29.とろ火な烈火
竜星が台車をガラガラと押して1-Dの教室に足を踏み入れる。中はがらんとして、烈火とリッキーが二人いるだけ。部屋の真ん中に並んで座っていた。
「らんちゃん、リッキー。素材の確認お願い」
「はーい!」
しばらく手が空いてこともあって烈火はひと際嬉しそうに返事をする。
スカートをひらひら泳がせながら竜星の横まで駆け寄り、台車の大きな布袋を一緒に下ろした。その袋から黒い物体を一個一個取り出しては床へ並べていくと、リッキーがそろそろと近づいて烈火の後ろかちらりと覗く。
「おっと、ちょっと待った……。それってもしかして」
リッキーは自分よりずっと小柄な烈火の後ろで縮こまってしまう。烈火は口に出すのも可哀そうに思い、頷くだけにしておいた。肯定はつまり、リッキーの予想通りジャイアントスパイダーの鋏角を意味している。
「やっぱり……」
体の一部だとしてもクモだけは絶対にありえない。
「タキー、今だけ代わってくれー」
「オッケー。じゃあこの台車戻しておいて」
手を伸ばしかけたリッキーだったが、台車に触れる寸前でためらってしまう。つい今しがたまで鋏角が積まれていたばかりなので意識せずにはいられない。
「意外と神経質なところもあるんだね」
烈火が頬を緩める。
「そ……そんなことないけど……。タキ、新しい台車にチェンジだ」
「他の台車はカートごっこでもう全部壊したろ」
「じゃあ僕が乗ろっか?」
烈火がちょこんと台車に座る。
くそクモアゴ野郎の残り香からめちゃかわショタっ子本体にスーパーグレードアップしたわけだから、すっかり機嫌を良くしたリッキーは烈火と一緒にキャッキャと走り出していった。
「え? 俺一人でやるの?」
竜星の声は誰にも聞こえない。
「これって何に使うんだろうね」
烈火はほどなく早足で戻ってきて、竜星と二人、スチームアイロンより一回りほど大きな鋏角を一つ一つ量っていく。ジャイアントスパイダーの鋏角は重量単位で報酬を支払うことになるので選り分けも要らず、比較的楽な作業だ。
「研磨材になるって聞いた。リッキーが聞いたら冒険者に近寄らなくなりそうだから秘密な」
「あは、ほんとだね」
おかしそうに笑ってから、烈火は鋏角をコツコツと手の甲で叩いてみる。このままの状態で例えば剣を磨くのだろうか、とか、チェーンソーの目立てに使ったらパフォーマンスが変わるのだろうか、とか。興味は尽きない。
「研磨かー。僕やってみたいなぁ。ツルツルになっていくのを見るの楽しそう」
「本当に。つるつるを見るのは最高だ」
そう言って竜星は烈火の太ももに視線を這わせた。興味は尽きない。
「それにしても、だいぶ多いよねー。一匹あたり二個取れるって言っても、苦労したんじゃないかなぁ」
ジャイアントスパイダーは10匹単位での素材回収となるため、30匹分はありそうだ。クモ専ハンター、そうでなければ養殖業者かもしれない。
「確かにこれだけの数は見ないなー。でかい茄子でかさ増ししてるかも」
「茹でて色素が抜ければ茄子だよ」
「茹でよう!」
「おいこら! 茄子なんて入れるか!」
突然割り込んできた声に竜星たちが顔を上げると、ユーインが教室へ入ってくるところだった。顔や革鎧が土で汚れているのを見て竜星は哀れんだ顔で首を横に振る。
「いやいや、土仕事の後ってバレバレ」
「違う! ……苦戦しただけ」
かっこいい理由でもないので否定自体は弱々しい。それでも烈火は心から嬉しそうに
「無事みたいで良かった。ユンユンおつかれさま」
と可愛い笑顔で労ってくれた。反対に竜星はそっけない態度を貫いている。
「今度ジャイアントスパイダーに手間取ったなんて言ったらランク下げるよ」
しかし所詮Fランクのユーイン。脅しにすらならない。
「倫子のボールなんて打てるか! まだEランクに昇格したヤツいないだろ」
「まだいないんだっけ?」
竜星が烈火を見ると「そうだよ」と可愛らしい返事。
「なんだ、このギルドFランクしかいないのか」
3人は朗らかに笑いあった。
「って脱線してないで仕事してくれ!」
ひとしきり笑った後でユーインが一足早く冷静に戻る。
一緒に笑っていたのに勝手なものだ。竜星は意地悪も兼ねて仕事をスピーディーに進めることにした。
「どれも形が規格外だから一律2レグってとこかな。合計2レグ」
「単価も数量も合ってないし、砕いて研磨材にするのに形が関係するのかよ」
「ちぇー、使い道知ってたのか……」
つまらなそうにする竜星に仕事の催促をしつつ、ユーインは鞄を漁り始める。そうして、小ぶりな砥石を引っ張り出した。
「ちょうど持ってる。ほら、これが『スパッと研磨』」
ジャイアントスパイダーの鋏角を粉末にしたものを主原料として固めたもの。値段も手ごろで広く冒険者に親しまれている砥石だ。
「あと、スパは切れ味の他にスパイダーにもかかってる」
「スパゲティ由来の研磨剤が完成したら戦争になるな」
「それはない。そっちの研磨剤はもう滅びた」
食用にもなったしそれはそれで悪くはなかったらしい。まだ自分が幼い頃の話なので聞いた話だけど、とユーインは付け加えた。
「ねね、それでユンユンの剣磨いてもいい?」
話の区切りが付くタイミングを待っていた烈火が思い切ってユーインに頼み込んでみる。
「俺の? いいけど」
烈火からすればダメ元のつもりだったが、ユーインには何一つデメリットがない。快くスパッと研磨と剣を差し出した。
翌日の午前中には返却することを約束し、烈火は仕事の合間からこすってこすってこすりまくった。
スパッと研磨だけでは物足りなさを感じたため、夕食の帰り道、別の種類の研磨剤もいくつか購入した。
素人目にも良さそうな品物は当然価格もそれに見合ったものになる。しかし値段を聞いて悲しそうな顔をする烈火を見て、店主は高価な砥石をうっかり叩き落としたりパウダーの瓶の蓋を手を滑らせて開けてしまい床にさらさらと零していく。
「こんなんじゃ売り物にならんわ」
そう言って烈火に高級研磨セットを持って帰らせた。烈火の自費購入は研磨布一枚だけだ。
帰宅後、烈火は夜遅くまでこすってこすってこすりまくった。翌日も、朝一からまたこすってこすってこすりまくった。
◇
烈火から剣を返却されたユーインはエメリと二人でメメント森へ。試し斬りにちょうどいいモンスターを探していた。
「他人に磨かせるとか人でなしっすよ」
「やりたいって言ったんだって!」
それでもエメリは半信半疑だ。烈火は特別純粋そうだからうまいこと利用したんじゃないかと疑い、そこはユーインも完全に否定するのは難しい。
そうして森の中を探っているうち、単独のゴブリンを見つけることに成功する。力試しにはこの上ない状況だ。
「よし、いつも通りまずは俺が先に突っかかって注意を引く」
ユーインが剣のグリップを握りしめる。
シャッ
「おお!」
「新品より輝いてるっすよ!」
キレキレならぬキレイキレイの刀身。
太陽光を一身に集め鮮烈に輝くその刃はゴブリン目掛けて反射し、高出力レーザーとして放たれる。
一瞬にして燃え上がるゴブリン。
慌てふためくふたり。
剣を握った右腕が動くたび、レーザーはあちこちの木々を燃やしていく。
「早く! 早く鞘に! こっち向けんなっす!」
「うおおおお!? うおおおおおお!?」
人の手に余るその剣は夜間専用武器となった。




