21.満と緩太のもぐもぐタイム
少し遅めのお昼休み。満と緩太が食堂の前で足を止める。
「ここはまだ入ったことない店だよな」
「たぶん」
木製のドアは軽い力でもすんなり開け放つことができた。満が「ほぅ」と感心する。
「このスムーズさ。客が頻繁に開け閉めした結果だな。これは美味い店だ」
「大工の腕じゃね?」
「ほぅ」
その線もあるな、と満が感心して、とにかくふたりは店へ乗り込んだ。
時間帯もあるのだろう。店内は少しの常連客が食後の会話を楽しんでいるだけだ。
満と緩太はゆっくりと店の中を歩いていく。その間、無言のまま壁や天井、テーブルに置かれた一つ一つにまで視線を動かしていた。
店主だけでなく常連客たちまでもが固唾を飲んで見守る中、ふたりは空いたテーブル席に腰を落ち着ける。メニューをそっと開いてからは眼光がさらに鋭さを増した。
「おい……あれじゃないのか」
この食堂に通い詰めて25年。常連客のひとり、トールマンが囁く。同じく20年以上この店の料理を愛し続けているブレット、バイロンも額に汗して頷いた。
「この緊張感……間違いないな」
「ああ、カリスマグルメライターだ」
通称、スプーン小隊。
決まった目的地を定めることなく各地を巡っては庶民向けの食事処や屋台を訪れる。そして、これだと思った料理を記事として取り上げる謎の食通グループ。
彼らが発行する記事の影響はすさまじく、既に食べたことのある者ですら「こんなうまいもの食べたことがない!」と唸るほどだ。
「えらいことになったな」
ブレットが奥で立っている店主の顔を見る。銅像のように表情を無くしていた。
「ありゃあ完全にアウェイの顔だな」
「しっかりしろ、ホームだろ……」
そんな周囲のざわつきを何一つ感じていない満たち。
メニューを一通り吟味してから、緩太がすっと手を挙げる。
「注文いっすか」
ぼそりとした声だったが、店主にも常連客たちにもしっかりと聞き取れた。やけに店内が静かだったこともあるし、ふたりの様子に全神経を集中していたせいもある。
店主はぎこちない歩き方でテーブルまでやってきて、
「ご。ごごごご、ご注文はいかがでしたでしょうか」
自ら注文を終わらせた。
トールマンたちが絶望を共有するため顔を寄せ合う。
「おい何言ってんだ……」
「消えちまうぞこの店……」
「料理の感想すら聞かずに終わるとはなあ」
痛恨の極みで今にも倒れそうな店主に満が苦笑いを浮かべる。
「いや、注文したいんですけどいいですか?」
「えっいいんですか?!」
目を見開く店主。
常連客たちも「さすがカリスマライター……これが神か」と涙を流す。
「塩スープパスタ」
緩太が希望の料理を店主に伝え、満も同じものを注文した。
「ご用意致しますので、お待ちください」
店主がバタバタと厨房へ消えていく。なるべく待たせないようにという配慮と、それ以上に早くこの場から解放されたいという気持ちが強かった。
「ふたりして同じ料理を頼むのか」
「採点を公平に行うためだろう」
常連客たちは視線を満たちから外さずにヒソヒソ語り合っている。そのふたりはと言えば、時々短く言葉を交わすことはあるものの基本的には静かに料理が現れるのを待っていた。
緊張感からバイロンは空のコップで何度目かの水を飲み干したときだった。満がチラリと顔を向け、視線ががっちりと嚙み合ってしまう。
「この店ってよく来るんですか?」
「え、ええ……」
想定外の事態にバイロンの心拍数が上昇する。
「よく注文するものってあるんすか?」
「そう……ですねえ、塩スープパスタはよく頼みますね。今も食べたところなんですよ」
できるだけ普通に、愛想よく。
「へぇー、そうなんですか!」
満の顔が明るくなった。トールマンとブレットがバイロンに小さくガッツポーズを見せる。
「おい今のはナイスアシストなんじゃないか」
「とんだ策略家だな悪人め!」
お膳立てはばっちりだ。そして、頃合いを見計らったように店主が姿を見せた。
「おまたせしました、塩スープパスタです」
「おおっ」
満が嬉しそうに声を上げる。二人分の器がテーブルに並べられるのを楽しそうに見ていた。
が、しかし。
満がバイロンを向くと、難しい顔で凝視し始める。
「なんか皿違くね?」
「!!」
バイロンたちの顔が一斉に真っ青に染まった。
そう、彼は塩スープパスタを頼んではいないのだ。
店主も顔を青くしているが、そもそも彼らの会話を聞いていない。器選びを誤ったのだと勘違いしていた。
満たちのスープパスタからは湯気がゆらゆら。対照的に店内の空気はどことなく冷たさを感じてしまう。
料理が冷めてしまわないようその場の空気を取り持ったのは緩太だった。
「あー。同じのがなくなったんじゃない」
「なるほど!」
納得した満はフォークを手に取って、目の前の塩スープパスタを改めて眺めてみる。
透明感のあるスープに細めのパスタがきれいに整えられている。パスタの上には水菜に似た野菜と、厚みのある肉。
「塩ラーメンて感じするな」
言いながら緩太がスープを味わっている。
「甘めかな。でも結構うまいよ」
淡々とした口調だが、なかなかの評価だ。店主は常連客たちと握手をした。
「いや、なんでこっちくるんだよ」
いつの間にか自分たちの席に混じっている店主へブレットがツッコミを入れる。
「ひとりにしないでくれよ……無理だよ……」
泣き言があまりにも切実だったので3人は店主を仲間に加えた。
「香味油の風味が悪くない」とか「パスタの触感がもちもちしててうまい」とか、ポジティブな言葉を発しながら食事を進めていく満と緩太。
「これは……いい線いってるんじゃ?」
店主たちは恋に恋する瞳で審査の行方を見守っている。
「ん……」
満が看過できない違和感を抱き、スプーンをそっと降ろす。
「なんかスープの味変わってきたな」
「マジで?」
緩太が半信半疑に聞き返したあと、スープをゆっくりと口に入れた。
目を閉じて味覚に全神経を集中する。数秒間考え込んだあと、静かに頷いた。
「たしかに」
「どういうことだ……?」
トールマンが店主の顔を見るが、相手は不安そうに首を横に振るだけだ。
「味が変わった! いいね!」
と言ってくれる雰囲気とも思えない。店主は覚悟を決めて満たちの元へ向かった。
「あの、何かおかしな点でもありましたか……?」
「スープが獣臭いんすよねえ」
満の言葉に店主はいくつかのシチュエーションを想像してみた。
「このいちごジャム、とっても獣臭いね!」
「髪型変えた? 獣臭いなぁ」
「赤ちゃん無事に生まれたんだね! 獣臭いよ!」
「今日の服装、似合ってる。獣臭いよ」
足腰がカタカタ震えだす。絶対に誉め言葉なわけがない。
「もっ、も……も……申し訳ぇ……ありませんでしたゃぁ……ぅぅ」
もらい泣きしてしまいそうなくらいに、くしゃくしゃの顔をさらす店主。トールマンたちも泣いていた。
「いやいやいや、ええ?!」
満が慌てて「クレームとかじゃないんで!」と一生懸命に打ち消す。
「このスープ優しい味ですげーうまいんすよ」
「うんうん」
緩太はテキトーに頷きつつスープパスタを食べ進めている。
「ただ、この肉がスープに浸みてくと段々肉の風味が移ってくから勿体ないなあって」
「まあそれが好きっていう客もいるだろうしなー」
満が真意を説明しつつ、緩太がフォローを入れる。完璧な役割分担。
「そ、そうでしたか……」
店主の表情がいくらか和らいだ。それから、ためらいながらも満にひとつ質問をする。
「あの、トッピング変えたほうがいいですかね。もしくは魚を足して中和するとか」
「うーん……緩太はどう思う?」
「これはこのままが一番だろ」
「だよなぁ」
元から心の内は決まっていたようで、満は常連客たちに視線を移した。
「この料理が好きで食べ続けてる人もいるし、変えないほうがいいんじゃないですか」
「この気遣い……これがカリスマグルメライター……」
「自分たちの影響力にあぐらをかかず謙虚な姿勢、さすがです」
「居合わせることができて本当に幸せだ……」
トールマンたちは神と店主、グルメライターに感謝を捧げた。店主は魂が抜けたような状態で、神へ直接感謝を伝えに行ってしまったのかもしれない。
それから満たちは食事を満喫し、すっかり満足した様子で店を出た。
「どうもありがとうございました」
店主と一緒にトールマンたちも整列し、深々と一礼。またのご来店を心よりお待ちする。
「うまかったなー、みんなにも教えてやろうぜ」
「タキが塩ラーメン好きだから気に入りそうだな」
店主たちの見立て通りとはいかず、ふたりはスプーン小隊の一員ではなかった。
しかし、彼らの紹介で翌日以降ギルドスタッフたちが訪れたり、麗央が冒険者を引き連れてきたりと店は盛況となる。おかげで店主たちは最後まで満たちをカリスマグルメライターの来店だと信じ切っていた。




