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27.倫子のしとやかな日常

 生徒たちの様子を見ようとゼニスは数日ぶりギルドを訪れた。


「困ってることありますか? 買い物以外で」

 そう尋ねると、雪祭が少しばかり表情を暗くしてしまった。

「ずっと気になってたんだけど、ギルドってなんか雰囲気暗めじゃない?」

「このギルドほど明るいギルドはないと思いますけど……。ただ……冒険者の目的を考えると仕方ない気もしますね」

 比率としてはモンスターの討伐依頼が多いから、どうしても会話などは殺伐としたものになりがちだ。


「んー……。やっぱり依頼書が悪いんじゃないかな」

 倫子がぽつりと呟く。

「明るい仕事だったらギルドの雰囲気も変わる、かも」

「それいいと思う!」

 麗央が弾けるように声を上げれば、他の生徒たちも口々に賛成する。その様子を心配そうに見守っていたゼニスだったが、発案者が倫子ということもあってすぐに気を取り直した。

「倫子さん、私にも手伝えることがあれば言ってください。協力します!」

「ええと……。んんーー……」

 目をぎゅっと閉じて考える。何秒かそうしてから、ぱっと目を開いた。

「今の依頼書を燃やしてほしいです」

「いえ、燃やすことはないと思いますよ」

「シュレッダーでもいいです」

「いえ、切り刻むことはないと思いますよ」

 ゼニスは浅はかな自分自身を恥じる。大人しい性格だからと侮ってはいけなかったのだ。

 その大人しい生徒は燦々たる瞳をゼニスに向けていて、視線を外すことを許してくれない。

「本気でやるには、不退転の決意で臨まないといけないと思うんです」

「大丈夫、気持ちだけで大丈夫」

 なだめるだけで30分かかった。



  ◇



 翌日。

 手頃な討伐依頼を探すため冒険者のバジークがギルドへやってきたのだが、長机には依頼書のファイルが一冊も置かれていない。いつもなら用意されているのに。

「おーい、依頼書がないぞー」

「はーい、依頼書はないよー」

 山彦のように答えが返ってきた。イラッとして返事をした三毛に詰め寄っていくと、「お待ちしてました」と歓迎されてしまった。


「ようこそ、笑いの冒険者!」

 笑顔で詰め寄ってくる三毛。バジークは悟った。今日は来てはいけない日だ。


「審査員をご紹介します!」

 三毛はバジークそっちのけで進行を進めていく。

 横一列に並べられた長机には「審査委員会」の張り紙。そこに座る面々を三毛が紹介していく。


「笑いの次元を超越する女、ゼニス!」

「神を冒涜するネタも、今日は許されることでしょう」


「カメルーンの笑いの奇術師、オリバー!」

「今日は奇術にかけられる覚悟で参りました」


「氷に囚われた女王、セレスティナ!」

「ついに溶かされる日が来るのかと思うと緊張します」


「お笑い界の文鎮、緩太!」

「俺は厳しいよ?」


「そして審査委員長、倫子!」

「とてもドキドキしています。椅子は固定してあるので笑い転げる心配はありません。この日のために毎日練習してきた成果を思う存分発揮してください」


「以上、5名がジャッジします」

 残りの外野が拍手で盛り立てる。バジークはもう死にそうだ。

「では、準備はよろしいですか?」

「こんな話受けるか!」

 声を荒げるバジークに審査委員長が「大丈夫です」と優しく後押し。

「きっとウケると思います! 自信をもって!」

「そっちのウケるじゃねえ!」

 バジークはますます声を荒げた。

「でもやり切るまで帰れませんよ」

 困った表情で三毛が脅しにかかるが、帰れないのは間違いないだろう。とっとと終わらせてギルドから出ていくのが一番賢い方法だとバジークは知っている。


「とにかく何かやりゃあ済むんだな? 帰っていいってことだな?」

 バジークはしつこいくらい三毛に念押しして、何かしら1回やれば終わりになることを確認する。

 幸い他の冒険者は誰もいない。

「よっしゃ! 見てろよ!」

 スイッチを入れる笑いの冒険者。

 見守る外野。

 眼光を鋭くする審査委員。

 三毛はもう笑っている。


「観音開き」

 両手で顔を隠した後、パカッと左右に広げて見せた。


「……」

 真顔になる三毛。

 審査委員は皆難しい顔をしている。


「……終わったから帰る」

 踵を返すバジークを三毛がくるりと回転させて元の向きに戻すと、

「ではゼニスから感想をお願いします!」

 また元気な声を響かせた。


 ゼニスは咳払いでまずは喉の調子を整える。

「勢いがすごくて、時間があっという間でした! 一瞬のように感じられました」

「一瞬でした」

 バジークは無表情に答えた。


「オリバーにも意見を聞いてみましょう」

「最後、目からビームが出ませんでしたが、ハプニングがあったのでしょうか」

「ございません」

 バジークは無表情に答えた。


「では続いてセレスティナ、お願いします」

「そうですね。男性のみの表現、というところに潜在的な性差別を感じましたが、それを逆手に取ったブラックジョークだと気づいてからは笑いよりも感動が勝りました」

「一人なんで」

 バジークは無表情に答えた。


「緩太はいかがでしたか?」

「あえ? ぼけーとしてて見てなかった。わかんないから0点でいい?」

「いいです」

 バジークは無表情に答えた。


「それでは最後、委員長の倫子! 総括をお願いします」

「雪祭のパクリですよね」

「……」

 バジークは答えなかった。


「えっパクリ?」

「おいおい嘘だろ……」

「この大会の品位を落としやがって……許せねえ」

 どよめく外野。

 審査委員たちは皆深刻な顔で押し黙ってしまう。


「待ってみんなっ! バジークを責めないで!」


 駆け出した雪祭はバジークをかばうようにしてその前に立つ。そして、審査委員たちに訴えた。

「私の観音開きは著作権を放棄してるの。誰が使ったって構わない! 世界に笑顔が溢れるのなら、誰がクリエイティブさを発揮したかなんて些細な問題じゃない」

「雪祭……」

 倫子はいつの間にか泣いていた。しかし、その表情は晴れやかで敬愛に満ちている。

「そう……。誰にでも開かれてたんだ。観音開きだけに」


 どわっ


 爆笑の渦の中、バジークは生気を失った顔で帰っていった。参加賞の手作りピロピロ笛を手にして。


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