1
普段仕込みだとか店の開店準備のため朝が早い俺は休みとは言え癖で早く目が覚めた。朝食を済ませて溜まってもいない家事を処理し珈琲を淹れながら千歳の出勤時間までの時間を潰す。今日は車でユエを連れ歩く為、ついでに千歳を店まで送ってやる事にしていた。
店ではハンドドリップでコーヒーを落とし提供しているが家ではサイフォンを使っている。最近では電気ヒーターで湯を沸かす事も出来るが、俺はアルコールランプ派だ。炎が揺れながらフラスコの底を撫でる様子を眺めるのが好きなのだ。そうしていると沸々と湯が踊り始める様も良い。タイミングを見てロートをセットすると湯が重力に逆らって移動する。コーヒー液を絶妙に撹拌し火を落とすとまた再びフラスコへと戻る。後に残るコーヒードームの出来が撹拌の成功を教えてくれていた。
温めておいた気に入っているカップに注ぐ。こうやってゆっくりとコーヒーを味わう朝があれば、別に休みなんていらない。仕事バカなつもりはないが、店に居るのも好きなんだ。日常に疲れている人間が俺のコーヒーで一息つくのを見ているのが好きだし、そんな奴らの話を聞いてやりたくて喫茶店のマスターになったのだから。
待ち合わせに丁度いい頃合いになり車のキーをポケットに忍ばせて家を出る。エンジンをかけエアコンをつけて車内の温度が落ち着く頃、ユエを連れた千歳が隣のマンションからやって来た。
「おはよう雄真、今日はよろしくお願いします」
ユエと共に後部座席に乗り込みながら朝の挨拶を千歳が投げて寄越す。
「おう。甥っ子用につけっぱなしのチャイルドシート使えるだろ?その見た目だからな、そっちに乗せてやってくれ」
「りょーかい」
『ちと窮屈だの』
「悪いけど我慢してちょうだい」
こうしていると親子みたいだ。チャイルドシートに収まるユエの頭を千歳が撫で、準備が整い車を発進させる。
「今日は帰り遅いのか?」
俺はミラー越しに問いかけた。
「うーん、そうね。今日も明日もフルで予約詰めちゃってるから帰りは二十時位かな。神社行った帰りに店へ寄ってくれればユエを引き取るから」
「チトセが帰るまで一緒に居るよ。ドライブに飽きたら店で焙煎しながらそばで昼寝させときゃ良いんだろ?今日も店寄って晩飯食ってけよ」
「連日悪いわよ」
「リオンのバイト代もまだだいぶ残ってるんだから気にすんな。服も貰っちまったしな」
リオンはこの世界に滞在中うちや千歳の仕事を手伝って過ごした。朝晩の食事を三人で共にし情報共有やリオンの予定を決めたりしていた。飯の準備の負担を俺に掛けるのを千歳は気にしていたが、大量に仕込みをする俺には二人分増えようが何でもなかった。それ以上にリオンが千歳の世話になっている事を気にしていたから、異世界人のリオンに賃金を支払ってやれない分、リオンのバイト代で二人の食事代とする事を提案したのだ。
リオンは自分の稼ぎが千歳の飯になる事を喜んで、うちで精力的に働いてくれた。その働きを換算すれば俺はまだ支払い切れていないだろう。千歳には言っていなかったが、リオンからは自分が帰還出来たなら残った稼ぎの分は千歳と飯を食ってやってくれと言われていた。元の世界では貴族の跡取りなのに横柄な態度もなくて本当に人間の出来た良い奴だった。
「そんなの律儀に計算してるの?服も私が持ってても仕方ないんだから気にしなくて良いわよ」
「商売人なら金勘定はしっかりして当然だろ?それともお前、まさか脱ぜ「してません!」」
ミラー越しに睨まれるが全然恐くない。鋭い目つきに定評がある俺に睨みなど効かないのをいい加減学べ。迫力のかけらもないの睨み顔にフっと笑うと更に千歳はその目を釣り上げた。
「もう!…ミートドリアなら食べに行くわ」
「おう、任せとけ」




