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41.日曜日の金羊騎士団②

「ただいまー」

 緊張感の欠片もない、陽気に満ち溢れた声がギルドにこだまする。

 一瞬、「ミケか……」とがっかりするダニエルだったが、このギルドに常識人のスタッフはいないのだから誰が来たって大差ない。むしろ険悪とはおよそ縁のない、無邪気の塊のような三毛の登場にダニエルは感謝した。


 冒険者たちと楽しそうに挨拶を交わした三毛は流れるように受付までやってくる。

「お客さん? こんちゃ!」

「こんにちは」

 ディネリーノートはにこりと微笑んだがバロックは警戒気味だ。探るように見るだけで挨拶は返さず、その代わり依頼書をひらりと目の前にかざす。

「依頼書の発行頼めるか?」

「いいよー」

 顔色ひとつ変えずに依頼書を受け取ると、三毛はバロックたちが元居た席へ歩いていった。

「あ、名前は?」

 バロックは自分の名前を言いかけ、依頼書のことを指しているのだろうと一旦口を結んでから改めて名を告げる。

「依頼主は金羊騎士団だ」

「キンちゃんね。俺は三毛、そっちは?」

「待った! バロックだ」

 普通に名前を聞いていたようだ。ディネリーノートが名乗ろうとするのを遮ってバロックが早口で訂正した。

「キンちゃんとバロックね」

「ちょっとキンちゃん!」

 ディネリーノートがムッとした顔をバロックに向ける。

「誰がキンちゃんだよ……!」

 冒険者たちの押し殺した笑いを背に受けながら、バロックはどうにか自分たちの名前を正しく伝え直した。

 

「キンちゃんて誰だったんだ……?」

 三毛は存在しない誰かに思いを馳せ、それから依頼書に話を戻す。

「依頼主はどっち?」

「いや、個人じゃない。依頼主は金羊騎士団にしてくれ」

「キンちゃん? て誰?」

「だから……」

 言い返したら深みにはまりそうだ。バロックはとっさの判断で口をつぐみ、そのまま話を進めていく。

「依頼に関しては、まずランク不問で冒険者を多めに確保したい。今日明日でどれくら集まると思う?」

 懸念事項は、短期間でどれだけ集められるか。出立は可能なら明日、理想は今日中だ。


「ランク不問か。気になるな」

 後ろで聞き耳を立てていたFランク冒険者たち4人がひそひそと話し始める。騎士団からの依頼は報酬が相場より高めだから美味しい仕事と言える。

「でも不問ってとこが引っかかる」

「人体実験……じゃないよな?」

 騎士団がそんなことするか? という疑問と、権力を持ったやつが裏で何してるかなんてわからんぞ? という疑念が交錯する。

 とうとう、意を決してディネリーノートに声をかけに向かった。一人で行く勇気はないので全員で。


「神官さん、それってどういう依頼なんです?」

「黒晶バラを見つけたの。破壊するのに手助けが欲しいのよ」

 すぐに納得をする冒険者たち。リッキーは三毛に「わかる?」と尋ねてみたが「全然」とのんきそうに笑い返してくるだけだった。

「黒晶バラは魔物を引き寄せてしまうんですよ」

 気遣いの男、ダニエルがそんなリッキーたちの顔色を察し、易しく解説する。

「バラって言っても幹は人の体くらいに太いし、かなり頑丈で火にも強いんです。見つけたら早めに破壊しておかないと魔物がバラの匂いで集まってしまいますし、バラ自体も広がっちゃいますから」

「なるほど」

 真面目に聞いていたのはリッキーだけだった。三毛も真面目といえば真面目だったが、集中させていたのは耳ではなく手元。依頼書を書きあげていた。


「こんな感じかな」

 出来上がった依頼書に三毛は満足そうだ。暇を持て余すバロックも何気なく依頼書に視線を落としてみた。

「ん?」

 バロックは机の上の依頼書をくるりと回転させて自分に向ける。

「どうかした?」

「どうかしてる」

 バロックはもう一度依頼書をくるりと回転させて三毛に向け、依頼主に書かれた文字を何度もなぞりながらクレームを入れ始めた。

「なんだよ、日曜日の騎士団ってなんだよ。こんなんじゃ週末にたしなむ程度の冒険者しか集まらないだろ」


「今日は金曜じゃないよ」

 念のため三毛はスマートフォンで今日の日付を確認してみたが、日曜日で間違いない。

 異世界ではあるがカレンダーは地球と同じなのだ。同じなのだ。


 バロックは「はぁぁ……」と腑抜けたため息を零す。

「キンヨウは金の羊」

「メェェ……」

 三毛とリッキーは腑抜けた鳴き声を漏らす。


 飛びかかりたい衝動はどうにか抑えつつ、なめられたままでもいられないのでバロックは強い口調で自分たちの偉大さを言い聞かせた。

「金羊騎士団は誰もが勇猛な戦士だからな、言うなれば虎の群れ。俺たちの咆哮ひとつでどんな相手も立ちすくむってもんだ」

 最後まで大人しく聞いたリッキーが「ふっ」と笑う。

「バラの前で合唱でもすれば枯れるんじゃないのか」

 ギロリと睨みかかるバロック。ディネリーノートが肩に手をかけて落ち着くよう促す。

「バロック、だメェェよ」

「移ってんじゃねえよ!」


 ふたりの口喧嘩をよそに、三毛は黙々と新しい依頼書に必要事項を記入していく。やがて、「完成!」と嬉しそうに椅子から立ち上がった。

「綴じてくる」

 依頼書ファイルの並べた長机の方に早足で行ってしまった。見守っていた冒険者4人も報酬などを確認したくて三毛の後を追いかけていく。



「あとは人数ね」

 ディネリーノートが三毛たちの後ろ姿を見ながら心配そうに呟く。報酬は少し多めにしておいたので、あの場にいる冒険者たちは受けてくれるだろう。

「20……は、難しいかな」

 ちょっとした遣いからの帰り道で幸か不幸か、偶然黒晶バラを発見してしまった。同行中の騎士団員はディネリーノートとバロックを含めて5人しかいない。

 小さな村だから拠点にする冒険者が多くいるとも思えない。人数さえ集まれば経験の浅い冒険者の集まりでも短時間で処理することも可能だろうが、長引けば魔物との戦闘リスクも高まってしまう。

「待つしかできないだろ」

 心配事を見透かしたようにバロックが言う。今から心配したってしょうがないというのは確かだから、ディネリーノートは「そうなんだけど」と小さく頬を膨らませた。




 目論見通り、報酬を確認した4人組は皆依頼を受けると即決していた。

 ダニエルに関しては、彼は冒険者ではなかったし、リッキーが依頼書を正しく書き上げたことも確認できた。皆に挨拶をして仕事場に帰っていってしまった。


 それから間もなくして、賑やかな話し声が外から近づいてくる。

 冒険者かもしれない。ディネリーノートとバロックは出入口に向けて期待を込めた眼差しを向け始めた。


「ただいまあぁぁああ」

 入ってきたのは、麗央を筆頭に草刈りから戻ってきた生徒たちだった。


「おかえりー」

「おーレオ! リューセーもみんな一緒か」

「草刈りおつかれ」

「ただいまー、いっぱい草刈ったのに誰もお金貰えなかった!」


 三毛や冒険者たちが声をかける中、当ての外れたディネリーノートとバロックは小さく首を振る。服装を見れば冒険者でないことは一目瞭然だ。

「新しいお客さんだ! こんにちは!」

 ふたりに気が付いた琥太郎が屈託のない笑顔を向けると、他の生徒たちも口々に新規顧客に対して若々しい笑顔を浴びせかかる。眩しさに負けて逃げ腰になりながら、ディネリーノートたちもなんとか挨拶を返し続けた。


 そんなことをしていると獣人の若い男が3人やってくる。さっそく三毛が営業に飛び込んだ。

「こんちゃ! 体力に自信のある冒険者募集中!」

 開いたファイルを見せながらスーパースマイルを披露する。

 男たちはファイルには目もくれず、怪しさしか感じない三毛の瞳をじっと見つめる。

「運動会でもするの?」

「違うけど」

 三毛が一瞬真顔になったあと、すぐにまた笑顔を咲かせた。

「それいいね! 開催しよ!」

「日程決まったらすぐ教えてくれ! 来ないから」

 最初に余計なことを言ってしまった男は他のふたりから小突かれてしまった。

「報酬はいいみたいだよ。ね?」

 三毛が4人組に援護を求めるので、4人は頭の上で大きく丸を作る。

「ほら!」

 勝ち誇ったような三毛。獣人たちは「一応、見てから」とファイルを受け取った。


「あー。バラかー」

「斧で砕くんだよねー。重労働なやつだ」

「でも報酬は良い」


 良い調子の会話が続いているのを見てディネリーノートたちが小さく喜ぶ。このまま順調に冒険者が訪れてくることを祈るだけだ。


「ん? なんだこれ」

「どした?」


 急に雲行きの怪しい声色になってしまった。ディネリーノートとバロックが眉をハの字にして顔を見合わせる。


「ぷっ……」

「なんだこのダセー依頼主」

 突然ゲラゲラと笑い出す獣人たち。

「だ……ださい……?」

 今まで言われたこともないし、これからだって言われるはずのない言葉にバロックもディネリーノートも相当ショックを受けた様子だ。

「お前らよくこんな怪しい依頼受けたな」

 獣人たちが4人組に向けてからかうように言い放つ。

「怪しい?」

 そうだっけ? と顔を見合わせる4人。そもそも報酬しか見ていない。


「見ーせて」

 雪祭が颯爽と獣人たちの元に駆け寄り、ファイルを見せてもらった。

「えー? 可愛いー!」

 依頼主の名を見るなりそう甲高い声をあげた。

「『とらとらがおー』だって」



「あ?」

 機嫌の悪い虎みたいな顔をするバロック。


「まあまあ強そう! ぶはははは」

「5歳児が作った騎士団かよ! ひゃひゃひゃひゃひゃ」

 獣人たちは好き勝手言いながら笑っているし、4人組は正体を知っているので悪いとは思いつつも一緒になって笑っている。倫子たちも「可愛いー」とキャーキャーやっていた。


「なんで余計に変わってんだー!」

 もはや原型などどこにもない。バロックが三毛に目いっぱい叫んでみると、喧噪がピタリと止んだ。ただ、冒険者たちがバロックを見る目はどこかとげとげしいものがある。


「ミケに書かせるからだろ」

「さすがにそれは嘘だろ、ミケに書かせるなんて……」

「これだから初心者は!」

 とても風当たりが冷たかった。



  ◇



 可能な限り早く出立したいというバロックたちの希望はすんなりと叶えられた。

 三毛が広場や食堂から何人かの冒険者をギルドに持ち帰り、自称レオキャラバンは麗央が一声かけるだけで良い。加えて、生徒たち全員が助っ人として参加したことで募集開始から1時間後には馬車に揺られていた。


 刈り取る対象が草からバラに、装備も狩払機からチェーンソーに変わるだけだから、生徒たちは総じて除草作業の延長くらいにしか思っていない。


 道中、心配そうに三毛たちを気にかけていたディネリーノートやバロック、その他の騎士たちだったが、目的地に着いてからは別の意味で目が離せなくなってしまう。

 ギルドスタッフたちは誰もが勇猛な戦士、言うなれば虎の群れ。チェーンソーの咆哮ひとつでどんな相手も立ちすくむ。見たこともない刃で太い幹をゴリゴリ削っていく姿を、半ば怯えた目で捉えていた。


 もうひとつ彼らを驚かせたのは、集まったFランク冒険者が美しく力強いスイングで斧を打ち込む姿。

 Eランク昇格を目指し日々リッキーに鍛えられていた彼らは、既にFランクを超えていたのだ。ただ、書類上でもFランクを超えるのはまだ先の話である。


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