20.琥太郎の気苦労話
ひとりの女性が意を決した表情でギルドに足を踏み入れた。明らかに自分が場違いだという自覚はあり、そのせいで歩き方もなんだかぎこちない。
緊張気味に受付カウンターまでやってくると、向かいの琥太郎におそるおそる話しかける。
「あの……すみません、お願いがあるんですけれど」
「発注ですか?」
身なりの良い服装から相手が冒険者ではないだろうと判断したのだが、半分正解、半分不正解というところだった。
「いえ、違うんです。何て言ったらいいか……ギルドにお願いがありまして」
女性はそこで区切ってから一呼吸置き、
「この建物の上に登りたいんです……だめでしょうか」
切実な口調で言うので琥太郎も無下にはできない。依頼申込書を素早く取り出した。
「ボルダリングの要望ですね。依頼書にホールド整備希望って書くといいですよ」
あとでゼニスに買いに行ってもらえば済む話だ。
「よくわからないけど多分いらないです」
またしても切実な顔をする女性。どんなリングで何をホールドするつもりなのかと訝しむ。
琥太郎は女性をまじまじと、特に両手を見つめていた。
「そのままでもいいですけど……。西側の壁をどうぞ。気を付けて登ってくださいね」
「え……? あの……階段がいいです」
「え……? 普通の階段ですけど……」
琥太郎は不可思議そうにしながらも女性を階段へと案内した。
◇
「おーっ、いい眺め!」
琥太郎の歓声が空に溶けていく。
屋上に立ち入ったのは彼も初めてだ。壁も屋根もなく、景色を遮るような高い建物もない。開放的な空間に心躍らせていた。
対して、女性はひとり外周沿いに歩いているが展望にはさして興味ない様子だ。しきりに建物の下を気にしている。
やがて女性は足を止め、パラペットにぴょんと飛び乗った。
「ここにします。どうもありがとうございました。それでは」
「ぎゃー!」
間一髪、琥太郎が女性に飛び掛かり、屋上の内側に向かって豪快に投げ捨てる。
「乱暴はやめてください!」
女性は立ち上がるなりきつく睨みつけ、琥太郎も一瞬圧倒されてしまう。正しい暴力なんてあるはずがないのだ。
「他に止め方はあったはずですよ」
言いながらパラペットに足を乗せる。
「待ってって言えば済んだ話ですよね……すみません」
琥太郎はもう一度女性を投げ飛ばす。
「ハァハァ……痛っ……。そんな、悠長なセリフで……素直に待つ相手なんて、いません」
めげずにパラペットの上に立つも、またしても琥太郎に投げ捨てられた。
「こんなこと言いたくないけど、ここから降りるにはあなたの足は短いと思うんです」
「ひどい……マンチカンよりは長いですから」
けん制しあう二人。女性が歩き出そうと試みるもなかなか隙を見つけられずにいた。
「こういうの止めに入ったことないからうまく言えないんですけど、帰ってください」
「下手くそ以下じゃないですか……。でもここで私を止めたとしても、第二第三の自殺志願者が必ずや現れますよ」
そんな名所になっては困る。琥太郎はその場へ腰をおろし、「少し話しましょう」と円満解決への道を探ることにした。
「わかりました」
女性も体の回復を必要としていたため、素直に応じてくれた。
「そこまで自分を追い込むって、なにがあったんですか?」
ずっと苦しそうな顔をする女性。琥太郎は寄り添うように声をかけたが、その原因のほとんどは琥太郎に投げ飛ばされたせいだ。
「生まれ変わって人生やり直したいんです」
女性は思いつめた顔で呟く。
死ななくたって、と琥太郎が口を開き始めたとき、女性は語気を強めて真意を語った。
「ムキムキマッチョメンになりたいんです!」
琥太郎は口を閉じた。
「それじゃ」
押し黙る琥太郎を容認とみなし、女性が立ち上がる。
「わー! 待った待った!」
琥太郎は慌ててすがりつくような態勢で女性の両足に絡みついた。
「やめて! ムキムキマッチョメンになるの!」
逆回転で体を回し琥太郎からの脱出を図る女性。しかしネジのようにはいかず、琥太郎も一緒に回っているだけだ。
「落ち着いて! 次も人間に生まれ変われるとは限らないし、紅ショウガかもしれない」
「なんで調理後なの!」
さらに回転速度を上げたあと、ふたりとも気分が悪くなって崩れ落ちた。
しばしの休憩を挟み、琥太郎はポケットからトランプを取り出す。慣れた手さばきでシャッフルし、女性に決闘を申し込む。
「スリーカードポーカーで勝負しよう。俺が勝ったら帰ってもらう」
スリーカードポーカーはその名の通り、カード3枚を使ったポーカー。カード交換もなく極めてシンプルで、1対1にはちょうどいい。
琥太郎がカードの山をふたりの間に置く。先に琥太郎がカードを3枚取り、そのあとに女性が続く。
「よし、オープン。俺は4のペア!」
「ロイヤルストレートフラッシュ」
「あああああああ! つーかなんで5枚!」
「それじゃ」
女性は賞品として死を受け取るため立ち上がる。
「いや……! 5枚は反則だから!」
「3枚でもフラッシュで私の勝ちです」
ぐうの音もでないとはこのことだ。
女性はスキップで駆け出した。
「いた! ミヤチ見つけた」
突然、屋上のドアが開く。天使の奏でる透き通った音色に女性も思わず振り向くしかなかった。
「らんちゃん助けて!」
現れた烈火に向かって琥太郎が悲鳴にも似た訴えをする。
「どうしたの?」
早足の烈火は柔らかな髪がふんわりなびき、一歩前に足が出るたびスカートから白い太ももが露になる。
「もう天国にきたのかしら」
女性は胸に手を当ててみた。残酷なことに心臓は動いている。
「ミヤチ大丈夫? どうしたの?」
烈火に上体を起こされて膝枕状態になった琥太郎。
「良き……」
だめそうな琥太郎の代わりに女性が答えた。
「ムキムキマッチョメンに生まれ変わるために飛び降り自殺しようとする私を止めようとしています」
「やめた方がいいよ、生まれ変わったら人間じゃなくて紅……」
「もう聞きました」
「そう……」
烈火は少し悲しそうだ。
「筋トレじゃだめ?」
膝枕はそのままに、琥太郎は首の向きだけを変えた。今女性が飛び降りようとしてもきっと止めに入ることはないだろう。
「筋肉なんてひよこ鑑定士には必要ないって、職場の同僚はみんな私を笑います」
悔しそうに唇を噛む女性。琥太郎はいたたまれなくなってしまい烈火から体を離した。心地よすぎてとても女性に感情移入できそうもない。
「職場に置いたチェストプレスマシンもレッグカールマシンも破壊されました」
「ひどい同僚だな……」
「いえ、ひよこたちに」
静かに聞いていた烈火が不思議そうに小首を傾げた。
「周りの目が気にならなければ飛び降りないで済むの?」
「そうですね。洗脳とか得意なんですか?」
「それはできないけど……。でも目潰しなら知ってるよ」
えいっと目潰しの構えを見せて恥ずかしそうに笑みを浮かべる。琥太郎も名案だと手を叩いた。
「これなら相手の視線が気にならないね!」
「え……、あの……でも……」
女性が及び腰になるのも無理はない。
彼女を笑う同僚の数は8。きっと職場の外でも「首から上と下で美女と野獣だな」などとからかってくる連中もいるだろう。そのたびに目潰しを喰らわしていたら大変な数になってしまう。人呼んで朔月のカミラなどと噂されるようなことも避けたい。カミラは彼女の名前だ。
「はしたないことを言いますけど、私の手を汚さない方法があれば助かります」
「ん-」
難問かと思いきや、琥太郎がすぐに閃いた。
「何か言ってくるヤツがいたらギルドに来て! 懸賞首にして依頼書貼りだしてやる!」
女性と烈火が「なるほどー」と声を揃えた。
目潰しで苦しむ者も、朔月のカミラも生まれずに済む。女性は飛び跳ねて喜んだ。
それから女性は琥太郎たちに何度も頭を下げ礼を言い、さっそくこのあとトレーニングマシンを買いに行くと嬉しそうに笑った。
「今度はひよこに壊されないよう、マシンは食堂に並べます」
それが無難だねと琥太郎が頷く。
さすがに食堂へノコノコやってくるほど、ひよこも命知らずではないだろう。




