第13話:音速の騎士団長と、言い訳の冷やしトマト
王都・第一騎士団本部の広大な訓練場。
今日は月に一度、騎士団長であるアイリスが自ら部下たちの稽古をつける「特別教練」の日だった。
「団長! お手合わせ願います!」
「うむ。副団長ガイル、かかってくるがいい」
王国最強と名高い副団長の大剣による一撃。常人ならば目で追うことすら不可能なその斬撃を、アイリスは木剣を構えて迎え撃とうとした。
(……ふむ。ガイルの剣筋が、やけに遅く見えるな。まるで止まっているかのようだ)
アイリスは内心で首を傾げた。
それもそのはずである。昨日、喫茶『止まり木』で食べた『太陽のトマトの冷製カペッリーニ』。あの『氷河の核』の冷気で細胞を引き締められた神級トマトの効能により、現在のアイリスの【敏捷(AGI)】ステータスは、人類の限界値を突破し、音速領域に達していたのだ。
「少し、踏み込んで躱すか」
アイリスは手加減のつもりで、ごく軽く、スッと一歩だけ横にステップを踏んだ。
――その瞬間。
ドォォォォォンッ!!!!!
訓練場に、落雷のような爆音が轟いた。
『衝撃波』である。
アイリスが「軽く一歩」を踏み出した際に出た超音速の移動速度に、王都の空気が耐えきれず爆発を起こしたのだ。
「なっ……!?」
副団長ガイルの視界からアイリスが完全に消失し、直後に巻き起こった暴風によって、屈強な騎士たちが次々と吹き飛ばされていく。
ガイルの全力の斬撃は空を切り、彼自身も爆風で数十メートル後方へ吹き飛ばされて壁に激突した。
「……おっと。少し動きすぎたか」
アイリスは、ガイルの背後からポンと肩を叩いた。
手にした木剣は、超音速移動による『空気摩擦』で発火し、すでにパラパラと炭になって崩れ落ちていた。
「だ、団長……? い、今のは、一体……!?」
「ひぃぃっ! 悪魔だ! 団長が悪魔に憑りつかれたぞぉぉ!」
訓練場は大パニックである。
騒ぎを聞きつけて、王宮魔導師長までが血相を変えて飛んできた。
「ア、アイリス殿! 今の爆発音は何事ですか!? まさか、魔王軍の奇襲……いや、あなたの魔力値が、計測水晶の限界(9999)を振り切って砕け散っているのですが!?」
アイリスは冷や汗をかいた。
不味い。この異常な強さの理由を問い詰められれば、あの平和な喫茶『止まり木』の存在が王都に知れ渡ってしまう。
あそこは、彼女にとって唯一安らげる聖域なのだ。政治や軍事に巻き込むわけにはいかない。
アイリスは必死に頭をフル回転させ、昨日食べたものを思い出した。
「……と、トマトだ」
「は?」
「私は昨日、極限まで冷やした『トマト』を食した! その酸味と冷たさが、私の眠れる細胞を覚醒させたのだ!!」
魔導師長と副団長は、ぽかんと口を開けた。
「ト、トマト……?」
「そうだ! トマトを冷やして食べると、速く動けるようになる! これは騎士団の新たな極秘修練法とする!!」
あまりにも強引な言い訳だった。
しかし、現実に水晶を粉砕し、音速を超えた王国最強の騎士が「トマトのおかげだ」と真顔で断言しているのである。
「な、なるほど……! 冷やしトマトにそのような秘められた力が……!」
「すぐに市場のトマトを買い占めろ! 氷結魔法で限界まで冷やすのだ!!」
こうして、王都の市場から一夜にして全てのトマトが消え去り、騎士団の食堂では「凍傷寸前まで冷やしたガチガチのトマトを、涙目で丸かじりする屈強な騎士たち」という異常な光景が日常と化すことになった。
その頃、喫茶『止まり木』の厨房では――
「あれ? 街の商人さんが『トマトが王都で品薄だから高く買いたい』って言ってたな。裏庭のトマト、ちょっと多めに収穫して売ろうかな」
タクミは、自分が引き起こした騒動の余波でトマトの価格が高騰していることなどつゆ知らず、のんきに水やりをしているのだった。




