40.日曜日の金羊騎士団①
一人の男がギルドの中へ無遠慮に入ってくる。ただ、堂々とした振る舞いからは乱暴な印象は少しも与えない。彼の歩く姿勢も、床を打つブーツの音さえも自信に溢れたものだった。
壁にもたれながらで談笑をしていた4人組の冒険者が振り向くも、騎士団の制服を見るや納得したように肩をすくめている。
「取り込み中悪いが、少しいいか?」
風貌は20代半ば。上品な服装に似合わず態度は少々難ありだが、若さと騎士のプライド故だろう。バロック・ミッヒが受付に座るリッキーを見下ろすが、当のリッキーは全く意に介していない様子だった。
「取り込み中ってわかってるなら、答えもわかるだろ。オで始まってリで終わる。おかえりじゃないからな。お断り、終わり、お前の食事は今日からどんぐり、でもいい」
とそっけない。逆に手続きをしてもらっている最中のダニエルが冷や汗をかいてしまう。
「やめときなリッキー……。金羊騎士団だ」
「今日、金曜日だっけ?」
「じゃなくて、領主直属の騎士団だよ。とにかく、俺は後でいいからさ」
そろりと椅子から立ち上がるダニエル。そのまま奥の談笑組へ加わろうとするが、リッキーの鋭い視線がそれを許してくれない。
「いいから座れ」
「おっ、悪いな」
空いた椅子を素早くバロックが奪い取る。にっこり笑うバロックにリッキーも鏡に写したような表情を返し、すっと立ち上がった。
「お前じゃない。ダニエル、座るのはお前な」
ひっそり立ち去ろうと企てていたダニエルの肩をがっしりと掴んで、バロックを押しのけるようにして強引に椅子へと座らせる。
「いでっ」
尻もちをつくバロックに目を細めて、何事もなかったようにリッキーは静かに座り直した。広げていた書類に目を落とし、何の手続きを進めていたのか思い出す。
「んーと? ああ、そうだ。依頼書の発行」
「おっ! わかってるな!」
「いでっ」
威勢よく立ち上がったバロックがダニエルを押しのけて椅子を再び占拠した。今度はダニエルが尻もちをついて情けない声を上げている。
「なるほどなるほど。やってくれるじゃないか」
「やられてるのは俺だよ!」
床の上から悲痛な叫びで抗議するダニエル。
リッキーは早々に彼を引っ張り上げて別の受付へと移動していく。新しい席に腰かけて、呆けた顔を向けるバロックを見ながらにんまりとほほ笑んだ。
「こっちの席でやろう。向こうの席は取り込み中みたいだからな」
「……くっそがあああ!」
バロックは椅子に座ったままガッタンガッタン騒がしい音を立ててダニエルの隣までやってくる。元の席から持ってきた用紙を机の上に叩きつけ、怯えるダニエルの真横でにっこりと微笑んでみせた。
「わかった、100歩譲る。同時に進めてくれればいい」
「譲るのは3歩でいいからダニエルの後ろに並んどけ」
「確かにな! 一本取られたわ! ってなるか!」
「うるせー……。壊れたPCのビープ音かよ……」
もはや敵意しか表さないリッキーとバロック。淀んだ空気に当てられてダニエルはすっかり青ざめている。
誰か助けに入ってほしい。もしくはギルドが今すぐ爆発してもいい。
ダニエルの切なる願いは、意外にもすぐにさま叶えられた。
もちろん前者で。
「バロック、何騒いでるの?」
落ち着きのある優しい声色にギルド内の全員が声のする方向に振り向いた。
現れたのは褐色の肌に白銀の髪。エルフの若い女性だった。バロックの制服とは異なる身なりは、その場の者たちを謹んだ態度に変貌させるには十分なものだ。
「今度は何だよ……押し売りじゃないよな? 宝くじが当たって彼女も出来て、あと赤点を絶対に取らなくなる怪しい雪平鍋って言うなら考えなくもないけど」
警戒するリッキーにダニエルがそっと耳打ちする。
「あの人も騎士団だよ。ただ、神官のローブだから副団長クラスだ」
思いがけない神官の登場に神はやはり見ているのだと天に感謝を捧げながら、さっと椅子から立ち上がった。
「ほんとうに、おれは、あとでいい」
念を押すように、リッキーにゆっくり伝える。
「まったく、人がいいな……」
遠慮がちな人柄には敬意を払うしかない。すなわち、
「いいから座れって」
ダニエルが優先だ。再び肩を押して椅子に座らせる。
逃げ出したいだけのダニエルはただただ涙目で、所詮神への祈りなど物理の前には無力、という現実を思い知るはめになっていた。
「で、バロック。あなたはもしかしてだけど、お仕事中の席に割り込んだってことで合ってる?」
すぐ隣までやってきたエルフに問われ、バロックは答える代わりにあさっての方向を見ながら舌打ちする。返事を聞くなりエルフはちょっぴり頬を膨らませ、手の甲をコツンとバロックの頭に落とした。
「金羊騎士団のディネリーノートと言います。ごめんなさい、うちのバロックが困らせちゃったみたいで」
リッキーとダニエルそれぞれに目を合わせた後、ディネリーノートと名乗ったエルフは頭を下げる。ダニエルは「いえ、全然、全然ですので」と言いながらそれとなく後ずさりを始め、その場から退散することに成功した。
ディネリーノートが頭を上げた後、リッキーはバロックをチラリと見て意地悪に笑う。
「気にすんな。困ってるのはそっちのバロックだけだから」
バロックはもうひとつ舌打ちをした。
「えっと、他のスタッフは出払ってるの?」
ディネリーノートが周囲を軽く探ってみるが、冒険者が数名いるだけでギルド内は静かなものだ。まさか一人で運営しているということもないはずだし、と不思議そうな顔を浮かべていた。
「いるよ、多分どこかその辺の家の庭に」
「なんだそれ。ホームパーティー?」
ユーモアを効かせるバロックに、リッキーが「なわけないだろ。昨日20件回ったばっかりなのに」と首を振る。バロックは気味悪そうに肩をすくめた。
「草刈りだよ。目に付く範囲の家を片っ端から」
「それって……勝手にやってるってこと?」
今度はディネリーノートが眉を寄せる番だ。一足早くそのステージを通過済みなバロックは声こそ漏れていないものの、口の形が「バカナノカ」を表している。
ああ、異世界の住人だから知らないのかもな。
リッキーは穏やかに主旨を説明した。
「刈払機取扱作業者の資格持ってると、他人の敷地で草刈りしてお金もらえるんだぜ」
「知らないけど、その認識って相当歪曲してない?」
神官だけあってディネリーノートはなかなかに賢い。彼女の指摘は全くその通りだ。
しかし、リッキーは即答で断言した。
「してない」
「……」
信じない、という顔のディネリーノートとバロック。そんな二人を無視してリッキーはもっと重要なことをさらりと言ってのけた。
「ギルドを空けるのもかわいそうだからオレと満がふたりで留守番してるってわけ」
バロックは頭の中でリッキーのセリフを唱え直してみる。何度か確認して自信を持ってから口に出してみた。
「ふたりで……留守番? ……て言ったか?」
「そう言ったろ」
難しい言葉でもないのに。それとも発音が悪かったのだろうかと考えながら、リッキーは依頼書にペンを走らせ始める。
「……二人目は今どこに?」
「寝てる」
視線を落としたまま一言だけ答えたが、それから思い出したようにペンを止めた。
「起こすのは無理。屋上から落としたって起きないと思う」
「……」
「……あ!」
「起きたのか?!」
「ダニエルー! ちょっと!」
行きたくないと体を強張らせるダニエルだったが、冒険者仲間から突き出されるようにして渋々やってくる。
「なに……? なんで呼んだ……?」
「何って、報酬と期日聞いてなかった」
「そんなの後でいいから……! なんならリッキーが相場とかでテキトーに書いてもいいし」
「採集だろ? 1個1200レグ、有効期間は7日あれば十分か」
「じゃあそれで……」
ダニエルはチラチラとバロックを気にしながら返事をした。言いようのない圧を感じずにはいられない。
「っと、書く場所間違えた。期限が1200日後、7個で1レグだ」
リッキーが依頼書の用紙をぐしゃりと丸めて後ろに放り投げる。バロックからの圧が強まってダニエルも気が気でない。
「じゃあそれで……」
と繰り返すしかなかった。
リッキーは真新しい依頼書をするりと机に広げる。
「採集だろ? 7個1レグ、有効期間は1200日だっけ」
「じゃあそれで……」
「ぬああああああ!」
叫びだしたバロックは依頼書をぐしゃぐしゃに握り潰しリッキーの後ろに全力投球してしまう。
「いつ終わるんだよ!」
リッキーは軽くため息をして「バロック。バロック。バロック」と言い聞かせるように呼びかける。
「鼻水と咳が止まらないとしても、それが風邪だと決めるのは誰だ? 患者じゃない、医者だ。つまり今の依頼書が書き損じかどうかを決めていいのはオレだけってわけ」
「……」
「よし、じゃあもう一回書き間違えるから今度は手を出すなよ」
ダニエルはもう一度祈った。
誰か来てくれ……。




