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魔の森の隠れ家カフェ ~元社畜の錬金術師、最強の素材で最高の一杯を淹れる~  作者: 藍沢エイジ


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第15話:魔王の愛娘と、悪魔的なふわふわ(スフレ・パンケーキ)

「……ゼノが、消息を絶っただと?」


魔王城の玉座の間。

漆黒の玉座に座る魔王は、報告を聞いて驚愕に目を見開いた。

『影の刃』ゼノ。魔王軍最高幹部にして、いかなる結界もすり抜ける絶対の暗殺者。その彼が、王国第一騎士団長アイリスを追跡したまま、一切の連絡を絶ったのだ。


「王国の新型魔導兵器か、あるいは伝説の勇者が覚醒したか……」

「お父様。ここは私が参りましょう」


重苦しい空気を切り裂くように進み出たのは、魔王の愛娘にして次期魔王候補、リリスだった。

真紅の瞳とコウモリの羽を持つ彼女は、可憐な少女の姿をしているが、その内に秘めた魔力は幹部をも凌駕する。


「ゼノを葬るほどの戦力……放置すれば魔族の脅威となります。私が直接、その『拠点』を焼き払ってごらんに入れますわ」

「うむ……頼んだぞ、リリスよ」


数日後。奈落のアビス・ウッドの最深部。

人間の少女に偽装したリリスは、鬱蒼とした森の中にポツンと建つログハウス『止まり木』の前に立っていた。

周囲には、Sランク魔獣すら近づけないほどの異常な結界が張られている。


(ここが、ゼノの気配が途絶えた場所……。どんな凶悪な罠が仕掛けられているか)


リリスは極度の緊張状態のまま、そっと裏庭の方へ回り込んだ。

そして、彼女は見てしまった。


「よっこらせ、と。おお、この『太陽のトマト』は良い色だ」

「…………え?」


麦わら帽子を被り、首にタオルを巻き、泥だらけになりながら楽しそうに雑草をむしっている男。

禍々しい闇のオーラは微塵もなく、日焼けした健康的な笑顔を浮かべるその男は、間違いなく魔王軍最高幹部のゼノだった。


「ゼ、ゼノ……!? あなた、一体そこで何をしているの!?」

「おや? リリス様ではございませんか」


ゼノは立ち上がり、パンパンと泥を払った。

「洗脳されているのね!? 忌まわしき人間どもめ、誇り高き魔族を農奴に堕とすとは……私が今、助けてあげるわ!」

「いや、誤解です。私はここで『土の温もり』と『労働の尊さ』を学んでいるのです。マスターの作るまかない飯は最高ですよ」


ゼノの爽やかすぎる笑顔に、リリスは混乱の極みに達した。

完全な洗脳だ。これほどの精神支配を行う術者が、この小屋の中にいる。


「……いいわ。私がその元凶を灰にして……」


「あ、ゼノさんのお知り合いですか? いらっしゃいませ」


勝手口から顔を出したのは、エプロン姿の青年タクミだった。

リリスは即座に攻撃魔法を放とうとしたが、タクミの背後から漂ってきた「圧倒的に甘く、暴力的に暴力的な香り」に、思わず動きを止めてしまった。


「ちょうど『おやつの時間』なんで、焼きたてなんですよ。中へどうぞ」

「……ふ、ふん。私を誘い込む罠ね。いいでしょう、その安い挑発に乗ってあげるわ」


リリスは「敵の懐に飛び込んで内側から破壊する」という名目で、店内に足を踏み入れた。

そしてカウンターに座らされた彼女の前に、銀の皿が置かれる。


「お待たせしました。新作の『極厚スフレ・パンケーキ』です」


「なっ……!?」

リリスは息を呑んだ。

皿の上でプルプルと揺れているのは、高さ10センチはある分厚い円柱状の生地。その上には、黄金色のシロップが滝のように流れており、頂上には真珠のように輝くバターが乗っている。


「……これが、私への精神攻撃(洗脳兵器)というわけね。こんなフワフワした見た目で、私を油断させようなどと……」


「熱いうちに、バターを溶かしながら食べてくださいね」


リリスは震える手でナイフを入れた。

シュワッ……。

まるで雲を切り裂くような、微かな音が鳴る。生地はナイフの重みだけで沈み込み、圧倒的な空気を含んでいることがわかる。


(……毒味よ。魔族の王女たる私に、人間の毒など効かない!)


リリスは一口大に切ったパンケーキに、たっぷりとシロップを絡め、口に運んだ。


「――――あ、ぁぁっ!?」


溶けた。

噛む必要すらなかった。舌の上に乗せた瞬間、メレンゲを極限まで泡立てて焼き上げられた生地が、雪のようにシュワリと消え去った。

そして後に残るのは、ミルキー・バッファローの濃厚なバターの塩気と、『黄金小麦』が持つ強烈な穀物の甘み。

さらに、シロップ――Sランク魔樹『ヒノキ・トレント』から抽出された特製メープルシロップが、爆発的な香りと魔力となって脳天を突き抜ける。


「甘い……! 甘いのに、バターの塩気が……また甘さを引き立てて……!!」

「あ、それシロップかけ放題なんで。好きなだけどうぞ」

「……っっ!!??」


魔王の娘は、涙を流しながらフォークを動かし続けた。

彼女がこれまで魔王城で食べてきた『血の滴る生肉』や『怨念の煮込み』など、この「悪魔のフワフワ」の前に比べれば、泥水をすすっていたようなものだ。


「……負けた。人間の生み出した『甘味』という魔力に、私は……」

「美味しかったですか? 紅茶も淹れますよ」


数十分後。

すっかり皿を舐める勢いで完食したリリスは、満腹でふにゃふにゃになりながらカウンターに突っ伏していた。


「リリス様。おわかりいただけましたか。このマスターの恐ろしさが」

泥だらけのゼノが、窓の外から真顔で頷きかけてくる。


「……ええ。わかったわゼノ。ここが、世界の真理(スイーツの終着点)なのね」

リリスは決意に満ちた(そして少しとろけた)瞳でタクミを見上げた。


「マスター。私を……ここで雇いなさい! 監視役として! いや、給料は要らないわ、この『パンケーキ』を毎日食べさせてくれるなら……!!」


「え? バイト希望ですか? うーん、人手は足りてるんですけど……まあ、お皿洗いとかお願いできるなら、まかない付きでいいですよ」

「契約成立よ!!」


こうして、喫茶『止まり木』に、魔王軍の幹部に続き、「魔王の愛娘(見習いウェイトレス)」という超特大の爆弾が投下されることとなったのである。

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