巻いた。
水しぶきと共に現れたのは、全長10メートルを超える巨大な魚――いや、青い鱗に覆われた水竜、『リヴァイアサン・トラウト(災害級魔獣)』だった。
「シャァァァァァッ!!」
巨大な水竜が、タクミの投げたエサ(アイアン・ボアの肉)に食らいつく。
「おっ、引いてる引いてる。けっこう大物だな」
タクミは世界樹の竿をグッと引き上げた。
『リヴァイアサン・トラウト』は、街を一つ飲み込むほどの激流を放とうとしたが――
「よい、しょっと!!」
タクミの規格外の筋力(【生活魔法(極)】による身体強化)と、絶対に折れない世界樹の竿の反発力により、災害級の巨竜は、まるでアジでも釣るかのように空高く跳ね上げられた。
「シャ……ッ!?」
宙を舞う水竜。その目には明らかな「戸惑い」が浮かんでいた。
ドスゥゥゥンッ!!
「よし、釣れた! でっかいニジマスだなあ」
タクミは陸に打ち上げられてピチピチと跳ねる(というか暴れて地面を割っている)水竜を見て、満足げに頷いた。
「これなら刺身も塩焼きもいけそうだ。……あ、でもちょっとデカすぎるか。ポチ、お前食べる?」
「ガウッ!!」
ポチ(神獣)の目が輝いた。
次の瞬間、ポチは音速を超えた動きで『リヴァイアサン・トラウト』の首元に噛みつき、一撃で絶命させた。
そして、タクミがさばく間も惜しいと言わんばかりに、バリボリと音を立てて鱗ごと「踊り食い」を始めたのだ。
「あーあ、丸ごと食べちゃった。元気でいいけど、骨は残せよー? 出汁に使うから」
災害級魔獣の踊り食い。
もし王都の人間が見ていれば泡を吹いて気絶する光景だが、タクミにとっては「大型犬が川遊びで魚を捕まえた」程度の認識である。
「仕方ない、俺の分はもう一匹釣るか」
その後、タクミは次々と『リヴァイアサン・トラウト』や、巨大なカニ『タイタン・クラブ』を釣り上げ、無限収納に放り込んでいった。
釣れる魚(魔獣)たちは、例外なくタクミの暴力的な釣り上げによって陸に叩きつけられ、ポチの胃袋に収まるか、鮮度抜群のまま食材と化していった。
「よし、大漁大漁。これで今日の夜は『お刺身定食』だな」
夕暮れ時。
十分な獲物を確保したタクミは、お腹いっぱいで丸くなったポチを連れ、ホクホク顔で『止まり木』への帰路につくのだった。
彼が去った後の『龍脈の川』では、生態系の頂点が軒並み釣り上げられたことで、長年の水棲魔獣の覇権争いが一日で終結してしまったのだが、もちろん彼は知る由もない。




