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48.おじいさんのタレ

 受付で姿勢よく座る倫子のもとに、女性の冒険者が相談に訪れた。

 今の時間帯は他の受付も空いていたのだが、小柄で穏やかそうな倫子はこんなとき自然と選ばれがちだ。


 スーユーと名乗った獣人の女性は、二名ほど急ぎでパーティーメンバーを募集したいという。

「廃坑に忘れ物をしちゃって、取りに戻りたいんですけどひとりじゃ不安で。大事なものなので報酬は相場より高くします」

「わかりました」

 倫子は一番近くて一番暇そうなユーインを手招きした。

「ユンユン、廃坑行く?」

 意味が分からないときは否定から入るのが無難だ。ユーインの経験がそう警告している。

「イヤ」

「ヤ? インドネシア語でハイってこと?」

「わかんないけどイイエってこと」

 否定すら捻じ曲げられるとは。ユーインの頭にまた一つインプットしておかなければならない情報が増えてしまった。


「スタッフのナンパはお断りですよ」

「何? クレーム? ジャンピング土下座するよ!」

 めちゃくちゃな言いがかりで雪祭とオリバーがやってくる。他の受付を担当しているふたりだ。退屈をいいことに雑な理由を引っ提げて参戦してきた。


「スーユーさんが廃坑に忘れ物しちゃったから、付き添いを募集したいんだって」

「そうなの? 行ってあげなよユンユン」

「断るならオレも一緒にジャンピング土下座してやるよ」

「なんで俺まで土下座を?」

 そもそも、廃坑を渋る理由がユーインにはある。

「あそこはEランクの実力でも多少は無理しなきゃいけないレベルなんだよ。俺は知っての通りFランク。誰のせいでFランクなのかも知っての通りだろうけど」

 ユーインは恨めしそうな目でスタッフを順に捉えていく。顔を伏せた倫子が「早く打てばいいのに……」と不満気に言うので、ユーインはもう一度睨んでおいた。倫子の球を打てないのは事実だから、言い返せる言葉は何一つない。


 そこまでは静かに様子を見守っていたスーユーだったが、おずおずと口を挟む。

「すみません、とっても失礼なことを言いますが……」

 その先は本当に言いづらいようで、視線を泳がせて言葉を探り始める。気を利かせたオリバーがさらりと代弁してあげた。

「Fランクじゃ不安、ってこと?」

「まあ……」

 まだ遠慮がちなスーユーに、オリバーが心配ご無用とばかりに自信たっぷりの顔を作る。

「大丈夫、このギルドのFはただのFじゃない。すごく、Fだ」

「かえって弱そうだろ!」

 たまらずユーインが声を荒げ、雪祭も「たしかにー」とクスクス笑い出す。その笑いも一段落ついたところで、雪祭はスーユーの背を優しく二度叩いた。

「実力は私たちも保証するから本当に大丈夫」

 あたたかくて、ありがたい言葉だ。だったら今すぐランク上げて欲しいんだけど、とユーインは疲れた顔でため息をした。



 なりゆきでパーティー枠の一人目はユーインに決まった。

 スーユーの希望は二名だから、もう一人見繕う必要がある。

「誰にしようかな」

 と倫子たちが話しているので、ギルド内の冒険者に声をかけにいくのだろうとユーインは当たり前に思った。倫子は冒険者の姿を目で追っていたから、誰がベストかを見定めているに違いない。


 倫子はメモ用紙にあみだくじを書き始めている。

「甘かったな……」

 ユーインは自分自身を卑下するために唇で薄く弧を描く。あとはもう、目に映る冒険者をためらいもなくエントリーさせていく様子を複雑な気持ちで眺めていた。


 あみだくじが完成すると、オリバーが真剣な目つきでどの線からスタートするべきか、祈ったり踊ったりしながら慎重な検討を重ねている。そんなことをしているから、奥から冒険者のジム・ストレームが近づいてくることに倫子が気付いてしまった。

「ジム来たよ。ジムは?」

 えっ、という顔のオリバー。そして、ユーインの表情もそれに近かった。

「俺は反対。ハムスターのほうがまだマシってレベル」

「それじゃあハムスター」

「筋肉次第だな。ぷにぷにしてたらクビ」

 と返しているうちに、ジムがユーインの隣までやってきた。ハムスターほどではないにしても、ぷにぷにな体をしている。


「いらっしゃいジム」

 倫子のほんわかした声音にジムの頬がぷにっと笑う。

「おっほほ! こんにちは。実は、ちょいと鑑定してもらいたい物があってねぇ。上級者パーティーのおこぼれ狙いで尾行遊びをしてたら廃坑に迷い込んじゃって、そこで謎めいた壺を見つけたんだよ」

 嬉しそうに鞄から取り出したのは赤茶色の壺。

 骨董品の鑑定はさすがに自信がない。倫子たちが怯んだ目で壺を凝視する中、スーユーが「ほわー!」と大声を上げた。


「その壺! おじいちゃんのタレ!」

「おじいちゃんをタレに?」

 オリバーのせいで突然のホラー。

「そういう鑑定のつもりじゃなかったよ?」

 ジムまで怯えた目をして受付の机の上に静かに壺を置いた。


 おかしな空気が漂い、倫子の視線は壺とユーインをゆっくりと行ったり来たり。無言のプレッシャーに屈したユーインは壺の蓋を開けてみた。

「はいはい。あーこれは良い壺だ。中身もすごく、アレだよね」

「タレ」

「そう、タレだよね」

 真っ黒な液体としか思えなかったが、匂いは悪くないし、何よりも持ち主のスーユーが言うのだからタレなのだろう。ユーインはそっと蓋を閉じた。

「おじいちゃんが子供のころから毎日継ぎ足して作ったピクルス用のタレなの。探索のときはこの壺とピクルスを持っていくんだー」

 嬉しそうに話すスーユーに「ピクルスにタレを?」なんて質問はさすがに野暮というものだ。今大切なのは、この予想外の幸運を皆で分かち合うこと。倫子はさりげなく壺の位置を手前に引き寄せた。

「この壺、ちょうどスーユーが探してたの。ギルドで買い取りたい」

 提案自体はジムの期待していた展開だ。特別な遺物などではなかったけれど、特別な物ではあったようだし、現金と引き換えるというのだから。

 でももう一押しいけるんじゃ? とっさにそんな考えもよぎる。


「廃坑は危ないところなんだよ? ボクはFランクなのに、廃坑に行ったわけ。これがどういうことかわかるよね?」

 ジムはニヤリと笑い反応を窺ってみると、

「頭脳はFマイナスってこと」

 ユーインもニヤリと返してきたのですぐに口の形を山なりに曲げ直した。それから「フン」と息を強く吐いて調子を取り戻す。ついでに、壺の位置を自分寄りに調整しておく。

「冒険者のランクをDにしてくれたらタダで譲るよ?」

「タダじゃないよね」

 倫子が冷静に言いながら壺をまた引き寄せる。


 タレ自体は経験豊富かもしれないが、それで昇格はさすがに無理だろう。

 念のため、雪祭は他の方法がないか確認することにした。

「ちなみに断ったら?」

「買い取りでいいよ。20万レグ」

「ふざけないで! おじいちゃんのタレはそんな安くないです!」

 思わぬ邪魔が入り、

「じゃあ50万レグでいいよ?」

 暴騰してしまった。


「オリバぁー、値下げ交渉してー」

「プランBで行く」

 雪祭に泣きつかれたオリバーは自慢の値切りテクニックを惜しみなく発揮した。

 両手と首をバキバキ鳴らしながらジムをギョロリと見つめる。

「50万レグが入院費になるか葬式代になるかは運次第ってとこだなあ?」

 Bは「暴力」のB。初めはバイオレンスのBだったが、バイオレンスはBじゃないよと倫子に言われたので暴力に変更したのだ。

「おっほ! やっぱり10万にしようかな?」

 まだ高い。しかし勝機ありとみた雪祭も加勢に入った。

「それじゃ、中身のタレだけうちで買い取って、壺は骨董屋さんに売るといいんじゃない?」

「むうん。どういうこと?」

「2回売れるってこと」

「おほー! 壺は1つなのに2回も売れるの?!」

「秘伝の錬金術ってやつよ」

 雪祭はダメ押しの決め顔。

「ふおおお……」

 ジムは心を震わせる。味は知らないが美味しいタレだけあって美味しい話だ。

 こんな美味しい話、他にあるとしたら詐欺くらいしか思い当たらない。そこまで考えが巡ってから、ジムは心の震えをピタリと止めた。


「ちょい待った。騙そうとしてない?」

「してる。私は嘘つかないもん」

「そっか! なら安心だね!」

 ジムは喜びで今にも飛び立ちそうだ。どこかに行ってしまわないうちに、雪祭は手提げ金庫から2万レグを素早く用意した。

「はい、特別価格で2万レグ。あとは壺を5万で売れば合計2万5万レグよ」

「おほ! 合わせたら25万レグ?! これが……」

「錬金術」

 ふたりは声を合わせた。



  ◇



「この壺で作ったタレは2万レグの価値になるんだよ。すごいだろ? 嘘じゃないよ、ボクは実際に売ったからね」

 とても嘘を言っている瞳には見えなかったので、骨董屋はジムの持ち込んだ壺を二つ返事で買い取ってくれた。



 そして、その日の夜。


「見て見て! この壺に水を入れるとお金が出てくるらしいよ! 7万レグで買えた!」

「ミヤチ……」

 錬金術に目が眩んだ愚か者がひとり。

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