26.竜星はまとめ上手
昼食と夕食はその時々で好きな場所、好きなものを食べる生徒たちだが、朝に関しては食事を含め自然とルーチンが出来上がっていた。
まずは朝早くから開いているお店がないので前日のうちに朝食を買っておくこと。
朝食の前にはソフトボールの朝練を軽めにこなしておく。
校舎南側の3-D教室で一緒に食事をしてのんびりくつろいで、9時が近づいた頃に制服へと着替え、そこからはギルドスタッフとしての一日が始まる。
朝に限らず、3-Dの教室は洗濯機こそ目立つもののラウンジの役割を果たしていた。男子部屋のコンピュータ室は校舎東側、女子部屋の和室は北側だから、日当たりの良い南側の教室に足が向く。
南に面した教室は3-Cから3-E、さらにその隣の教官室で合計4部屋。
ただし3-Cと3-Eは浴室のユニットハウスが置かれているし、教官室はくつろぐには狭いから、消去法で3-Dしかないのだ。
教室には真新しいソファがいくつか並んでいて、これはもちろんゼニスが買いに行かされたものだ。
そのソファに座っている者もいれば床に転がったり、ベランダで風を浴びながら食べていたり。大体の生徒は揃っている。朝食の時間にこだわりのない満はまだ夢の中にいた。
「ああぁぁああ! みんな! 聞いてー!」
突然、隣の3-Cから麗央が駆け込んでくる。普段から人一倍賑やかだから、「どおしたああああ」なんて同じテンションで聞き返す者はいない。
「それだけ大声なら隣からでも聞こえるな」
リッキーが迂闊なことを口走るので麗央は来た道を戻っていってしまった。
「じゃあ隣から言うね!!」
3-Cから大声が壁を突き抜けてくる。リッキーは観念して麗央を連れ戻した。
「言っておくけど、これは本当に大変なことだからね」
やけにハードルを上げてくる。麗央は真剣な眼差しで本日の朝一トピックをお披露目した。
「私のパンツが消えた!」
しんと静まり返る教室。
首をひねる生徒たち。
ベランダの手すり壁に背を預けていたオリバーは考え込む余り頭をじわじわとのけぞらせ、そのまま落ちていった。緩太も救出のため雨どいを慎重に伝って降り始めたが、やがて悲鳴が聞こえたので落下したようだ。ターコイズがふたりの救助に向かって行った。
依然として静寂は続いたが、竜星が眉を頭脳明晰な角度に持ち上げる。
「下着は消耗品だから」
あながち間違いでもない。
「なんだ消えて当たり前だったんだー、びっくりして損した! あはははは」
麗央も腑に落ちたようでケラケラと笑っている。あーよかった、と話を閉じるつもりでいるが物理的には全く解決していない。
「消えないからね? 麗央こっち座って。どう消えたの?」
ソファに座る雪祭が体を少し横にずらしながら手招きし、麗央は雪祭の隣へ嬉しそうに腰を落ち着けた。そうして、笑顔でこの怪奇現象について解説をする。
「昨日疲れてお風呂入らないで寝ちゃったから、着替えだけしようと思ってお風呂行ったんだけど」
「そこまで行ったらお風呂入っちゃえばいいのに……」
烈火が思わず零してしまう。たしかに、と琥太郎が同調した。
「でね! それでね! 着替え終わった後パンツだけなくなってたの! すごくない?!」
「ひどくない? の間違いだよね?」
雪祭が念のため確認したが、「すごくない?」で合っているらしい。
「つまりパンツ泥棒がいるってことだな、タキ」
セレスティナが「タキ」と繰り返した。大事なことは2回言うものだ。
「食事中に盗むわけないだろ」
視線を集めるタキは極平然と返す。
「言えてる。さすがに食事中はないな」
リッキーも竜星の意見には理解を示した。2カ国で意見が統一されたのだから世界の常識と捉えても差し支えないはずだ。
「ふむ」
雪祭は世界的な世論を踏まえた上で決断を下す。
「それでは処刑裁判を開廷します」
「えっ判決出てるんだけど」
琥太郎が前衛的な裁判スタイルにうろたえてしまう。しかしそこは、竜星が冷静に彼を諭した。
「結論から入るのは正しいと思う。詳細はその後でいい」
「その後ってもう処刑じゃん」
「たしかに。そうめんのゆで時間より短い裁判は問題か……」
腕組みをして唸りだす竜星。
弁護側が現れない現状を憂いだのか、倫子が遠慮がちな様子で法廷バトルに参戦する。
「タキはそんなことしないよー。ね」
竜星は小さくかぶりを振った。そうして、まっすぐに倫子の目を見る。
「それがそうとも言えないんだよ。パンツは俺も嫌いじゃないし、どちらかと言えば嗜む程度には好きだな。パンツが落ちてたら無意識に拾う可能性が高い。蛇口をひねったときに水が出る可能性より高い」
倫子は退廷した。
竜星はいまだ犯行を否定しないが、原点に立ち戻る必要がある。
よく探したかと聞かれた麗央は自信たっぷりに頷く。念のため倫子とセレスティナが再確認に行ったが、麗央の脱ぎ捨てた衣類はそのままだったもののパンツは見つからなかった。
「とりあえずパンツ食ってからにしよう」
突然竜星が奇妙なことを口走る。そして、ロールパンサンドをがぶりと頬張った。
「パンツ食べてるんじゃん」
竜星のパンを見ながら琥太郎もパンをかじる。竜星はその言い草にちょっとムッとした表情を浮かべた。
「違うよパンツだろ。パンツ食べてるときにパンの話やめろ」
「逆になってる……。そんなモコモコしたパンツないから」
セレスティナから冷たい言葉を浴びせられ、竜星は冷静にロールパンサンドを観察してみた。
「このさらっとした手触り、ほんのり甘い舌触り、間違いなくパンツだ。香りも実にパンツ。めくったときの高揚感なんかパンツならではじゃないか」
呆れかえるというよりは軽蔑の眼差しを隠そうともしないセレスティナ。その傍ではリッキーが震える手でサンドイッチを見つめていた。
「悪い、オレがうっかり食べちまったのかもしれない。食べかけでよければこのパンツ履いてくれ」
申し訳なさそうに半分になったサンドイッチを差し出す。麗央はラッキーとばかりに一口で平らげてから、
「私のパンツそんな白くない、黄緑だし」
とリッキーを元気づける。
リッキーは安心して次のサンドイッチを食べ始め、その話を聞いていた琥太郎が震える手でサンドイッチを見つめていた。
「ってことはこのサンドイッチのパンツに挟まってたのはパンツ? めっちゃフレッシュだったんだけど」
「それはレタスだよ」
烈火が優しく教えるが琥太郎は全く聞こえていない。
「パンツにパンツをサンドしてもサンドイッチなの?!」
すっかり思考ループに陥っていた。代わりに、レタスと聞いては黙っていられない三毛が「キャベツじゃないの?」と驚いている。
「ミヤチ落ち着け、それはサンドイッチとは呼べない」
竜星がもぐもぐを続けながら琥太郎をループから引き戻す。
「ただのパンツの重ね着」
「お?」
麗央がハーフパンツのウエスト部分を広げ、手を突っ込んでもぞもぞと探ってみる。
「2つあった!」
「脱いですらいなかったのかよ……」
ただのパンツの重ね着だった。




