第30話 ダンジョンで走り込み
今回は師走のお話。
師走はその日、一人でダンジョンに足を運んだ。
今回やって来たのは千世のお母さんが所有している私有地の山。この辺り一帯は柵がしてあるので越えようとしなければ滅多に人が入ることはない。
そんな場所にやって来たのだ。
「千世に許可貰えて良かったよ」
師走はジャージ姿だった。
周囲一面を緑が生い茂り、ちょっとした坂道もある。奥に行けば行くほど入り組んだ道が続き、普通に体力作りにはもってこいの場所だ。
「さーてと、始めよっかな」
師走は呼吸を整えると、その姿を書き換えた。シーカーアバターの姿はと様変わりする。
「おっ、できたできた!」
師走は自分でも驚いてしまった。
如何やらこの山は魔力が溢れているらしい。
そのおかげで適当な場所にいてもダンジョン内と似たような効果が期待できるそうだ。
ちなみにこの情報は千世のお母さんが調べた限りの見解を聞いた千世の口から出たもの。
最初から信じてはいたけれど、千世はよくぞ洞窟? の中に入るまで、シーカーアバターにならなかったと、心の有り様を尊敬した。
「そんな千世の寛大なお心に感謝しつつ……私もその見返り分以上は頑張らないとねっ!」
師走は早速走り出した。
最初はアップダウンの少ない、緩やかな道の上を軽快に駆ける。
楽しい。師走の心が弾み始める。
「せーはっ! せーはっ! うおっと、ここで下るのねー」
突然地面が抉れ、下り坂になったので師走は驚く。しかしながら師走はちゃんと機転が効く。
千世ほどではないが体重移動を見せ、踵から爪先へと力を移動させ、そのままの流れで走り込む。
「なるほどねー。千世が言ってたのって、これもあるのかな?」
山の中の地形がかなり入り組んでいた。
道という道もあるが獣道も幾本も伸びていた。
あえて獣道を走ることで足腰を強くしたいと思う師走にとっては格好のロケーションになる。
「おっ、傾斜が付いた?」
師走は走っているので、靴裏から全身に山の地形が伝わる。
すると微かに傾斜が付き始め、上り坂になる。
「このまま全力疾走で坂道を駆け上がろっと!」
ニヤリと笑みを浮かべた。
脚のバネを巧みに使い、馬のように駆ける。
「大体慣れて来たかな?」
師走は自分に自問自答。だけど体の鉛は完全に外れ、ようやく準備運動を終わらせる。
ここまでが全部準備運動なのがちょっとおかしいかもだけど、師走からしてみればこれで良い。
「それじゃあここからは【加速】に慣れる時間……ふぅ、【加速】!」
師走は【加速】を使った。
すると体がギュン! と動き出し、前へと突き出される。顔や腕に掛けて、強烈な熱に打たれた。
「まあこれくらいは普通だとして……風圧が凄いねー」
そう言う師走は熱も風圧もGすらものともしない。
シーカーアバターの強化された仮想の肉体だけではなく、【加速】に少しずつ全身が慣れて来ていた。
とは言えまだ脚には負荷が掛かっていて、奥歯を噛み締めている。
「こんな調子じゃ埒が明かない……そりゃあ!」
【加速】をしながら師走は腕を伸ばす。
見つけた太い木の枝に飛び移ると、上半身の力だけで体を起こした。
「なるほどね。【加速】はあくまでもスピードってことかー。スピード全振り……私らしいじゃーん」
自分からは止まれない。否、それは少し訂正する。
【加速】は何かにぶつかって運動エネルギーを失えば止まれる。それ以外に、自分から運動エネルギーをゼロにできれば、慣性の法則で少しは動いてしまうけど止まることはできる。
ちょい難しい能力だと師走は感じた。
「いや、これが私らしい能力かも」
とにかく突っ走るだけ。
自動車や自転車がブレーキを踏んでも簡単に止まらないのと同じで、師走も突き進んだら何処までだって行ってしまう。自分でも納得でなるので、何だが歯痒かったが、少しだけ分かった気がする。
「それじゃあ私らしく……全速力で突っ走る!」
能力にはまだまだ秘密がありそう。
だけど今はこれで十分。師走は自分に言い聞かせ、【加速】を使って山の中を駆け抜ける。
太い木の幹を足場に使って三角跳びをしてみたり、坂道も難なく乗りこなす。
【加速】に耐える脚になった気がしたので、師走は試しに木の幹を蹴ってみた。
「おりゃあ!」
木の幹がペッキリ折れてしまった。
ここまで溜め込んできた運動エネルギーを全て放出した結果だ。師走は脚が痛くなくて良かったが、流石に驚いてしまった。
「まさかこんなにパワーがあるなんて……もしかして、イワガラヘビって相当硬かったー?」
師走は色んなことを学んだ気がした。
その全てが今後のダンジョンライフに活かせそうで何よりだと感じつつ、千世の役に立てると強い意気込みを入れるのだった。
「よーし、もうちょっと走ったら帰ろっと」
師走は再び走り出す。何処までも付きない体力と突っ走る心が背中を押していた。
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