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49.カプリ村の分裂

 ターコイズがお茶の入ったカップを引き連れて研修室にすいすいと入っていく。

 目当ての3人のところまで着くと、カップを静かに操って水面を少しも揺らさずに置いてみせた。

「お茶をどうぞーー」

「ありがとうございます」

 高齢の男性が嬉しそうな顔で頭を下げる。上品さは表情だけでなく服装にも表われていて、商業ギルドのギルドマスターたる所以のひとつだ。


「こどもにとっては冒険者ってやっぱり魅力的に見えるんですよね。私自身もそうでしたし。ただ私もこういう立場ですし、小さいこどもたちが商人に興味を持ってもらうにはどうすればいいかと悩んでまして」

「俺たち農業系の学科だからなー……」

 マッケニーからの相談に竜星と三毛は揃って弱り顔をした。冒険者に振れば済むという依頼でもないし。

「ていうか、なんでそれを冒険者ギルドに?」

 三毛が疑問を持つのももっともだ。マッケニーは軽く頷いてからその経緯を説明した。

「ギルドでアンケートを取った結果、ゴッサムギルドに任せるという案を最多得票としました」

「なんか言葉が変なような気もするけど、マッさんのお願いならやるっきゃないね!」

「選ばれしギルドだからしょうがない」

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げるマッケニー。ターコイズは3人を不安そうに見つめていた。




 昼休憩の時間を使い、竜星は全員を招集してさっそく作戦会議を開催した。

 テーマは、小さな子が商人に興味を持ってくれるイベント。


 こどもは可愛いものが大好きなはず。烈火はそこを糸口にして考えてみる。

「ゴリッサムくんの着ぐるみでパレードするのは?」

「興味は持つだろうけど、将来の夢がゴリラになる」

 リッキーは泣く泣く却下した。


 可愛いでダメならカッコイイがある。セレスティナはそこを糸口にして考えてみる。

「戦隊だな。戦隊モノのヒーローショー」

「おおおおっ」

 盛り上がる生徒たち。烈火もリッキーも大満足のアイデアだ。

 ハイタッチを済ませてから具体的な作業に取り掛かった。最初の作業は、いつも通りゼニスに買い物を頼むところから。



  ◇



 その日の夜。

 ゼニスが用意してくれたフバイク用ヘルメットを皆が見下ろしている。

 濃いグレーのフルフェイスヘルメットで、ミラータイプのシールド。

「このヘルメットの集団が現れたら強盗にしか見えないですねーー……」

 バットを持てばさらに文句なしの出来だ。ターコイズが皆の思いを代表して声に出した。

「でもこれが一番頑丈らしいです!」

 というのがゼニスの主張だが、バイクには乗らない。


「いや、色は何でもいい」

 満がヘルメットをひとつ手に取り、回転させながらじっくりと確かめる。

「俺が塗るつもりだったから。戦隊だから色分けしたいし」

「赤がいいー!」

 ヒーロー役のひとり、麗央はいち早くレッドを確保。

「俺は濃いピンク!」

 続いて三毛。早い者勝ちだ。

「あいよ。先生は青でいい?」

「じゃあラメ入りでー。って私も……?! 6人になったんですか?」

 ヒーロー役はオーソドックスに5人だったはず。ゼニスが戸惑っていると、雪祭がさっと手を挙げた。

「私の代わりだよー」

「代わり……?! 雪ちゃんやらないんですか?」

 制服コスプレの件依頼、ゼニスはすっかり「○○さん」呼びをやめてしまっていた。

「私は司会やることにしたの」

「司会ですかー」

 ヒーローと同じくらい、ヒーローショーに必要な役割だ。ゼニスは観念して代役を受け入れた。


「ゼニス様とは敵同士になっちゃうんですねーー……」

 司会以上にヒーローショーには欠かせない役割、悪役のターコイズはちょっとばかり残念そうにゼニスを見る。ゼニスも同じ目を送ったが、意味するものは全く違う。「ターコイズもやるのね……」と残念な子を見る瞳だった。


 各ヒーローからの希望カラーがまとまると、満たちは緑地の隅にスプレー缶やヘルメットを運び出す。

 ヘルメットのパーツを分解したら研磨布で表面を丁寧に磨き、塗装が乗りやすいよう足付けを行う。三毛たちが手伝えるのはせいぜいここまでで、下塗りからは満ひとりで行った。


 一通り塗装を終えると、満はカラフルなヘルメットを見ながらどこか物足りなさそうに首をひねる。

「色は派手だけど、なんかこう……模様とか欲しいなぁ」

「戦隊ってどんな顔だったかな」

 麗央が目を閉じて記憶を手繰り始める。とても特徴的な顔をした戦隊がいたはずだ。


「ああぁぁああ!」

 すぐに思い出すことができた。

「思い出した! 曜日書いてあった!」

「あ、あれだよね! 和風の戦隊が火って顔に書いてたの覚えてる。僕の名前と同じだーって」

 烈火が可愛い顔をするので、麗央は「火はもらった!」と再び真っ先にデザインを確保した。火は赤だから、特に反対する者もいない。


「んじゃ月は誰にする?」

 言ってから満は違和感を強くした。

「月なんてあったっけ?」

 皆唸りながら考え込んでしまう。曜日で間違いないはずなのに、顔に月と書かれたレンジャーがまるきり頭に浮かばない。


 散々悩み抜いた末、緩太がポンと手を叩いた。

「風林火山じゃね?」

「それだ! 和風っぽい!」

 和風で火が入っていて、それでいて月がない。しっくりきたので風林火山に落ち着いた。



 風、林、火。

 そこまで書いたところで、地面に置かれたパールホワイトのヘルメットに竜星の茫然とした顔が映りこんだ。

「俺の顔、文字残ってない」

 満はピンクのヘルメットに最後の文字を入れようとしている。

「空白こそ和の心だろ」

 林の文字を手に入れたセレスティナはまさに他人事だ。鮮やかなひまわり色のヘルメットを満足そうに見ている。

 どうしてこんなことに? と満たちが混乱する中、一緒になって腕組みをしていた琥太郎がハッと顔を上げた。

「今気づいたんだけど、風林火山って4文字だよ!」

「天才か!」

 まさかの天才の登場におののく生徒たち。

「山をわけよう」

 満は山を割ることにした。



  ◇



 二日後の午後。

 この日の冒険者ギルドは午前中だけの営業。

 そして今は、村の広場でヒーローショーの始まりだ。

 前日に告知しただけだというのに、会場にはたくさん人々が集まった。メインターゲットである親子連れや依頼元の商人たち以外にも、物珍しさで集まった村人や暇なのでやってきた冒険者など幅広い層で賑わいを見せている。


「みんなー、こんにちはぁーっ!」


「こんにちはあ!」


「商人ワクワクヒーローショーに来てくれて、どうもありがとうーっ!」

 雪祭がよく通る声で軽快に司会を務め、小さな子たちが飽きてしまわないうちに主演を呼び寄せた。


 待機用のテントからカラフルな5人組が飛び出してくる。


 額に【風】。神々しき青の戦士。

「ブルーオーシャンでぼろ儲け! DPブルー!」


 額に【林】。ミリオネアな黄色の戦士。

「金は口ほどにものを言う。DPイエロー」


 額に【火】。燃える商魂、赤の戦士。

「出血覚悟の大大大サービス! DPレッドおおぉぉおお!」


 額に【ざ】。奉仕の心、ピンクの戦士。

「好きな言葉は完売御礼! DPピンク!」


 額に【ん】。清き白の戦士。

「好きな言葉は一期一会の純白パンチラ! DPグリーン!」


「天下御免の商い戦隊! ダイナミックプライシングジャー!」


 ワアアアアッ


 観衆は盛り上がりはしたものの、名前は長くて覚えられなかった。


 ある程度歓声や拍手が収まると、ブルーが一歩前に出る。

「商売は、ものを売ったり、ものを買ったりすることで他の人の幸せをお手伝いすることができる素敵なお仕事なんですよ」


 そこへリッキーが不安そうな表情でとぼとぼと歩いてきて、舞台の中央までくると、大げさにため息をした。

「仕立屋さんを開きたいなー。何を準備すればいいんだろう」


「あれあれ? なんだか困ってる人がいるみたいだよ?」

 雪祭がこどもたちに語りかけると、

「おまえにふくなんかつくれるのかよー」

 可愛げのない声が飛んできたので、先に進むようリッキーに目配せした。


「しまった、布がないぞー。たくさんの種類の布が欲しいなあ。どうすればいいんだろう」


「そっかぁ。材料がないみたいだね。布を仕入れてくれるのは誰かなー?」

 雪祭は先ほどと違う方向に声をかけてみる。今度は「しょうにーん」と返ってきたので心地よい気持ちで聞き入ることができた。


 そこへ突如、数人の乱入者。

「商人ではないですーー、ぞーー!」


 慣れない低い声を響かせるターコイズを先頭に、烈火に琥太郎、倫子と続く。悪役の登場だ。

 一応、真っ黒なバンダナを悪役のトレードマークとして頭に巻き付けてはいるが、まったく怖そうに見えない人選な上に琥太郎は初めての演劇に目を輝かせている。悪役と説明されない限り観衆が彼らを悪役の登場だと認識することは不可能だろう。


「俺たちは豪快な海賊じゃー!」

 琥太郎が嬉しそうにアピールしてくれたおかげで無事伝わった。


「海賊?!」

 リッキーやDPジャーが身構える中、倫子が一枚の布をひらひらと宙に泳がせる。

「ふふ、この布がほしいのかー?」

 ターコイズは緊張した面持ちで次のセリフを頭で一旦整理し、ドキドキしながらまた声を張った。

「この盗んだ布を1億レグで売ってやるです、ぞーー。仕立屋も海賊も嬉しい、最高です、ぞおーー!」

「そうですねキャプテンターコイズ! 最高です!」

「ものを売ったり、ものを買ったりすることで他の人の幸せをお手伝いできてますね!」

 子分たちに讃えられながら、ターコイズは長く息を吐いた。セリフらしいセリフはここまでだから、あとは子分に任せておけば安心だ。


「そんなのは幸せじゃない!」

「布を奪われた生産者はどうなるんだ! 幸せじゃない人がいるじゃないか!」

 怒りを見せるDPジャー。この間に補助係の満、緩太、オリバーが長くて太いロープをセッティングする。


「悪いやつは懲らしめてやる! でも商人は暴力なんか使わないから、フェアトレードパンチはしない」

「商人の武器は駆け引き! 押したり引いたりだから、綱引きで勝負だあぁぁああ」

「いいだろう相手になってやるぞ! DPジャー!」


 DPジャーと海賊たちは颯爽とポジションにつき、開戦の合図に備える。会場もしんと静まり返り、天下分け目の戦いを見逃すまいと瞬きもおろそかになってしまう。

 雪祭は各自準備が整ったことを確認し、それまでとは打って変わって厳しい目つきをした。

「それでは……よーい」

 いよいよDPジャーの力を見せつける時がやってくる。

「はじめ!」


「第一幕、綱引き合戦! いざ、参る!」

「ど派手にいくぜ!!」


 こどもたちの予想に反して、一進一退の攻防が続く。

 固唾を飲んで見守る光景を見渡した後、雪祭は遊びに誘うような口調で大きく声を響かせた。

「みんな! 力を貸してー! DPジャーと一緒にロープを引っ張ってあげて!」

 途端にこどもたちが一斉に駆けていく。何十人ものこどもたちはDPジャーの後ろでロープを握り、「そーれ! そーれ!」とありったけの力を込め始める。


 一気に引っ張られていく海賊たちだったが、

「ゴッサーム! ファイッ」

「オーッ!」

 闇の力で優勢に転じてみせた。

「悪役はここで負けるはずだろ!」

 グリーンの非難など大したことはない。琥太郎は断固たる瞳を向けた。

「どんなときでも勝利を目指す、それが2-C……いや、それが海賊ってもんだろ!」

「くっ……たしかに」

 しかし、相手がそのつもりならDPジャーとしても考えがある。流星は観客に向かって呼びかけた。


「親御さんも力を貸してくれー!」

「よしきた!」

「商い合体!」

 どどっと押し寄せるこどもたちの家族。比率で言えば10対1くらいはありそうだ。

 こうなれば悪役も黙ってはいられない。ずるずる流されながらキャプテンターコイズがこの日一番の大声を出した。


「こどもたちの憧れを商人に取られてもいいんですか、のかーー?! こっちに力を貸してくだ、せーー!」

「それもそうだ! うおおおおおおお!」

「海賊合体!」

 ものづくりの職人や冒険者、司祭たちが雪崩れ込む。


 村中を巻き込んだ戦いは一昼夜続き、この戦いが綱引き祭りの始まりとされている。

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