第63話 酸性の体液が降り出した
酸性の体液って、どれくらい溶けるんですかね?
カベトカゲは見えなくなる。
カメラドローンを使わないと、もう姿も追えない。
さっきのタイミングで倒せなかったので、千世は後悔する。
しかし師走は呑気というか俄然やる気に満ちた。
「よーし、このまま一気に仕留めるよ!」
師走はニヤリと笑みを浮かべた。
白い歯をチラリと見せて自信と元気を取り戻す。
しかし右腕は未だに痛々しい。
拳を握ることができないのを疎ましく思っているが、それよりも先に動き出す。
思い立ったが吉日スタイル。
【加速】を武器に、ブレーキは無く、アクセル全開で突っ走りに行く。
「それじゃあ千世、本当に本気で倒すからね」
「頑張って師走。でも、無茶だけはしないでね」
「オッケー。それじゃあ、いっくぞー!」
師走は壁を蹴り上げた。
そのまま脅威の三角跳びを敢行。
素早く体勢を変えながら反動を付け、天井付近に潜んでいると思われるカベトカゲを追走した。
「ほっ、ほっ、そいやっ!」
「凄い……」
千世はそれ以上感想が出てこない。
自分には到底できないであろうことを平然とやってのける師走に、ドン引きではなく憧れでもなく、ただ単純にカッコいいと感心する。
(だけどこれがもし成功したら、きっと倒せる……かも?)
かもではない。間違いなく倒せる。
千世はそう確信して、(頑張れ)と念じた。
その時だった。頭の中に強烈なサイレンが鳴り始める。
[酸の雨が降るよ。全力で逃げて!]
(酸の雨? 酸の雨ってなに?)
だけどこの文言。きっとさっきと同じ。
千世は自分の身よりも先に、傷付いた師走の身を案じる。
だからだろうか。お腹に空気を溜める。
時間は限られているものの、精一杯警戒して貰うためにも、全力で声を張り上げた。
「師走、さっきの酸が来るから逃げて!」
千世の声は師走の耳にも届いた。
天井に張り付いていたのだが、千世の声を聞いて警戒する。
「千世? 酸が来る? もしかして、さっきの?」
それを受けて自分の右手を見た。
酷い目に遭った。だからこそこの忠告を全力で真に受ける。
(動かない方が良いってことねー。了解)
師走は【加速】を自分自身の足を蹴り上げることで無理矢理止める。
動かなくなったことで天井に身を潜めて攻撃の範囲から逸れる。これで師走の安全は保証された。のだが——
「これで伝わったよね」
千世は口に手を当ててメガホンのようにする。
声が広がったおかげで警告が届いたものの、千世は少し逃げるのが遅れる。自分への危険を予知させるものなのに、それを使わなかったのだ。
つまりはそういうことになる。
ポタッ……ポタッ、ポタッ——
薄らと水滴が落ちてきた。
天井から滴り落ちる水滴を指先で受けとめた。
ジュー!
「うわぁ!」
千世は叫んでしまった。
水滴に指先に触れると、皮膚が少し溶けたのだ。
あまりの恐怖に指先に付着した水滴を払い落とすと、溶けるのが治った。
「あ、危なかった。コレが酸の雨。師走の右手をあんなにしちゃった……はっ!」
千世は目を見開いた。
顔を上げて天井を睨んだ。
ゆっくりとポタポタと水滴が滴り落ちる。
しかしこの正体は何処に……千世は最悪を思う。
「もしかして、カベトカゲの体液?」
もしもコレが全部カベトカゲの体液。
つまり酸の雨だとするなら、千世は【危険予知】を無視した結果を想像した。
きっと悲惨なことになる。それだけははっきりと脳へと伝わり、冷静さを一瞬欠く。
「ちょ、ちょっと、待って。うわぁ、ヤバいヤバいヤバいヤバい!」
千世は大ピンチだった。
自分の中ではっきりと状況が整理できた。
この状態は絶対にヤバい。千世の中で焦りの色が奥なると、踵を素早く返した。
(逃げ切れるの、私。って、逃げ切らないと、本当にヤバい……絶対にヤバい。何とかじゃなくて、終わりだ!)
「とにかく全力で逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
千世は酸の雨を何としてでも回避するべく、生き延びるために退避する。
全力で酸の雨の射程距離を抜け切るべく、千世は力の限り、体力の残る限り、全力で駆け抜けた。
「あっ、そこを曲がって!」
千世は少しだけ通路が狭まるのを見つけ、一瞬にして動きを変える。
直角カーブを決め、上手く身を逸らす。
体を丸めて飛び込むように隠れると、何とか酸の雨の射程距離を脱した。如何やら効果範囲も射程距離も広いようで、そこまで広くはない。
「危なかった。でもそうだよね。カベトカゲ、一メートルくらいだったもんね」
いくら体の体液が資本でもそこまでの範囲は出ない。
しかも天井から降らせているなら師走もきっと無事だらう。
「でも如何しよう……」
千世は悩んでしまう。頭を抱える。
一難去ってまた一難。
そんなことわざがあるけれど、本当にその通り毎回進んでいて、特に今回は困る。だって、酸の雨のせいで近付かなくなっちゃったからだ。
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