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25.人馴れしないセレスティナ

 長い時間セレスティナは頬杖をついていた。ずっとそんな姿勢でも小さな頭だから重くもないのだろう。それに加えてスタイルも良いので、どんな態度や表情をしていても大体は絵になっていた。


 特別周囲に関心を寄せることなど滅多にないセレスティナだったが、何日かこうしてギルドでの仕事をしていれば自然とわかってくることもある。


 例えば種族。

 よく目にするのは自分たちと同様の人間。

 それから大きな獣の耳とふさふさのしっぽを持つ獣人に、長い耳と褐色の肌、薄い髪が特徴的なエルフ、そして頭部の左右に角を生やす魔人。


 代表的なものはその4つの種族だろう。他にも身体的特徴の異なる冒険者を見ているはずだが、他者に執着を見せないセレスティナなので記憶には残っていない。

 そんな彼女が、このときは珍しく来客の姿をまじまじと見つめていた。もちろん頬杖はそのままに。


 受付の前でエルフの女性冒険者、グリナドエルは指先で軽く頬を撫でる。困ったときの癖だった。

「何?」

 じっと見上げているセレスティナの視線に耐え切れず、その真意を尋ねるが、

「それは私のセリフ」

 とあしらわれてしまった。

「……あなたがずっとこっちを見てるからじゃない。ギルドの人よね?」

「私じゃなきゃダメ?」

 むしろあなた以外にしたいところですが。心の中でそう吐き出して、グリナドエルは横目で他の受付を確認する。3席用意された受付カウンターだが、ここ以外はあいにく応接中だった。リッキーは腕相撲をしているし、雪祭は金銭トラブルを起こしている。


 グリナドエルは諦めて小さく息を吐く。

「買取をお願いしたいの」

 セレスティナが視線を横にずらした。さっきからずっと、ずっと気になっていたモノがそこに佇んでいる。

 首輪を付けた魔人の男性。セレスティナと目が合うと行儀良さそうに会釈した。

「生モノはちょっと……」

「彼じゃないわ」

 ということは、つまり。セレスティナが目を丸くする。 

「やめて、私でもないから」

 言いながらグリナドエルは他の受付にもう一度目をやったが、まだ腕相撲は続いている。ここでやり切るしかなさそうだった。


「ドゥレ、集めてきた素材を出して」

「うん!」

 首輪のドゥレは嬉しそうに返事をして、年季の入ったバッグから小瓶を3本取り出した。

 小瓶はどれも同じものが入っている。濃い紫色をした粘度の高い液体。

「クリムゾンスコーピオンの毒よ」

「ふぅん」

 ぺろっ。これはクリムゾンスコーピオン!

 なんてことをするわけにもいかない。

「向こうに1-B、1-Cってプレートあるのわかる? あの二部屋が回収物の受入所だから鑑定とかはあっちで出来るんだけど」

 セレスティナは1年の教室を指差した。

「どっちの部屋に持っていけばいいかしら」

「数も少ないし頼んだほうが早いな」

 ちょうどターコイズが手持無沙汰に見える。少なくともセレスティナには。すぐさま呼び寄せ、小瓶の鑑定を依頼した。

「試剤でチェックして、容量も計測してきますねーー」

 1-Bの教室へと宙を泳いでいくターコイズを見て、グリナドエルとドゥレは胸をなでおろす。まともな人員もいるようだ。


「あれくらいならすぐ終わると思うから、このまま待ってて」

 セレスティナに促され、ふたりは並んで椅子に腰かける。

 ターコイズを待つ間にセレスティナは気になっていたことを聞いてみた。

「ソレって奴隷なの?」

「それ?!」

 奴隷よりもソレ扱いされたことにドゥレは衝撃を受けていたが、グリナドエルが冷静に首を横に振る。

「そんなわけないじゃない。そんな風に見えるの?」

 それ以外の絵面として受け止めるのは地球人には難しいかもしれない。それでも本人が否定するので、セレスティナは想像力を働かせてみた。

「痴漢容疑で連行中?」

「ひどいです! せめて罪状を変えてください!」

「じゃあ処刑」

 罪状ですらない。


「これは僕の意思なんです」

 ドゥレは首輪を大事そうに触れながら、秘められた理由を語りだす。

「僕はグリナドエルがすごくすごく大好きで、それはもう大大大大好きってくらい大好きなんです」

「もうー、やめてよ恥ずかしい……」

「やめろ殺すぞ」

 ふたりは口を閉じた。

「本題だけ話して」

「ええと……。友達に言われたんです。そんなに大好きならいっそ首輪で繋いじゃえばって。あっ今また大好きって言っちゃったけど大丈夫でしたか?」

「……。で、こうなった?」

「はい!」

 清々しい笑顔のドゥレ。セレスティナはナイフのような鋭さで言葉を投げつける。

「いや逆だろ」

「ぎゃ……ギャグ? ギャグじゃないです! よく見てください! うーん照明が悪いのかなあ……なわけがないですよ! こんなに可憐なグリナドエルなんですからね! ああああそうだ聞いてください! 昨日なんて僕の背中についてた糸くずを取ってくれたんです! もしかしたら彼女を妬んだ魔女が毒入りの糸だったかもしれないのに! わかるでしょう? グリナドエルは可憐じゃけじゃなく優しくて勇敢で、それだけじゃなく可憐な女性なんですよ!!」

「ドゥレ落ち着いて……。ごめんね、いつもはもっと大人しくてかわいい子なのよ」

「えっそんな! かわいいなんてグリナドエルのためにある言葉だよ!」

「うざすぎ……。お前らの罪状はウザいだ」

 セレスティナがイライラした様子で1-Bの教室を見ると、ちょうどターコイズが出てくるタイミングだった。目が合うなり、ターコイズは文字通り全速力で飛んできた。


「お、お待たせしましたーー……。クリムゾンスコーピオンの毒で間違いないです。買取価格は12000レグですねーー」

「さんきゅ」

 小瓶を受け取ったセレスティナはクールな表情を崩しもせずに謝意を表す。不機嫌さ以外ほとんど顔に出すことはないので、言葉通り感謝はしているのだろう。「どういたしましてーー」とターコイズは明るく返事をした。

「金額は聞いた通りだけど。どうする?」

 グリナドエルとドゥレを見れば聞くまでもない。

「十分よ。思ったより高いくらい」

「それでは、ターコイズは別の鑑定を手伝ってきますーー」

 ターコイズはグリナドエルたちに挨拶をすると、回収物受入所へ戻っていった。


「じゃああとは支払か」

 これでようやく解放される。3人の思考が完璧にシンクロする。

 セレスティナは手提げ金庫から荒っぽく硬貨を掬いだした。

「12000か……ま、これくらいだな」

 カウンターに山盛りのお金。足りないということはなさそうだが、

「多い! 多いんだけど!?」

 喚くようにしてお金を戻すよう迫るグリナドエルとドゥレ。セレスティナは不満気に金庫の中へ素直に戻し始めた。

「……チッ」

 素直ではなかった。

「なんで?! なんで怒ってるの?!」

「グリナドエルは売りませんよ!!」

 セレスティナは完全に聴覚をシャットアウトしている。じゃらじゃらと金庫の中をかき混ぜながらやるべきことを探していく。

「あ。ふたりでで手掴みした分でいい?」

「おかしいでしょ。12000って数字はどこ行ったのよ」

「手掴みでグリナドエルのお金に対する執着心を試そうとしたって無駄ですよ! グリナドエルは1レグ硬貨1枚しか取りませんからね!」

「うるさ……。ゆきー!」

 堪らずセレスティナがギブアップ。いつの間にか接客を終えていた雪祭に助けを求めた。

「はーい。どした?」

 セレスティナが駄々をこねるような言い草をしたのが面白くて、雪祭がにんまりしながらやってくる。

「この客うるさいから代わって」

「えっ私たちが悪いの!?」

「グリナドエルの声のどこがうるさいって言うんだ! ぷんぷん!」

 雪祭は猛抗議するグリナドエルたちをなだめ、セレスティナの椅子にむりやり体を割り込ませた。仲良く半分こで椅子に座る。

「狭い」

「えー? じゃあ膝の上に乗って」

 良い案だ。セレスティナは素直に従った。

「それで、いったいどうしたんですか?」

 雪祭がグリナドエルたちに状況を尋ねる。セレスティナが座っているせいで前が見えないのが難点だが、電話応対だと思えば不自由はない。

 反対にグリナドエルは不自由していた。答えようにも聞いてきた相手の姿はセレスティナで全く見えない。仕方なくセレスティナの顔を見ながら雪祭に説明することにした。

「素材の買取をお願いしたんですが、提示された金額と実際の支払金額が違ってたんですよ。おかしくないですか?」

「ハァ?」

 セレスティナの顔が歪む。その後ろから雪祭がぽんぽんと両肩を叩いて落ち着かせた。

「お客様のおっしゃることもよくわかります。ただ相手がティナですからねー。ご迷惑をおかけした点については誠にてへぺろですけれど、ティナにお金を触らせるなんて逆に強盗と一緒ですよ」

 無表情のセレスティナを言っているようで余計に腹が立つ。

 グリナドエルが「悪いとも思ってないでしょ」と攻撃するも、鉄壁のセレスティナに守られた雪祭が「表情をお見せできないのが残念です……」と棒読みで跳ね返す。

「ティナは数学はできるけどお金の計算はできないんです」

「全然できてないじゃない! できるうちに入らないからね?」

「えー? こわーい?」

「怖がらせるなよ」

 ようやく口を開いたセレスティナをグリナドエルがキッと睨みつける。いきさつの説明など時間の無駄だということを思い知り、雪祭に向けて要件を手短に話す。

「とにかく買取をお願い」

 ひょこっと顔を覗かせる雪祭。

「小瓶が3つね。6000レグかな」

「あなたは鑑定が出来てないじゃない!」

 グリナドエルはターコイズを呼びに走った。


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