第29話 またダンジョン行こうよー!
師走は懲りません。
千世は朝っぱらから師走に絡まれる。
そんな毎日を送っているのだが、今日は何故か通学途中は平和だった。
「師走が来ない……なんでだろ?」
千世は危険や面倒ごとに巻き込まれないので嬉しかった。だけどいつもと違うので、千世は何処か胸がざわついた。
「まさかこの角を曲がったらラブコメ展開が……起きないよね」
千世はいつもの曲がり角を右折する。
しかし誰にも鉢合うことはなく、一人ぽつねんとした。
「まあそうだよね。普通に学校に行こう」
千世は平穏を気にせずに歩き出した。
それから生徒達がチラホラと姿を現す頃、学校が見えてきた。
するとすぐ近くから聴き馴染みのある声を耳にした。
「はぁー! 気持ち良い……千世? おはよう」
「お、おはよう師走。こんな朝から走ってるの?」
「うん。部活でね」
まさか校門をくぐる前に師走に遭遇した。
体操服姿で軽快に走っている姿を途中で止めてしまった。
だけど何でこんな時間に? 千世は首を捻るが、ふと思い出した。
朝香御高校は生徒の自主性がモットーの平和な学校。部活動は強制ではなく、個人の自由。
だけど大会がある時や近くなると生徒達は張り切り出す。その結果、朝練を開催することもあるらしいが、まさかその朝練に捕まっているとは思わなかった。
「大変そうだね」
「うーん、朝練は好きじゃないけど、走るのは好きだからねー」
確かに昔から師走は走るの大好き。
その実力は本物で、全国総体で三連覇。
そんな人が身近にいるなんて、何だか不思議な感じがした。
「それじゃあ私は先に教室行くね」
「あっ、待って待って。もうすぐ終わるから」
師走は千世の首根っこを捕まえようとした。
しかし千世はスルリと躱して振り返る。
「如何したの師走?」
「いやー、今の気付いてた?」
「うん、気付いてたけど……如何かしたの?」
師走は黙り込んだ。昔から千世の危険回避能力はずば抜けていた。
避けられないことはほとんどなくて、師走が知っている限り千世のお母さんくらい。
そのせいもあり、こうして躱されたことを不満に感じた。頬をカリカリ掻きながら、「まあいっか」と呟いた。
「ちょっと待っててよ。もう終わるから」
「うん、いいよ」
千世と師走は部室へと向かった。
師走が着替えるのを待つ間、千世は部室の外で待つ。屋根が付いているから日除けになってくれた。
「お待たせ千世、待った?」
「ううん。相変わらず着替えるの早いよね」
「まあねー」
師走は着替えるのがもの凄く速かった。
五分も経たずに終わってしまったので、適当に脱いだ服を詰め込んだのかと思いきや、ちゃんと畳んであるのが凄い。
「それじゃあ行こっか」
「うん」
千世と師走は校舎に入ろうとした。
しかし師走は立ち止まる。
「そうだ千世、またダンジョン行こうって誘ったの覚えてるよねー?」
「えっ、う、うん。誘われたよ?」
「その件なんだけど……」
もしかして無しになった?
千世はホッと一安心したと思いきや、師走は逆のことを呟く。
「私、もっと強くなりたいんだー」
「えっ?」
一人少年誌の熱血キャラみたいなことを言い出す。
千世は首を捻る中、師走はさらに呟いた。
「私、この間能力を使った時にねまだまだ足りないなって思ったんだー。だからさ、次までには調整しておきたくて」
「調整?」
「うん。もっともーっと上手くなるために【加速】をちゃんと武器として扱えるようにしたいんだー」
師走は楽しそうに語った。
千世は師走は凄いなと思ったが、まさかこれは……嫌な予感がする。
「ってことで、またダンジョン行こうよー!」
「やっぱりそうなるんだね」
千世は少し諦めてはいた。だってこうなることくらい、【危険予知】が使えなくても分かる。
師走はニコニコ笑顔で千世のことを見つめていた。
「駄目かな?」
「だ、駄目って訳じゃないかだ……本当に行くの?」
「うん。でもその前にさー、やっぱりやっとかないとね、練習」
師走は自分の脚を叩く。
この間のことを不甲斐ないとか思っているみたいで、少しだけ神妙な表情を浮かべる。
「何処かいい場所ないかな?」
「いい場所って?」
「安全に走れるダンジョンとかー?」
「あはは、そんな場所そうそうないよ」
「だよねー」
師走は明らかにがっかりした。
何だか可哀想だと思った千世はダンジョン調査課で今度聞いてみようと思う。
だけどふとしたタイミングで思い出した。
「そうだ師走、良かったら家の山で走って来たら?」
「えっ、いいの?」
「うん。あんまり山奥までは行っちゃ駄目だけど、お母さんがね、あの山は魔力が溢れてて洞窟以外もダンジョンみたいな感じって言ってたから……あっ、でも危険なことはしないでね。絶対だよ!」
千世は念押しした。すると師走は千世にニコリと微笑む。
それも束の間、急に何の前触れもなく抱き付くと、「千世、ありがとう!」と呟くのだった。
驚いた千世は言葉を失ってしまい、目を見開くものの、「まあ師走だもんね」と分かりきっていた。
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