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今日の来店予約は昼過ぎに二件入っている。それに合わせて店を開ければ良いから午前中のうちに一箇所神社に寄るつもりだ。ユエの手を引き電車とバスを乗り継ぎ向かったのはこの土地の氏神様だ。大きな鳥居をくぐり長い階段を進めば国宝に指定された立派な本殿がある。参道の周りには森が広がり真夏でも涼やかな風が抜ける。
『荘厳な空間だな』
「そうね。長い階段だったけど疲れてない?」
『ああ、我は肉体的な疲労は感じぬ』
「あ、そう」
私がぜえぜえと呼吸を荒くし流れる汗を拭っている横で、ユエはとても涼やかな様子だ。気温も疲れも感じないなんてズルすぎる。
「さ、ここでまず手と口を清めるのよ」
竹の筒の数箇所に開けられた穴から水がチョロチョロと流れている。感染症が流行る前は柄杓が置かれていたが今はどこもこのスタイルになっている。清めの詞を読み上げ手洗いを省く神社も増えた。
『清き水は心地良いから良いが、神が人に求めたしきたりか何かか?』
「いいえ、神様がそうしろなんて言わないと思うわ。私たち人が神様にご挨拶しに来てるのに、穢れを持ち込んでは失礼でしょ?神様を尊重しているから身を清めた上で御前に上がらせていただくの」
『本に愛らしい考え方だの。どれ、郷に入っては郷に従えだったか、我も清めよう。この身に少しでも不浄が残ってないとも言い切れんし、それがここの神に障っては悪いからの』
思考を読むのをやめると言うまではしっかり私の思考を読んでいたのだな。確かお酒を口から飲む時にそのことわざを頭に浮かべたはずだ。変な事を思考したりしなかったか、今更だけど不安になる。まあ、考えても仕方ないから気を取り直して私も手と口をゆすぐ。柄杓の作法を適用するべきかいつも迷うが念の為その通りに行う事にしている。
『水は良いの。この空間で触れる水は特に。我の力も増す程だ』
「やっぱり来てみて正解だったわね!さ、本殿へお参りに行きましょう」
この大きな神社には近所の人とか外国人観光客とかが時期関係なく訪れる。皆慎ましく神社の静かな空間を守りお参りに集中する。この日も私たちの他にも次々と参拝客が訪れては帰って行った。
『千歳達には神の姿が見えぬのだろう?それなのにこうして見えぬ者に対して礼を尽くす。なかなか出来る事ではない』
「そうかしら?見えなくてもいるのだろうし、自分勝手な私達を見守って実りを与えてくださるのだから礼を尽くすのは当然じゃない?」
八百万の神様が生まれた時からいると教えられて生きてきた。日々の無事に感謝して、一年の幸運を祈ったりして、そうするのが当たり前だからユエの言う事がピンと来ない。日本だけじゃなく世界中の宗教もその信仰の対象は大体が目に見えない存在だし、我々日本人に限った話でもないのだから。
『この世の神が羨ましい。人の子らから会いにきて話かけてくれるのだからの。自分勝手な願いを口にする者もおるようだがそれさえも聞かせてもらえるだけ良い。神の方も楽しそうに聞いておる』
「ユエ、人のお願いを盗み見てはダメよ!ここの神様と、その人との対話なんだから」 『そうだな、もうよそう』
「ところで、いるの?神様」
『何だ?居るのだろうと思っておるのではなかったのか?実は疑われていたとは、ここの神も気の毒だの』
「ちょ、居るだろうけど常にここに居るとは限らないかなって思ってただけよ!」
ユエはくつくつと笑って楽しそうだ。揶揄われたのだと思うと少しだけ悔しいが、ユエがこうして言葉で遊ぶことなどこの先あるのか分からない。仕方ないから遊ばれてあげよう。
「で?どうなの?神様、今もいるの?」
『ああ、おるよ。社に限らずそこら中、森の木々や石、岩に至るまで。我の事も歓迎してくれておる。こんな不浄を抱える定めにある我でも、迎え入れその御力で微かに残っておった不浄を肩代わりまでしてくれおった。何とも懐が深いの。我もこうありたいものだ』
「そう、良かったわね」
ユエの力になってくれた事、こうして私達の参拝を許してくれた事に深く感謝を述べ賽銭も少し多めにさせて頂いた。ここの神社にも、縁の酒造が奉納した御神酒が授与所に並んでいたため、ユエにこれでも問題ないか確認し購入した。神様ってお酒好きらしいから、案外日本酒なら何でも良いのかも。
参拝を終えると私達は急いで職場に直行した。最初の客の来店時間に何とか間に合うように準備を整えて迎い入れる。ユエには来客の間はバックヤードでお昼寝をしててもらった。
来訪地【国宝 大崎八幡宮】
1月の正月飾りを焚き上げる【どんと祭】で有名な神社です!
戌年、亥年の守り神としても知られています




