第53話 気分転換で笛を吹く
実際、洞窟で笛を吹くのってどうなんですか?
ピチャピチャ——
ピチャピチャ——
水滴が滴り落ちて来る。
洞窟の中はジメジメしていて、奥に行けば行く程深まる。
体がベッタリするような、梅雨のような感じではなく、冷たい。
皮膚がシットリするような冷たさで、それが洞窟の中のため空気の逃げ道が少ない。
結果、ベッタリするように体に纏わり付き、千世と師走は案の定、苦い顔をする。
「何だか嫌な所だね」
「そう? でもまあ、普通に言ったらそうかもねー」
千世はブルー。師走は熱意で無理矢理引き千切ろうとするが、それを許さない。
払拭するように奥歯を噛むも、すぐに納得の方へと戻る。
「こんな時は如何したら良いんだろうねー」
そんなの知らない。気持ちを強く持つしかない。
目の前には何処までも続く一本道。
しかしながら先は全く見えてくれない。
むしろ暗闇だけがその場に留まり、千世と師走のことを待ち望んでいた。この恐怖心に飲み込まれたら、きっとダンジョンの餌食だろう。
「一本道だって聞いてたけど、まさかこんなに暗いんだねー」
「う、うん。あー、怖い」
「千世がここまでビビるってことはよっぽどの場所ってことでいいよー。【危険予知】に反応はある?」
「な、ないよ。でも感じる。この先……ううん、すぐ近くでとっても嫌なもの」
千世の感覚器官は非常に敏感だった。
普通の人よりも感応性に優れた精神を持っているからだが、それでも皮膚の内側をパチパチと静電気のように危険が通過していくのは珍しい。
「すぐ近く? ってことは警戒した方がいいよね」
師走が目付きを鋭くする。
周囲に気配を飛ばして敵を索敵。する程の力はまだないので、気迫と感覚だけで捕まえようとするも、何にも分からなかった。
「駄目。私には無理だよー」
師走はすぐさま諦める。
慣れないことはしないようにして、とりあえず声を出しておく。その方がダンジョンには飲まれ難い。
「それにしてもさ、モンスターの姿無いよね?」
「うん。何でだろ」
千世と師走は少しだけ疑問を吐く。
このダンジョン、まだ名前が付いていないダンジョン。中に入って約十分。一向にモンスターと遭遇しない。
これだけ千世が警戒し、自分を持ったダンジョンならば、それだけモンスターが発生していてもおかしくはない。
なのにここまで一切のモンスターに出遭っていない。
稀なこと? そう思ってもいいのだが、前例もある。
「この間、このダンジョンに入ったベテランの探索者の人も、モンスターには出遭って無いんだよねー」
それなのに、如何して死んでしまったのか。
何かの事故にでも巻き込まれてしまったのか。
色々な妄想が尽きないが、気分だけはドンドンどんよりムードへと変貌していく。
「あっ、そうだ!」
千世はポーチに手を突っ込む。
何をしているのかと師走は思ったが、ガサゴソと音を立てて中から取り出したのは、この間ピットロン達に貰った笛。
「千世、それ如何するの?」
「如何って、こうするだけだよ?」
千世は思いっきり笛を吹く。
ピー! ピーピーピー! ピーピーピーピー!
狭い洞窟内で、ピーピー! と音が鳴り響く。
決して高くはないけれど、耳障りには感じる。
そう思ったのは、洞窟の中が狭く、音が否応にでも反響してしまうせいだ。
「う、うるさい!」
師走は耳を塞いでいたが、怒り出した。
流石に一回じゃなかったからだが、吹いている本人はちゃんと耳栓をしていたので、何にも問題なかった。
「ふぅ」
笛を吐くのを辞め、耳栓を外す。
すると師走が眉根を寄せて、顔をにじり寄らせていた。ちょっとだけピリっとしている。
「ちょっと千世、急に止めてよ!」
「ご、ごめんね?」
「何で疑問符を付けるのかな? 流石に耳がキンキンする……って、一人耳栓!?」
「あっ、師走なら大丈夫かなって?」
あまりにも馬鹿げていた。
完全に千世の方に非がある。もちろん怒られても仕方ない。
と言うわけで、師走は相当怒っていた。
凄まじい剣幕を見せるが、千世はこれには流石に動じない。だってこうなることぐらい、最初から予測済みだ。
「でも、良い気分転換にはなった……よね?」
千世はそう尋ねる。
最初から笛を吹いたのは気分転換をするため。どんよりとしたムードを断ち切るには、普段とは違うことをするのが一番だと直感した。
そのおかげか、少しだけ空気が入れ替わる。
「気分転換? まあ、確かに?」
師走も怒るに怒らなくなる。
実際どんよりから解放された感は、多少だけどあった。
こうして千世達の周りを取り巻く空気が一瞬にして入れ替わる。
全く凄い笛だと、知世はありがたみを感じる。
「えっと、それじゃあ行こう?」
「うーん、そうだね。っと、千世。今度からはマジで一回にしよっ。ねっ!」
「う、うん。そうする」
千世は師走に念押しされた。
それから、こんな所に立ち止まっていても仕方ない。二人は意識を変える。
千世達は先を目指す。まだまだ暗闇が続き、視界は良好とは言えない中、千世達は周囲を警戒する。
シュル!
その後ろ姿を恨めしそうに見つめる視線があった。
しかし千世達はその存在に気が付かず、視界に捉えることもできなかった。
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