22.リッキーズブートキャンプ
受付カウンターにちょこんと座る烈火。
華奢であどけない容姿はどう見ても自分より年下だろう。グレッグ・ホルトマンはニヤリと笑ってから受付へ足を運んだ。
「こんにちは」
「ランクあげてくれ」
挨拶の代わりにグレッグは登録証を投げ渡し、手短に用件を伝えた。
粗暴な態度を示すグレッグを烈火はきょとんとした顔で見つめたが、きっと急いでいるのだろうと納得する。近くのターコイズに声をかけた。
「ね、ターコイズ。ランクの昇格ってどうすればいいの?」
「履歴を確認すればいいですよーー」
そう言ってペラペラのファイルと一緒にふよふよと飛んできた。
「これに載ってるの?」
厚い表紙を開いてみると、真っ白な紙が綴じられているだけ。列火が不思議そうに何枚かページをめくってみたが白い紙が続くだけだった。
「これは魔導書の一種ですーー。お客さんが手のひらを表紙に当てると各地の冒険者ギルドでの活動履歴が一括で写るんです」
「すごーい!」
じゃあさっそく照合してみましょう、と促す烈火に対しグレッグの顔色は芳しくない。
「そういうめんどくせーのはいいから、ランク上げろって言ってんだよ」
「でも」
「ああ?」
冒険者にはたいして珍しくもない、気性の荒めな性格。しかし、気の優しい烈火には相性が悪そうだとターコイズが弱り顔になってしまう。
(リッキーさんかオリバーさんを呼んでおきましょうかーー)
烈火に「すぐ戻るから待っててください」と耳打ちしてからその場を離れた。
「2ランクでいいからよ、早くやれよ」
相手がひとりになるや横暴さを増すグレッグ。烈火は下唇に人差し指を当てて考え込んでいる。
「えーと、今がFだから……G……H?」
「さがってんじゃねえか!」
「Hじゃないの?」
「てめえふざけてんじゃねえぞ」
荒ぶるグレッグがカウンターに拳を叩きつけようとした刹那、そのグレッグの頬をセレスティナがパドルテニスのラケットで激しく叩きつける。
「ぶぼほっ!!」
突然の衝撃にグレッグは一瞬混乱するが、殴られたとわかるやセレスティナを鋭く睨みつけるも、
バコッ
「ぶぼふっ!」
またしても殴られた。今度は両手打ちバックハンドの構えで。
「お前、らんちゃんに何てこと言わせてんだよ。独り占めして許されると思ってんのか?」
「待って! やめてティナ!」
見かねた雪祭が駆けつけるなり、烈火の頭を優しく撫でる。
「いいよ。2ランクあげちゃお?」
「ああ痛ぇ……い、いいのか?」
「ちょっと黙って! だいたいあんた誰なの」
こっちのセリフだよ! 怒りと鼻血交じりのグレッグが胸中で絶叫する。
そうしている間にも雪祭にされるがまま、頭を撫でられている烈火はちょっとくすぐったそうに
「もう、だめだよ。Hになっちゃうよ?」
と可愛らしい声色で抵抗する。
「くう……いいよ! なっちゃっていいよ!」
「おめでとう、ありがとう、お前をHランクに認定する」
セレスティナが左手を差し出して握手を求めてきたが、グレッグはその手を乱暴にはね付ける。
「おかしいだろ! そんなランクねえし!」
「Hはなし?」
「あり! ありだよ!」
「お前さぁ、さっきからわざとやってるわけ? 鼻血まで出してほんと変態だな」
セレスティナが左手を差し出して握手を求めてきたが、グレッグはその手を乱暴にはね付ける。そもそも鼻血はお前のせいだろと言い返したいところだが、右手にはまだラケットが握られているので無理だった。
「グレッグ・ホルトマン」
場を鎮める落ち着いた響き。
名前を呼ばれたグレッグに加え、烈火たちが声のする方向に視線を揃える。
その視線の先にはターコイズと、そして声の主であるリッキーの姿があった。
「どうしたんですかその鼻血……」
烈火を心配するつもりでやってきたターコイズが戸惑いを見せる。グレッグは何も言わなかった。
リッキーがグレッグをまっすぐに見つめる。
「昇格試験だな」
「試験? 昇格審査か?」
「試験だ」
「……冗談だろ?」
また違うタイプのヤバいやつが来たのかもしれない。そんな風に警戒しだすグレッグなど全く意に介さず、リッキーは周囲に向かって大きな声を出した。
「他にもEランクに昇格したいやつがいたらギルドの裏に集合だ。まとめて試験したほうが早い」
「まじかよ」
「全員であいつをぼこぼこにすりゃあいいのか?」
「だったら楽勝だな! 今登録したばっかりだけど俺もやるぜ!」
色めき立つ冒険者(実績未達のFランク)たち。グレッグを先頭に、軽やかなステップでギルドから出て行った。
ギルド裏の緑地に集合したのは受験者10名に加え、試験官としてリッキーとターコイズ、そして倫子の3人。
「なんで私?」
理由も聞かされずに引っ張り出されたので倫子は状況がさっぱりわからない。
「何するんでしょうねーー」
ターコイズはただの野次馬だ。
リッキーはカーボン製のバットを持ち出してくると、受験者たちに向かって試験の説明を始める。
「試験はシンプルだ。このバットで倫子の投げるボールを打つ。打ったボールが倫子を超えれば昇格だ」
「そんなんでいいのかよ」
ざわつく受験者たち。見たことのないバットには多少の戸惑い、そして、小柄な倫子を見た後はニヤニヤと不敵な笑いが優勢となった。
「チャンスは3球。さ、準備だ」
リッキーは倫子にピッチャーグローブとボールを手渡し、自分はキャッチャーミットを左手にはめる。
ふたりはポジションを定めて何球かキャッチボールで肩慣らしを行い、グレッグに呼び寄せて立ち位置を指定した。
「ボールはへその辺りの高さでまっすぐ来る。タイミングを合わせてバットを叩き込めばいい」「あんなでかいボールかよ。へへ……」
ボーナスゲームじゃねえか。グレッグがニヤリと笑う。彼でなくとも、受験者は皆Fランクとは言えモンスターとの戦闘経験もあるのだ。動体視力には自信がある。
「プレイボール!」
リッキーが引き締まった声で開始の宣言をする。
「いきまーす」
倫子が穏やかに投球の合図をした。
ぎゅおんっっ
ズバンッ!
「?」
見えなかった。
倫子が腕を振り回して、ものすごい突風が巻き起こり、体のすぐ後ろで破裂音のような重々しい響きが鳴っていた気がする。グレッグがほんの一瞬前の記憶を辿ってみた結果だ。
投げたのか? そんな疑問が浮かぶも、
「まず1球」
リッキーがひょいとボールを返球していた。やはり投げていたようだ。
「は……速すぎるだろ!」
「いきまーす」
エースピッチャーは淡々と投げ続けた。
3球などあっという間だ。
グレッグは最後まで一振りもできずに見逃し三振。見守る他の受験者たちも茫然自失で、次は誰が行くんだよとすっかり弱気になっている。
「おいおい終わりか?」
生気を失った受験者たちを見てリッキーが軽くため息を吐く。そして、一転厳しい口調で訴えかけた。
「いいかお前らよく聞け! これがここのクオリティ、ゴッサムギルドのラインだ! この基準を下回ることは絶対に許されない。他のギルドがどうかなんて関係ない、ここはゴッサムギルドなんだ」
受験者たちは皆押し黙っている。素直にリッキーの言葉に耳を貸した。
「ランクが上がれば新しい登録証が発行される。ランクはEだ。それはどのギルドで発行しても変わらない。だが発行所は違う。ゴッサムギルドとサインされるのはここだけだ。ここから出す以上はクオリティを保証する必要があるんだ。並みのEランクで満足できるなら他所に行けばいい。ハイクラスのEランクになりたければ自分たちのクオリティを上げるんだ」
リッキーの演説は皆の心を打つのに十分だった。受験者たち一人一人の瞳に強い決意が煌めきだしていく。
「俺はやるぞ!」
「俺もだ!」
グレッグを筆頭に雄々しく咆哮する受験生たち。リッキーは誇らしそうに見ていたが、すぐにやるべきことへと行動を移した。
「よし、まずは素振りからだ。全員バットをもって一列に並べ」
「はい!」
まずは素振り1000回から。リッキーの掛け声に合わせて受験者たちは一心不乱にバットを振り続ける。
気が付くと三毛たちや関係ない冒険者たちも素振りに加わっていて、この日の冒険者ギルドは鈍器の訓練場となり果てていた。




