第56話 「ああ、忘れてたよ」
ダッダッダッ!
千世は師走に手を引かれる。
とにかく全速力でダッシュ。ダッシュダッシュで、まだ名前の無いダンジョン洞窟の中を走り抜ける。
「はぁはぁはぁはぁ」
「し、師走!」
師走はとにかくがむしゃらに走る。
千世も抗う術もなく、師走に手を強く握られてしまい、ブレーキを掛けることができない。むしろ危ない。
細い洞窟の通路を抜け、太い通路に出る。
ここまでやっぱり一本道。モンスターの姿は零。完全に師走のレーンで、独走状態だった。
「はぁはぁはぁはぁ。流石にこの辺まで来たら、距離は取れたでしょ」
師走は周囲を見回す。
別に何かを見つけたわけではない。
むしろ暗闇から暗闇へと逃げ込んだだけで、千世は困惑してしまう。
「で、でも如何しよう。これじゃあ袋の鼠だよ!」
「かもね」
「かもねって、師走。それが分かっていてここまで走って来たの!」
「うん。それしか道はないからねー」
千世は愕然とする。
あまりの行動の突飛さにいつも以上に不安がよぎる。
しかし師走は全く動じない。
多少疲れたみたいだけどすぐに回復。
それもそのはず、携帯食料の中でも、急速に栄養補給ができる補給食を齧り、師走は回復していた。
「うん。マスカットの味がして美味しい!」
師走は口をモグモグしていた。
それから小さなボトルを口に沿わせ、中の水を飲む。口の中を潤すと、腕で拭き取る。
「ふぅ。千世も食べる?」
「な、なんで呑気でいられるの……」
「えっ?」
「なんで、なんでそんな調子でいられるの! ここはさっきの、壁を走るモンスターが居るんだよ!」
千世はプチパニックになっていた。
心では冷静なのに、頭が冷静になれない。
その姿をポカンと見つめる師走。いつもみたいに考えすぎているんだと、すぐに伝わる。
「千世、まだ私達には起きてないでしょ。ほら、冷静になろうよ」
「私は師走みたいに割り切れないもん」
「割り切る? いや、別に割り切る気なんてさらさらないけどー?」
話が交差して上手く噛み合わない。
互いの歯車がガチッとならなくて、お互いが言葉に困る。
「うーん、まだ起きてないことをとやかく考えてもねー」
「私は師走みたいにその場で如何にかできる頭はしてないよ」
「そんなことないでしょ? 千世の咄嗟の判断力、ガチ集中の千世は千世のお母さんより凄いでしょ?」
褒められている感じがあまりしない。
つまり普段は大したことないみたいに聴こえる。
でもそれは仕方ないと、千世は自分で納得し、現代人特有の負のオーラが発生する。千世の内気な心の世界に立ち込める。
「だけど、ここは危険なんだよ。ダンジョンで人が死ぬのって、珍しくはないってウィンディさんも言ってたよ。それがこうして私達を脅かして……やっぱり、引き返すべきだった」
千世はどんよりする。
これもダンジョンは魅せる負の一面。
人は未知を探求したがるが、その未知に恐怖して引き込まれる。人間って脆い生き物だから、誰にだってこうなる恐れがあった。
しかし師走は確信していた。
千世なら全然戻って来れる。
親友として今できるのは、そんな千世を奮い立たせて、引きずり戻すことだけだ。
(でもさー、そのために何を言ったら良いんだろ? わっかんなかなー)
単発の文句じゃ意味がない。
なにか、こう。グッと、心の内側に染み込むような、痛い所を突くような一言が無かったか、自分のボキャブラボックスの引き出しを開けまくる。
とは言え何にも出て来ない。
困った師走だったけど、ふと気が付いた。
(あっ! これなら……行ける!)
確信を持つことができた。
だからニヤリと笑みを浮かべ、話し出す。
「ねぇ、千世。千世が前に私がダンジョンに行きたいって言った時のこと覚えてる?」
「師走が? う、うん。最近だもん」
「そっか。じゃが良かった」
師走は千世に伝える。
きっと痛い所に響く。
「ダンジョンは人の命を飲み込む。精神力が弱い人は簡単に飲まれるから行っちゃいけない。そう言ったのは千世でしょ?」
「そ、そうだけど……」
「だったら!」
師走は千世の肩を思いっきり掴む。
びっくりした千世は顔を上げた。
そこには師走の顔があり、正眼を向けられていた。本気の目だ。
「こんなところで弱音吐いていられないでしょ? 死にたくないなら、死なないための最善を尽くす。それがいつもの千世じゃないの? 自分のため、自分の周りの人のため、そんなちっぽけな世界だけでもって頑張れるのが、千世の良いところでしょ!」
熱弁されて言葉を失う。
しかし師走の言いたいことは伝わる。
そうだった。私は……と、千世は少し思い出す。
「ああ、忘れてたよ」
恐怖に支配されてしまっていた。
先行していたものが靄のように覆い被さり、自分を見失い掛けていた。
こんな時でも、いいやこんな時だからこそ、千世は真価を発揮する。
何だがモヤモヤが取れていくような、内気な心はそのままに、少しでも何かしようと動き出す。
「師走、私ね……」
「ん?」
千世は口を金魚みたいにパクパクさせる。
か細い声だったけど、束ねた糸みたいに信念を感じる。
とは言え薄っぺら。それでも良かった。だって、言いたいことははっきりと精神に伝わる。
「やれることをやるよ。誰かとかじゃなくて、私達のために。ねっ」
その言葉を聞いて師走は目を見開く。
会話は必要ない。軽く頷いただけで、師走は千世の言い分を聞き入れた。
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