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37.冷蔵庫がやってきた

 そろそろ夕焼けが見られるかという時間になった頃、琥太郎がサンダルをぺたぺた鳴らしながら女子部屋の和室までやってきた。

 和室と言っても、廊下側から見て和室らしいものは室名札の「和室」の文字くらいだ。他の教室と同様に出入口のドアも引き戸だし、高窓も備わっている。


「琥太郎だけど、開けていいー?」

 引き戸を強めに叩いて中に声をかけると、すぐに「どうぞー」と返ってきた。

 そういえば女子部屋になってからの和室に入るのは初めてだ。なんてことを思いながら琥太郎が引き戸をガララッと開けていく。


「人狼ゲームのカード貸ーしー……って! 何これ!!」


 殺人事件現場の第一発見者はこんな反応をするのかもしれない。和室でのんびりと座っていた麗央たちはそんな面持ちで琥太郎を注目していた。もちろん誰も死んでいないし、争いの雰囲気もない。

「どれ?」

 部屋の奥では雪祭がたまご型のハンギングチェアにゆらゆらと身を委ねている。二人掛けのでかいやつだ。

「それだよ! それだけじゃないけど!」

 琥太郎が忙しそうにあちこち指を差していく。

 ちょっと見ただけでもお洒落なローテーブルに色とりどりのクッション、コンパクトな冷蔵庫や加湿空気清浄機、電気ケトルまで置いてある。全部男子部屋にはないものだ。向こうはタイルカーペットが広がるだけの平原だというのに。

「何か食べるときとか、テーブルなしでどうしてたの?」

 雪祭の疑問に倫子たちも頷いている。ちゃっかり女子部屋でくつろいでいるゼニスも。

「床に置く」

「男子のみなさんはミニマリストですねー」

 他人事みたいにゼニスが微笑む。生徒の頼みだったとは言えコンピュータ室の設備を丸ごと異空間に放り込んだのは自分自身だということを忘れているのだろう。

「先生もいろいろ買いに行かされるんだなぁ……って! 何あれ!!」

「今度はどれ?」

 まずは雪祭がその視線を追って、他の女子生徒たちも続いていく。琥太郎が目をまんまるにして見つめているものを部屋の隅に確認した後は、特別驚くような物だろうかと不思議がっていた。


「なんで布団あるの?!」

「ないの?」

 倫子が怪訝そうに琥太郎を見て、言葉を続ける。

「どうやって寝てるの?」

「え? 寝袋じゃないの?!」

 そこからほんの一瞬、間が空いた。

「まだ使ってたんだ……」

 哀れみに満ちた瞳が続々と琥太郎に集まっていく。


 いつの間に布団なんか買ってたんだと琥太郎が裏切りにあったような目で訴えると、3日目からは布団になっていたという。

 さすがに不憫に思ったのだろう。セレスティナが「先生」とゼニスを呼ぶ。

「悪いんだけど、布団とテーブル買ってあげて」

「いいですよー」

 正直面倒という気持ちもあるが、文明の差にはゼニスも一枚嚙んでいるし同情してしまう。それに琥太郎は気づいていないが、綺麗に畳まれた布団は5組。和室の準レギュラーとしてゼニスは自分の布団も用意していた。


 さっそく出発しようとゼニス立ち上がると、すかさず琥太郎が「待って!」と止めに入った。


「冷蔵庫も欲しい!」

 しかも、男子の方が人数が多いからこの部屋の冷蔵庫より大きい物、と言うわがまま付きで。


 ゼニスがセレスティナを窺ってみると「しょうがないな」と一応の許可は出た。和室の冷蔵庫は160Lなので320Lの製品を探せば良いだろうと先にある程度の目星をつけておく。

「それじゃあ行ってきますね、待っててください」

 琥太郎に軽く手を振って、ゼニスはすっと消えていった。



  ◇



「うおー! 冷蔵庫!」

「お、布団!」

「テーブルじゃん」


 ハイライトは冷蔵庫で決まりのようだ。

 コンピュータ室には布団8組、ローテーブル2台、そして2ドアの冷蔵庫が1台が鎮座していた。あとは得意顔のゼニスがひとり。

 さっそくオリバーが320L冷蔵庫をひょいと持ち上げて壁際に設置し、電源プラグをセットする。三毛たちが拍手で新たな同居人を歓迎した。


「さて」

 拍手が収まったところで竜星が深刻そうな声音を吐く。

「最初何入れる?」

「一発目だからな、恥ずかしい真似はできないぜ」

「恥ずかしいものってなんですか」

 ゼニスの問いにリッキーは答えてくれない。

 しばらく男子全員で唸り続け、それから烈火が「はい!」と元気よく手を挙げた。生徒が挙手をすれば、指名するのはもちろん教師ということになる。

「はい、烈火さん」

 ゼニスが優しい笑顔で優等生に発言を促す。

「お白湯はどう?」

 冷えても白湯なのだろうか、という疑問でゼニスが遠くを見つめだす。焼き魚を冷蔵庫に入れても焼き魚のままだから、いったん白湯として存在していれば冷やした後だって白湯と呼んでいいかもしれないし、やっぱり根本的にだめな気もする。

 一方で悩みを知らなそうな生徒たちはキャッキャと喜んでいた。


「それしかない!」

「いいね! お嬢様が毎朝飲んでそう」

「らんちゃんさすがー!」


 ゼニスは少々忌々しそうにその光景を見た後、残酷な一言を投げかけてやった。

「電気ケトルは買ってないですよ」

 三毛たちは俯きだした。



「やっぱシンプルに果物だな」

 緩太のアイデアは白湯に及びはしないが、そう悪くもない。ちょうど部屋の片隅で貰い物の果物が大量にお座り中だったので、準備の手間も必要ない。

 さっそく緩太とリッキー、烈火の3人が果物を取りに行った。


 リンゴ、オレンジ、グレープフルーツ。テーブルいっぱいに並べられた果物を見て緩太たちはため息を零した。よくこれだけ貯めこんでいたものだ、という気持ちで。

 もっとも、三毛だけは別の観点だったらしい。

「テーブルって便利だね」

 と感心した様子で、ゼニスを呆れさせていた。


 あとはもう、果物を適当に冷蔵庫に押し込んでしまえば翌朝を待つだけだ。

 琥太郎が冷蔵庫の下段を開くと……ひんやりと冷気が漂ってくるのがわかった。

「冷蔵庫くん、君は本当にいいやつだなあ」

 感激のあまり冷蔵庫を抱きしめて優しく撫で始めている。開けっ放しはだめですよ、とゼニスに注意されていることにも気づいていない。


「オリバーどうしたの?」

 琥太郎の方に難しい顔を向けていることに気づき、烈火が心配そうにオリバーへ声をかける。少しもったいぶってからオリバーは口を開いた。

「果物を絞ればアイスが作れるんじゃないのか?」

「まじか……」

 ショックのあまり冷蔵庫を閉めることさえ忘れてしまう琥太郎。仕方なくゼニスがドアを閉めた。


「アイス作ろう!」

「おー!」

 オリバーの案は即座に採用され、三毛たちは小さめの容器をかき集める。「私の分もお願いします!」とゼニスもアピールを忘れなかった。

 問題は材料には事欠かないにしても、どうやって絞るかだ。

「ジューサーってあったかな」

「うーん……。見たことはないような気がしますね」

 女子部屋によく出入りする烈火とゼニスが備品を思い返してみるが、使ったことはもちろん、見た記憶もない。揃って弱り顔を浮かべていた。


 そんなふたりを笑い飛ばすようにオリバーがリンゴを一つ手に取って、

「人力ジューサーがある」


 ぐしゃ


 リンゴはあっけなく潰れた。


「オリバーすげー!」

 沸き立つ三毛たち。リッキーは対抗心から両手に一つずつリンゴを掴みだす。


「俺はダブルでいく!」


 ぐしゃしゃっ


 リンゴ(L)はあっけなく潰れた。

 リンゴ(R)はあっけなく潰れた。


「ぎゃははははは」


 笑い転げる三毛たち。負けていられないと緩太は両手に一つずつリンゴを掴み、さらにもう一つを口でくわえだす。


「俺はトリプルでいく」


 ぐしょしゅっ

 がぶり


「食べてるだけじゃん!」

「ぎゃははははは」


 やっぱり女子部屋に帰ろう。ゼニスは静かにコンピュータ室のドアから出て行った。



  ◇



 翌日。

 期待に満ちた面々が冷蔵庫を開けてみると、凍った果物とよく冷えたジュースが出来上がっていた。


「下が冷凍かよ!」

 冷蔵室と冷凍室を間違えていたようだ。


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