42.恋しさとせつなさと心強さと
ギルド2階の北側には各学科用の資料室がいくつか並んでいる。今は少し役目を変えていて、冒険者から引き取った回収物等の保管庫となっていた。
そのうちの一室で、満とセレスティナが棚の整理を行っている。
もともとはセレスティナがひとりで行っていたのだが、細かいことを気にするタイプでもないから心配になった満が手伝いにやってきていた。
「あー! ティナ……手毬ドラコの卵割れてる」
「生まれたんだろ」
セレスティナは興味なさそうに答えながらも、一応確認してみる。中身がこぼれていたから生まれてはいないようだ。
「食べる時には割るんだろ。手間が省けたと思えば?」
「ゆで卵用だったらアウトじゃん」
卵の横には『繁殖用』と書かれたメモ用紙が添えられている。ふたりはチラリとそれを見てから顔を見合わせ、揃って肩をすくめた。
「市場でニワトリの卵買っとこうぜ。孵化しなきゃバレないし」
「絵とか得意だろ。残しておきたくなるようなデザインにしておいて」
満はいろいろな意味で握り潰し、卵と一緒にゴミ袋の奥に突っ込んでおいた。
その後も特に問題もないまま棚の整理は一段落し、ふたりは資料室から退室する。1階に戻るため歩いていると、上のフロアからゼニスの呼ぶ声が聞こえた。
「ティーナさーん!」
きっと探していたのだろう。嬉しそうな顔を浮かべ早足で降りてきた。
そして、セレスティナの目の前に立つなり
「お願いがあるんですけどー」
と少し恥ずかしそうに言った。
いつもなら頼まれる側なのに珍しい……というか神様が人間頼むのか? 満はそんなことを思いながら目の前の女神を見ている。
「買い物なら好きにカード使って。っていうか使ってるよな」
「ぎく……。いえ、買い物じゃないんです!」
「あれだ、靴の左右が合ってるか見てもらいたいんだろ」
「そんなこどもじゃないです」
ゼニスは恨めしそうに満を見て、それからもう一度セレスティナに恥ずかしそうな顔を向ける。
「私も制服着たいです!」
こどもかよ。ふたりは心の中で声を揃えた。
「まぁいいけど。部屋に洗い替えの分置いてあるだろ」
「ありがとうございます! 複製させてもらいますね」
「そう?」
そのまま着ればいいのに、とセレスティナが言う暇もないくらい、ゼニスはまた3階へ行ってしまった。
「一応待ってみるかー」
満の言葉にセレスティナも同調し、手持無沙汰に1階を見下ろす。三毛と琥太郎がトントン紙相撲ミニイベントを突発開催していた。
「じゃーん! 制服です!」
満面の笑みでゼニスが再登場する。
が、ふたりは紙相撲に夢中でまったく気付いていない。
「ミヤチー! 負けてんじゃねー!」
「チッ、へたくそ」
トントン紙相撲に夢中になっていた。
「ちょっと! ふたりとも!」
ゼニスはセレスティナたちの肩をトントンと叩き、どうにか振り向いてもらう。
「あ、着替えてきたんだ」
そっけない態度もまったく気にならない。ゼニスは誇らしそうに制服姿をアピールした。
「見てください制服! 新鮮な気分ですねー。もう先生っていうより先輩って感じ」
「んー……まぁ、ハイ」
扱いに困った満が棒読みで相槌を返す。制服自体は見慣れたものだから新鮮味をどこにも感じないのだ。
「先生が満足ならそれでイイデス」
「満くん、先生じゃないです。先輩です」
「くん……?」
「そのほうが先輩っぽくないですか? ね、ティナちゃん」
セレスティナは真顔で何も答えなかった。
「よしっ! 他のみなさんにも自慢してきます!」
ゼニスは飛ぶようにしてその場から去って行く。
取り残されたふたりはため息交じりに顔を見合わせた。
「ひどいことしてくれたもんだ」
「あんなにこどもだとは思わないだろ」
◇
ゼニスは生徒たちを探し回っては押し付け気味に制服姿を見せつけていく。
1階にいる生徒全員を颯爽と攻略し、あとは誰が残っていただろうと考えながらギルドの外に足を運んだ。
キョロキョロと周辺を確認してみるが、制服姿の生徒は見当たらない。
「いえ、目の前にいました! 私ですけど!」
嬉しそうに独り言を唱え自分の制服を自分に自慢し始める。飽きもせずしばらく鑑賞しているうち、今更ながら気が付いてしまった。靴が生徒たちとは違うということに。
「ティナさんのカードで買っちゃお……」
緑地にも回ってみようと体の向きを変えたところで、「すみません」と声を掛けられた。
「はい?」
そのまま体をくるりと一回転で元の方向に戻ると、魔人の娘が立っている。
「ギルドの方、で合ってますか?」
「はい! 今日は先輩です!」
素直に肯定と捉えて良いのだろうか。娘は一瞬後ずさりの構えを見せたが、気を取り直して姿勢を正す。ヴィヴィと名乗り丁寧にお辞儀をした。
「あの、ここで訓練もしてくれるって聞いたんですけど……本当ですか?」
「訓練?」
素人の高校生が? ゼニスは考え込んだ後、「ああ」と納得したように零す。
「バッティングですね! こちらへどうぞ」
ヴィヴィを緑地へと案内した。
「まずは軽く振ってみましょうか」
金属バットを手渡されたヴィヴィは緊張というより困惑した顔つきだ。
感覚を確かめるようにバットを軽く揺らした後、呼吸を整える。
「フゥ……」
数拍、刻を置く。
「キィェエエエエエ!!」
「うおぎゃああああああ!?」
突然頭上から振り下ろされる一撃。ゼニスは悲鳴を上げながらもなんとか両手で受け止める。
「なんですか!? なんなんですか!?」
怯えと罵りの混じった声音をぶつけると、ヴィヴィは荒ぶった心を落ち着けてから静かに後ろへ下がっていった。
「すみません……。鈍器はあんまり慣れてなくて……向いてないのかも」
「初対面で無防備の相手にフルスイングできるんだからむしろ向いてますよ」
言いながらゼニスは胸に手を当てる。動悸はまだ収まっていない。
ヴィヴィはおそるおそるバットを返却して、遠慮がちに「魔法の訓練てありませんか?」と尋ねた。
「私、治癒魔法の効果が人より弱くて……」
鈍器よりずっと得意分野だ。ゼニスはヴィヴィに力強く言った。
「魔法に関しては大先輩ですから、任せてください」
◇
「身体への魔素の吸収は悪くないですね。魔力量が低くて効果を弱く感じるわけではなさそうです。魔法もバッティングと同じ、反復練習ですよ」
ゼニスはヴィヴィに触れながら優しい口調で話しかける。
その様子を、オリバーと竜星がぼーっと眺めていた。少し手伝ってほしいとゼニスに言われてやってきたのだが、肝心の中身はまだ何も聞いていなかった。
「せんせ……先輩なに?」
竜星が弱り顔で尋ねてみると、ゼニスがやわらかく口元を緩める。
「オリバーくん、竜星くん、ふたりには今から殴り合いをしてもらいます」
「はい?」
とりあえずお互いの顔を見合わせるオリバーと竜星。
ゼニスはふたりへの説明を全て終えたので、ヴィヴィに向かって話し始めている。
「私からヴィヴィさんに魔素を流し続けますから、左に立っているオリバーくんに治癒魔法をずっとかけ続けてください。竜星くんには私が治癒魔法をかけます」
「え……? は、はい……」
いまひとつ理解しきれない様子のヴィヴィだったが、竜星は意図が通じたようだ。すっきりした表情でヴィヴィとオリバーに解説した。
「全身全霊で殴り合っても痛みを感じる前に回復してしまえば実質暴力事件なんて起こってなかった、ってことだよ!」
「え……? は、はい……」
やはりまだ納得しきれていないヴィヴィだったが、オリバーは腑に落ちたようで、瞳を輝かせている。
「この世界にコンプライアンスがなくてよかった」
世界に感謝していた。
「それじゃ準備しましょう」
ゼニスはヴィヴィの背に片手を当て、魔素を注ぎ始める。
「治癒魔法は切らしちゃだめですからね」
「は、はい……」
緊張した面持ちでヴィヴィがオリバーの体を治癒魔法で包んでいく。続いて、ゼニスが竜星に対して治癒魔法をかけ始めた。
「オリバーくん、竜星くん。始めていいですよ」
「よし」
竜星はスマートフォンを操作してバトル用のBGMをセットする。草むらに置かれた後、スマートフォンからは爆音で女性ボーカルの楽曲が流れ始めた。
言いようのない波動に駆られオリバーが白目で怯む。
「恋しさとせつなさと心強さと……ッ」
「俺は今から……竜だ!」
ゆっくりとファイティングポーズをとる竜星。体からオーラが湧き立っていく。突然の変容にオリバーは息を吞むが、すぐにニヤリと白い歯を見せた。
「ハハハハハ、いいだろう! 竜! オレのことはオリバイソン将軍と呼べぇっ!」
ふたりはBGMに操られるように一歩を踏み出し、そこからはフルスロットルでぶつかりあった。
「カメルゥーンッ……! ナッコゥ!!」
「ドラゴンパンチ! ドラゴンパンチ! ドラゴンラッシュ!! オラララララァ!!」
かれこれ10分。竜とオリバイソン、それからBGMは一休みもせずにテンションを高く保ったままだ。
ヴィヴィもまだ集中力を崩さずにいる。ゼニスの補助のおかげで魔力切れに関する不安はないが、治癒魔法が途切れでもしたら死人が出るかもしれない。そんな不安が彼女を集中させていた。それだけの勢いで目の前の男二人は一心不乱に殴り合っている。
「竜ゥッ!!」
突然割って入る第三者の声。
乱入者の登場にファイターたちの動きがピタリと止まる。
駆けつけた乱入者にオリバイソンが白い目を細くしたのは、彼の立ち位置。乱入者は竜の隣に位置取っていて、それだけでも挑発的だというのにオリバイソンへ鋭い眼光を仕掛けている。
「み、満……」
ぽかんとする竜。満はゆらりと右構えを整えた。
「俺はケン……いや、ミン。1年間ラーメン屋に通い続けた俺の体には中国武術が浸みこんでいる!」
左手は丼、右手は箸を持つ構え。
状況を整理しきれていない竜に満がにやりと笑った。
「まずはバケモノ退治だ!」
呼応するようにオリバイソンも不敵に笑みを返す。
「よかろう。舞踏家として相手してやる! こい!」
「え?」
ヴィヴィは冷静に戸惑った。素の体でカメルーンナックルを受けたら一発で沈んでしまうかもしれない。
「しょうがないですねー。私が満くんにも治癒魔法かけますよ」
拳が交わる寸前でゼニスがミンに治癒魔法をかけ始める。ギリギリ一命をとりとめた。
「どうした! もっと! せめてこい!」
数的不利を微塵も感じさせず、オリバイソンはふたりの攻撃を難なく受け続ける。もう治癒魔法のドーピング効果で成り立っていることなんて完全に頭から吹っ飛んでいる。
余裕を見せつけるオリバイソンにミンは自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。こっちも純粋なストリートファイトだと思いこんでいる。
「オリバイソン!」
地面を蹴って大きく飛び上がると、
「ハリー・ケイン旋風! 脚!」
竜巻のような回転蹴りで3ヒット。まさにイングランド代表フォワード、ハリー・ケインのハットトリック。
よろめいたバイソンには竜が詰めている。
「ワイバーンアッパー!」
天に昇る龍の如し。
「元気だなー……」
ヴィヴィも独り言を同時にこなすくらいには慣れてきた。
なにせもう40分は経っている。
もっとも、ヴィヴィはオリバーたちよりもゼニスに対して感心以上の感情を抱いていた。他者に魔素を供給をしながら、同時に別の魔法を複数人に発動させ続ける。そんな大魔導師は見たことも聞いたこともない。神を崇めるような目でゼニスを見ていた。
「ん? どうかしました?」
「あ、いえ……。お姉さんは大魔導師なんですか? こんなに綺麗で可愛いのに」
「えへへ、そうですか?」
集中力がプツリと途切れる。
「ファイナルスーパーグレートハイパーアメイジンググレートカメルーンナックルッ!!」
ズゴボォッ
「ごぽぷぅっ!!」
竜は死んだ。そして治癒魔法で失神は直せない。




