33.双子を探せ②
「時間はかかったけど無事解決できてよかったですね」
ゼニスの言葉はどこかぎこちない。隣を歩くセレスティナをそっと窺ってみると、やはり機嫌はまだ悪そうだった。
彼女たちの他に烈火とターコイズも行動を共にしているのだが、ゼニスとは違って声をかける気配はない。烈火はセレスティナを心配する素振りを見せていないし、ターコイズは単純に勇気がないようだ。
「大丈夫、もう機嫌直るよ」
露店や屋台が並ぶ通りに出たところで、それまで静かに歩いていた烈火が急にそんなことを言い出した。
なぜ? と聞き返す間もない。颯爽と屋台に駆けていく後ろ姿をゼニスとターコイズはぽかんとした顔で見送るしかなかった。
烈火は一番近い屋台で足を止め、行儀よく買い物を済ませるとすぐにまた駆け足で3人の元へ戻ってくる。手にした包み紙には鹿肉のジャーキーが何枚か包まれていた。
「ティナ、あーん」
「あーん」
セレスティナは素直に口を開き、その中に烈火は小さくちぎったジャーキーをそっと置く。
しばらくもぐもぐしているのを眺めた後、
「どう? おいしい?」
と聞いてみる。セレスティナは口の中を空っぽにしてから、烈火の髪を優しく撫でた。
「うん、かわいい」
変わらず表情は乏しいし会話の噛み合わせも正しくはない。
でもこの様子だと、機嫌は直ったと判断してよいのだろう。きっと、たぶん、おそらく。
本当に……? ゼニスとターコイズは自信なさげに顔を見合わせている。
「鹿肉で機嫌直るんですか?」
どちらに聞くべきか悩んだ結果、ゼニスは烈火宛てで質問を投げかけた。
「機嫌悪い時は、あーんて食べさせると機嫌直るんだって」
烈火はジャーキーをちぎっては何度かセレスティナの口に突っ込んでいる。そして、「セレスティナが言ってた」と情報源を公表する。
「本人の希望なの……」
「怒ると甘えるんですねーー……」
捉えどころのなさすぎる性格にゼニスとターコイズは項垂れながらも、セレスティナの不機嫌が収まったことは素直に安堵した。
散々やきもきさせたセレスティナの態度だったが、仕方のないところもある。
4人は冒険者同士のいざこざで呼び出されてしまい、それを仲裁した帰り道なのだ。
いざこざの理由も大したものではない。
パーティーでの狩りの休憩中に食べたリンゴの量が一番少なかったので自分はモンスターだけでなく空腹とも戦っていた。だからその分報酬を多く貰う。
というスーパー理論だった。
即席のパーティーでは取り分で揉めることも少なくない。が、これにはセレスティナもブチ切れてしまった。
空腹の戦いがどの程度かと問えば、ボル湿地帯に棲息するボルリザードマン並だと言う。Cランク冒険者でも苦戦するレベルのモンスターだ。この冒険者はFランクなので武神の生まれ変わりかもしれない。
セレスティナはゼニスの力を借りて冒険者共々ボル湿地帯へとワープする。
空腹との戦いを公認してやるからちょっと倒してこいと尻を蹴ってみると、冒険者が泣いて謝るので村へとんぼ返りすることになってしまった。
あとはすんなりと、報酬は当初の取り決め通り公平に分配して話は終わり。実にくだらない案件だった。
「冒険者の子守りなんて聞いてない」
セレスティナはジャーキーをくわえたままゼニスをじろりと睨む。
「まあまあ」
言うほど恨んでいるようにも見えない。ゼニスはジャーキーの包み紙を引き取り、セレスティナの唇に一切れ差し込んだ。改札機のようにスルッと吸い込まれていく。手間賃として自分の口にも一つ入れておいた。
「けど、子守りは良い表現ですね。冒険者にとってギルドは家ですから、みなさんは親みたいなものですよ」
「あんなの面倒見きれるか。ちょっと目を離すとすぐ取っ組み合いになるし」
セレスティナが面倒くさそうに言い捨てるのを見て、その意見に烈火も苦笑交じりに同意する。
「大人がこどもにハーネスを付ける理由もなんかわかる気がするね」
「それいいな。次問題起こしたら背中にハーネス付けてやる。可愛い天使の羽が付いたやつ」
セレスティナのアイデアを聞いたターコイズは付近に目をやった。ちょうど体格の良い男が歩いているのを見つけたので、ハーネスを装着した姿を想像してみる。キュート、プリティ、メルヘンチック。そのすべてに縁遠い。
「リードを持つ保護者も必要ですねーー。ティナさんが連れて歩くんですか?」
「まさか。校舎の屋上から吊るす」
「虐待ですよーー」
ターコイズが非難してもセレスティナは意地悪に口元を緩めるだけだ。
「なんのための羽だ? 空を飛ぶ練習だろ」
冒険者の揉め事よりよっぽどタチが悪い。ターコイズとゼニスはため息を揃えた。
「らんちゃんおかわり」
「うん、待ってて」
烈火は嫌な顔ひとつしないで屋台へと駆けていく。
「甘いですねー」
「先生が私の分食べるから」
ゼニスは慌てて口からはみ出ているジャーキーを奥にしまい込んだ。
「今度のジャーキーは大きいですねーー」
屋台からこちらに走ってくる烈火を見ながらターコイズが呟く。ゼニスも「そうね」としか言葉が出ない。
大きいどころかまだ生だ。もっと言えば鹿ですらない。
「お待たせ、買ってきたよ」
烈火が包み紙を見せながらにこりと笑う。
しかし3人の視線は烈火の隣に固定されたまま。リクエストしたセレスティナですら、興味の対象は烈火が連れ帰ってきた女の子も買ってきたものに含まれるのかどうか、という一点に絞られていた。
「わんこそばならぬ、わんこジャーキーをしてくれる給仕さんですね?」
「ターコイズは、お金が足りなかったから取り立てに来たんだと思いますーー!」
「新しい先生だろ」
「そんなぁ! 私の何がダメだって言うんですか!」
ゼニスは悔しさのあまりハンカチを噛もうとして……ハンカチを持っていないことに気づく。そこで烈火からジャーキーを一枚受け取り、ハンカチ代わりに噛みしめた。
「また私の! 唇噛めよ」
すかさず烈火がセレスティナの口にジャーキーを挟み込み、
「3人ともハズレ。わんこジャーキーするようなお椀も持ってないでしょ?」
残念賞としてもう一つずつジャーキーを与えていく。ターコイズだけは物を食べないのでお預けだ。
それからやっと、烈火は隣の女の子を紹介することができた。
彼女は名はフォンファ。
見た目には烈火たちと同世代くらいで、大きく異なる点は彼女が獣人ということだ。
「一緒にいた人とはぐれちゃったんだって。ちょっと人探し手伝ってもいい?」
「しよう」
セレスティナがためらいなく頷き、ゼニスたちもそれに続いた。ジャーキーをおごってもらった分くらいは返さなければならない。
フォンファは巻き込んでしまったことを詫びてから、探し人について話し始めた。
「妹を探してるの。あ、でも妹って言っても双子だから、顔も背丈もフォンファと同じくらいなの」
表情だけでも妹を心配する気持ちが容易に読み取れる。
ハーネスさえあればこんな不幸は起こらずにすんだのに。セレスティナが珍しく物悲しい表情をしていた。
「それじゃーー、フォンファさんそっくりの人を探せばいいんですねーー」
ターコイズがふわふわと高度を上げる。いくらでも高い位置から見下ろせるから人探しには一番の戦力になるだろう。
セレスティナは探し人の特徴を覚える意味でも、フォンファの顔をまじまじと見つめてみる。この状況がそうさせるとは言え、フォンファは儚げな雰囲気を醸し出していた。
片割れを探すのだから相手も同じ顔をしているのだろうか、と柄にもなく考えてしまう。
「リンゴで喧嘩するような、おかしな連中に絡まれる心配もあるな」
「ティナさん、リンゴはお菓子に入りませんよ」
「それはバナナだろ」
「違います! そんなバナナですよ! ギャグも詳しいでしょ? えへん!」
この神様はワープしたときに脳みそを落としてきたのかもしれない。セレスティナは儚げな表情を作った。
「あの、フェンリーだったら大丈夫」
そっと割り込んだフォンファは妹の名前をまだ伝えていなかったことに気が付く。「フェンリーは妹のこと」と付け足した。
「一緒に冒険者をやってるの。だから多少のトラブルは自分でなんとかできると思う。まだEランクだけど」
「冒険者だったんだ!」
冒険者という言葉に烈火が思わず反応する。明るく声を弾ませた。仕事柄、立場は違えど親近感を感じずにはいられない。
それは冒険者側のフォンファも同じだったようで、烈火から自分たちがギルドスタッフだと明かされると驚きと嬉しさの混じった顔色をしていた。
セレスティナは烈火とは少し違う感想を持っていたようだ。
「また冒険者の子守りか……」
今日は厄日かもしれないと肩をすくめていた。




