23.麗央はいつでも三重丸
通信用ランタン。ギルド間で連絡をとるためのとても便利な魔法道具だ。
便利と言っても基本的にはランタンなので、情報量は多くない。火を使わない狼煙みたいなものだ。ランタンに仕込まれた灯石の発光色や点滅方法のパターンで伝達内容の概要だけは知ることができる。
今まさにオレンジで点灯しているのは、ギルドからの緊急案内だ。
ターコイズは真っ赤な背表紙のファイルを取り出した。これも魔法道具で、1ページ目の用紙には緊急と記された依頼内容が浮かび上がっていた。
「ホブゴブリンが大量発生してるって緊急案内が来ましたよーー」
周囲に向かって声をかけると、麗央が一番に反応を見せた。
「うちのギルドに要請来たの? すごいじゃん!」
ギルドご指名と早合点している。ターコイズは少し申し訳なさそうに否定しなければならなかった。
「いえ……そうではなくて。近隣のギルドにも案内は回ってるので単独の要請ではないですーー」
「そっかー」
くりっとした瞳を向ける麗央。特に残念という感じではなさそうだ。
「依頼見せてー!」
「はーーい」
依頼書を受け取った麗央はなんとなく中身を確認して、それからギルド内を簡単に見渡した後、「ちゅうもーく!」と元気な声で周囲の視線を自分に集めた。
「モロ平野でのホブゴブリン討伐依頼が来てるよー! 報酬も通常より上乗せされててお得!」
「ホブ? ちょっと俺には厳しそうだ」
「ああ、悪いけどパスだ。ホブゴブリンはそんな簡単な相手じゃない」
ギルド内にいた冒険者たちは皆渋い表情を並べている。想像とは真逆の反応に麗央も目をまんまるに見開いていた。
「そっかー」
くりっとした瞳でペンを手に取り、その場にいる冒険者たちの人数を数えていく。
「2、4……8人もいるから平気じゃない? 名前書いとくね!」
言い終わる前からペンは走り出していた。
「セム、ジョシュア、オーウェン、エドル、ルーカス、ライアンでしょ。あとアンディに、バリーだねー」
すらすらと全員の名前を口にする麗央に、冒険者たちはうっかり感動にも似た感情を抱いてしまった。しかしすぐに冷静さを取り戻し、首を横に振って余計な感情を振り捨てる。
「おいやめろ! それにモロ平野って結構距離あるからな?!」
ジョシュアが代表して皆の思いを力強く代弁した。ホブゴブリンの問題もあるが、それ以前に気楽に歩いていける距離ではない。
もっともな意見だったが、それが通じるようなら勝手に依頼書を書き始めたりもしない。麗央は怒ったような顔でジョシュアに言い返した。
「受領したあとで言わないで!」
「いやいや全部ひとりで勝手にやったんだろ!?」
こいつは馬鹿なのか、と考えかけたジョシュアだったが、そこで思考をストップさせる。もう何度かこのギルドを利用しているから、まともじゃないことはとっくにわかっている。
「馬車で行けば?」
三毛が割り込んできたのでジョシュアも他の冒険者たちも顔を引きつらせてしまった。余計にややこしくなるに決まっている。
「今ここにいるのはみんなEとかFランクだ。そんなもの持ってねえよ」
ライアンが仏頂面で言う。「あとお前は自分の仕事に戻っていいぞ」と付け加えるのも忘れなかった。
ないものはどうしようもない。三毛はすかさず琥太郎とオリバーを呼び寄せた。
「騎馬で行く?」
騎馬戦の土台を素早く組み、上に乗れと指で合図する。ライアンはありがたく乗り込む……わけがなかった。
「馬どころか一人で歩くより遅いだろ、絶対!」
絶対のところがとても強かったので三毛も少したじろいでしまう。
「がんばるよ……」
「そこに8人乗るのか?」
三毛はまたたじろいでしまう。考えていなかった。
8人分の騎馬となると土台の数が圧倒的に足りなすぎる。
「騎馬はやめよう」
素直に諦めて、
「馬車探してみるよ」
土台を崩した後ギルドの外に飛び出していった。
「やめろ行くな!」
ギルドの中からそんな声がいくつも重なっていたようにも思えたが、三毛の耳には言葉として入ってこなかった。
◇
待つこと10分。待っていたというわけでもないが、冒険者たちの思っていた以上に三毛の戻る時間が早すぎた。
一同はギルド前に停められた荷馬車を茫然と眺めている。
「行商人のペーニャんが貸してくれるってー」
「お前が行くからだろ……!」
ライアンでなくとも冒険者たちは皆恨めしそうな視線を三毛に注いでいた。三毛でなければ断ってくれたはずだ。御者台には老齢のペーニャが座っており、おそらくは馬車を操れない三毛のためを思ってのことだろう。荷馬車どころか持ち主ごとまとめて借りてきたようだった。
「みけありがとーっ」
麗央は三毛に勢いよく抱き着いて最大限に感謝を伝える。その勢いのまま、荷台へと一番乗りして冒険者たちを悠々と見下ろした。
「いくよ! みんな乗り込めえぇぇええ」
「え? は?」
「まさかレオ、お前も行くのか?」
混乱気味の冒険者たちに麗央は勝ち誇った表情で
「当たり前じゃん! 言い出しっぺだし!」
ときっぱり言い切る。
妙な責任感には少々感心するところもあるが、それでもセムはどうしても言っておかなくてはならない。
「武器、ないんだろ」
チェーンソーならあるけど。セムの言葉を受けて三毛がぼんやりと考えてみたが、用途が違うので武器にはならなそうだと結論付けた。あれは木材かゾンビ向きだ。ホブゴブリンはきっとどちらでもないだろうか。
「大丈夫! 武器なら3つ持ってるから!」
周囲の心配を吹き飛ばす勢いで麗央が勇猛果敢に宣言する。
「私の武器は勇気のパワー! 元気のパワー! 愛のパワー!」
「物理のパワーもくれよ……」
セムたちはくたびれた顔で麗央を見つめ、三毛は尊敬の眼差しを送っていた。
◇
「見えた! 誰か戦ってるね!」
馬車を走らせてから二時間弱、モロ平野の広い草原の中でようやくホブゴブリンの群れを発見する。他のギルド経由と思われる冒険者たちも到着済みで既に交戦中だ。
「苦戦してそうだなあ。ホブの数も多い」
「あ、あっちがホブゴブリンかー」
「おいおい……」
「あはははは」
冒険者側は7名、対してホブゴブリンは少なく見積もっても30体以上いることは間違いない。人数差があるとは言え、ホブゴブリン相手に苦戦しているところを見ると彼らもまだ若手の冒険者に違いない。
「あのパーティーまで馬車で突っ込むよ!」
荷台の先頭で仁王立ちしている麗央がペーニャに指示をする。
「マジで言ってんのか?」
と再考を促したのはジョシュアで、ペーニャは返事の代わりに馬車を加速させた。混戦のど真ん中に向けて一直線に馬を走らせていく。
ぐんぐんと近づくホブゴブリンの群れ。麗央は瞳を輝かせながら高らかに声を上げる。
「まじででつっこめえぇぇええ!」
「くそがー!」
「どうにでもなれーっ!」
もう途中下車なんて選択肢は残されていない。全員覚悟を決めるしかなかった。
ホブゴブリンの塊に強引に割って入り、先行していた冒険者たち目掛けて馬車が猛スピードで走りこんでくる。
当然、ホブゴブリンが新たな襲撃者の来訪を快く歓迎するはずがない。距離を詰めてくる馬車にこん棒を振りかざして挨拶を試みるが、全く恐れる素振りのない馬車馬や荷台のセムたちが力任せに蹴散らしていった。
「なんか来た! 助けか?!」
先行組がホブゴブリンと応戦しつつも馬車にも気を配っていると、その馬車は彼らの背後を守るようにして急停車した。
「全員集まって! 体勢をとり直してホブゴブリンを一掃するよー!」
麗央が急いで叫び、先行組は顔を見合わせながらも
「と、とりあえずいったん固まろう!」
彼女の勢いに呑まれ馬車の前に早足で集合した。
「セムとアンディはそのまま残って。他は降りて」
「お、おう」
バタバタと荷台を飛び降りるライアンたち。そうしている間にもホブゴブリンが次から次にとびかかってくるのだから悠長にやっている暇はない。
弓使いのセムと槍使いのアンディを残し、6人が降りたことを確認した麗央はペーニャに「準備して」と短く言葉をかける。それからホブゴブリンを薙ぎ払い続ける冒険者たちに向かって大きく手を叩き鼓舞し始めた。
「ここからだよ! この場所で隊形を作って迎撃! 馬車いくよ!」
言い終わるやペーニャが馬車を走らせる。
そこからはとにかく素早かった。
馬車が走り回ってホブゴブリンの注意を引きつつ集団を分断し、少数にばらけたところをターゲットとして見定めて迎撃隊の待機場所まで誘導する。
あとはひたすらその繰り返しで、迎撃隊は少数を相手にすれば良いから消耗度も抑えられ、馬車の方もセムとアンディが護衛兼けん制役としてうまく役割をこなしていた。
途中、ホブゴブリンが種族特有の雄たけびを轟かせて仲間を呼んだり別ギルドからの冒険者たちも参戦したりと戦闘の規模は大きく膨れ上がったのだが、麗央が音頭を取り続けた結果ホブゴブリンを見事殲滅してみせたのだった。
人呼んでリオキャラバン。今日がその誕生の日だった。
団員募集もなく突発的な招集・討伐しか行われないため、用事もないのにギルドにやってくる者が増えたという。




