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自分の言った事や、感じた事を思い返してみるがよく分からなくて私はユエの言葉を待った。
『まったく、千歳は鋭いのか鈍いのか分からん奴だな』
「そんなこと言ったって、ただ見て感じた事を言っただけなんだもの」
そんな私をやれやれと言うようにユエは見上げた。
『神やそれに属するものに対して恐怖する心を忘れてはならぬと言っておるのだ』
「神様を恐がれって言うの?」
そんな事しちゃダメじゃないの?神様は私達に寄り添ってくれて恵みを与えてくれるのに。だからこそ、私達は礼を尽くして参拝するのじゃないか。
『神はただ慈悲深く優しいと思っておるのか?』
「そうでしょう?」
『我が何をしてここに来たか話したよな?』
「あ、、」
ユエの口調は柔らかく、動作にも音が立たず常に穏やかだ。そんなユエからは想像出来ないが、自分の世界を一瞬見捨てようとしている。世界を滅ぼそうとした者なのだった。それを思い出して日本でもその昔は神の怒りに触れるなんて言葉もあった事を私は思い起こした。
『神は何も悪戯に人々を陥れたりはせんが、無条件に慈悲を与えもせん。チトセ達は神に礼をとるが、それが当たり前と思っておるな?』
「うん」
だって、神社の神様に失礼のないようにこうしましょうって誰もが言っているんだもの。でも何故失礼になってはいけないのか、慈悲深い神様はどんな者にも平等で優しいならそんな教えがあるのは確かにおかしい事なのか。礼をもって他者に接するのは当たり前の事だが、そうしたからとて相手も礼を返すとは限らない。それは人に限らず神様もそうなのだろうか。
『人が神に礼を尽くす姿は実に良き姿だ。我も羨むほどな。我の世界では我は畏怖されておるからの。昨日も言ったがそこここにおる神も人の子らのその姿勢を喜んでおる。だから、そうする事を悪いと言っておるわけではない。ただな、危ういとも思うのだよ』
「危うい?」
話しながら次の目的地である神社の大鳥居前に着き長い階段を見上げてユエは話を続けた。
『なぜ礼をとるのか、そうすべき対象となったのは何故だったか、それを知ってそうするのが良いという事よ。前に水の世界に身を潜める我を己だったらと想像してチトセは恐れたな?己の存在が曖昧になる事を恐いと思った』
「うん」
『神もその存在を誰もが忘れてしまったら消える。誰の世界にも存在せぬのだから居らぬという事。静かに受け入れる神もおろうが、抗う神もおろう。人に慈悲を与えその存在を知らしめるのなら人にとっては幸いだろうが、その逆もある事を忘れてはならぬのよ』
階段に足をかけユエは重力も感じさせずに登り始める。当然息も切らさずに話は続いていく。私は相槌を打つ余裕もなくただ耳を傾けた。
『親しみであれ、恐れであれ、人の子らが認識しておれば神はいつでもどこにでも居れるのだ。我も我を恐れ、我の慈悲を願う声があるからこうしてあり続けられる。出来れば我もこの世の神らのように、いつか親しみを向けられる者としてあれればと思うがの』
軽やかなユエに対して、私は自分の体が通常の何倍も重く感じ息も絶え絶えに足を次の段に運びながら、神様という存在に思いを馳せていた。慈悲深く、恐ろしく、儚くて、寂しい。
『侮り、軽んじることがあっては神も荒ぶるやも知れぬから、礼を持って対峙するのだ。これからも礼を持って親しみ、神に会いに行ってやると良い』
「…うん」
階段を登りきり膝に手をついて呼吸を整える私には頷きを返す事しかできなかった。




