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18.みけ散歩

 市場の中をふらふらとあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

 食堂で昼食をすませた三毛はまっすぐギルドには戻らず、散歩がてら市場へと足を運んでいた。


「お、キャベツだ」

 特に好きな野菜というわけでもない。けれど、瑞々しく鮮やかなレタスの山を見つけ、思わず足を止めた。

「これはレタスよ」

 呆れたこと言うね、と女主人は続けるつもりだったが、相手の顔を見てやめた。もうすっかり顔なじみとなっていた三毛だ。いちいち呆れていたらきりがない。

「こっちの世界ではキャベツをレタスって言うのかー」

 三毛は女主人の言葉に感銘を受けた様子だ。

 世界の違いを肌で実感し、ちょっとした感動すら覚える。丁寧に陳列された他の青果を順に目で追っていくと、カボチャやココナッツ、それにキャベツもあった。

「レタスあるじゃん!」

 嬉しそうな三毛に「キャベツね」と女主人がやつれた声で訂正を入れたが、聞こえていないのか気にしていないのか、三毛はなつかしそうな眼差しでキャベツを凝視したまま、

「これレタスって言うんだよ。俺が住んでたとこでは」

 などと言い出す。女主人はますます胡散臭そうな視線を三毛に送った。

「ほんとに? レタスはどこでもレタスだと思うけどね」

 キャベツの葉を一枚ちぎり、三毛に食べさせる。

 三毛はシャキシャキと音を立てながら慎重に味を確認して、「うん、甘い」と一言。

 次に女主人はレタスの葉を同じようにして三毛の口に挿し込む。今度はしゃりしゃり食べだした。

「こっちのほうが柔らかい」

 三毛の感想には女主人も満足そうだ。

「そう、つまり」

「ロールキャベツは柔らかかったからやっぱりこっちがキャベツだ」

 何か言い返そうと口を開いたところでどうにか思い止まった女主人は、紙袋の口を大きく広げる。その中にキャベツとレタスを押し込んだ。

「これやるから、ギルドに帰ったら他の皆に聞いてみな」

 半ば強引に押し付けられてしまう。

「お金は払うよ」

 三毛が財布を出そうとするが、女主人が首を横に振る。

「お金より三毛の成長のほうが価値があるってもんよ」

 三毛は聖人にお礼を言うと、ギルドに向かって歩き出した。



「おー三毛、もう飯は食っちまったのか?」

 市場を抜けたあたりで屋台の大将が三毛を呼び止める。

 秘伝のソースが自慢の串焼き屋だ。ただ、週に何度かは幼い娘が「お父さん、ピーナッツソース持ってきたー」と届けに来るので村に伝わる味付けと呼んだほうが正確かもしれない。


「こんちゃ。今日はビエラさんの食堂で食べたよ」

「育ち盛りだろ? 串焼き持っていきな」

 気前の良いセリフに三毛の表情がぱっと明るくなる。1本受け取るとすぐにかじりついた。

 幸せそうに食べる三毛を見て大将も口元を緩くする。

「毎食この村にお金を落としてくれるからな。サービスしねえと」

 なるほど、と三毛は頷いて、紙袋をゴソゴソと漁りだす。

「お礼にレタスいる?」

「いらん。あと、それはキャベツだ」



  ◇



 串焼きの余韻を愉しみつつ帰り道を歩いていると、大きな荷車を引く青年の姿が視界に入る。

 革製の軽装備でギルドの方向へ歩くのは十中八九冒険者だろう。荷台には砕石のような物が乱雑に積まれている。


「こんちゃ」

 突然声を掛けられ、歩くことだけに集中していた青年はびくりとして足を止める。少し遅れて「どうも」と挨拶を返しながら相手を観察するも、その服装がすぐに何者なのかを教えてくれた。

「ああ、ギルドの人ですね。依頼終わったんで、今向かってるとこっす」

 積み荷を指差しながらゴーレム討伐で回収した体の破片だと告げた。

「運がいいんだか悪いんだか、群れに当たっちゃって」

 そう苦笑いして装備の隙間から腫れあがった腕や脚を見せた。三毛も思わず「痛そう」と顔をしかめる。

「運ぶの手伝うよ」

 言いながら紙袋を荷台の隅に置き、三毛は荷台の後ろへと配置につく。

 青年が大げさな動きで断ろうとするが、「ギルドに着いたら荷下ろしから一緒にやるんだから、作業がちょっと早めに始まるだけだよ」と青年の都合も聞かずに荷台を押し始めてしまった。


 三毛のほうは食事を摂ったばかりということもあり、体力仕事にはちょうどいいタイミングだ。馬力の増えた荷車は積載量の割には悪くない速度で車輪を回している。

「二人だとやっぱり違いますね。ありがたいっす!」

「俺はごはん食べたばっかりだけどおなかすいてない? キャベツで良ければあげるけど」

 青年がちらりと振り返ると三毛が紙袋からレタスを取り出しているところだった。

「それはレタス」

「えー?」

 異世界はよくわからない。三毛はうめくような声を出しながらレタスを紙袋に突っ込んだ。

「にしても、荷台を使う程の量をひとりで集めるのってすごんじゃない?」

 目前のゴーレムの破片を見ながら三毛は尊敬を込めて言う。実際のところゴーレム1体からどれほど収集できるのかとか、ゴーレムの強さや見た目だとかは何一つ知らないのだが。

「いやー自分で言うのもなんだけど奇跡の勝利すよ。ま、ソロだとありがちっちゃありがちっすね。見込みと違って綱渡りみたいな状況になるのは」

「グループで依頼受ける人たまに見かけるねー。ああいうのは似た目的の人を探してからギルドに来てるの?」

「依頼内容によってはそういう単発のパーティーを作ることもあるし、長期的に組んでる人もいますねー。自分は一人でこなせる依頼を中心にしてるんすよ」


 車輪のガタついた音に時折邪魔されながらも二人は雑談を楽しみながら歩き続け、ようやくギルドの前まで辿り着いた。

「お? 三毛、なにしてんだ」

「ユンユン!」

 偶然同じタイミングでギルドを訪れたユーインだったが、荷車を押す三毛に目を丸くしている。

「冒険者始めたのか?」

 まさか、と三毛が笑い、

「ギルドの裏に運ぶから手伝って」

 両手で手招きした。ユーインは何か不服そうに零しながらも律儀に三毛の元へと歩みを進めている。

 ユーインが荷台のすぐ傍まで来たところで、三毛がなんでもないような言い草を始めた。

「ふたりともEランクだよね? 一緒に何か依頼受けてみたら? ちょうどよさそうな依頼見繕ってみるよ」

「え? いや、見繕うのはいい」

 いまいち話の見えないユーインだったが、意味のわかった部分だけは明確に拒否を示す。もちろん三毛がそんな返答を聞いているはずもなく、もうひとりの青年に向かってしゃべり続けていた。

「ユンユンは冒険者登録したばっかりだけど、無茶な依頼もこなすクレイジーなナイスガイだよ」

 無茶な依頼で進めたのはお前らでは? ユーインが歯ぎしりをする。三毛は相変わらず自分の間合いしか持っていないので、

「あ、ごめん名前聞き忘れてた」

「え……、あー。エメリ・ソーンっす」

「ユンユンは弓が得意なんだっけ? エメは斧?」

 勝手にパーティー結成の雰囲気を醸成している。

「いや俺は剣……」

「自分はダガー系っす……斧はまき割りでしか使ったことないんで……」

「へー。じゃあちょうどよさそう」

(なにが?)

 ユーインとエメリの胸中がシンクロする中、我が道を行く三毛は「運んじゃお」と荷車を押し出す。この場から離れるタイミングがどこにもないせいでユーインも荷車を一緒に押すしかなかった。


「そうだ。ユンユンはレタスいる?」

 何の脈絡もなく三毛が取り出したのは、やはりキャベツ。

「いらないしキャベツだし」

 ユーインが冷ややかに言っても三毛はまだ納得がいかない様子だ。

「ロールキャベツにこれを使うわけ?」

「使わなかったらロールナニになるんだ? ロール白菜か?」

「素直にキャベツ使いなよ」

 信じられない、という顔をする三毛と、その三毛に対して信じられない、という顔をするユーイン。

 

「もう嫌だ! 頭がおかしくなる!」

 自暴自棄になった三毛はとうとうキャベツを投げ捨ててしまう。三毛の前方に発射されたキャベツはゴーレムの破片で跳ね返り、高速を維持したまま三毛の頭に直撃してしまった。


「ぎゃ!」


 ふらりとよろめく三毛をユーインが素早く支える。

「っと。痛そうだな今の……」

「だ、大丈夫すか?」


 三毛が静かに足元のキャベツを手に取り、ゆったりと顔を上げた。すっきりした表情は間違いなく打ち所が悪い証拠だ。


「キャベツもレタスも人間が勝手に名前を付けたもの。どちらも等しく大地の恵みなのです。愚かな争いが生まれぬよう片方は絶滅させましょう」

「やばい聖人になっちまった!」

「ありがたいっす! どうかお布施の振込先を教えてください!」

「ちなみにこれがキャベツです」

 三毛が腕の中のキャベツを大切そうに撫でる。聖人かつ天才に生まれ変わってしまった。

「三毛お前……。違いの分かる男になったのか……」

「うぅっ、マジで感動っすね」

 これでロールキャベツをキャベツで作れるじゃないか。ユーインとエメリが涙を拭い、三毛はまだ落ち着いた微笑みを浮かべている。


「あれ、三毛ー。野菜もらったの?」

「コリンコ」

 三毛に駆け寄ってきたのは倫子だった。

 聖人は「こんちゃ」などとは言わない。軽く会釈をしたあとで、紙袋から音もたてずにレタスをすくい上げた。

「コリンコ、こっちがキャベツでこっちがレタスです」

 ユーインとエメリが小さく感嘆する。

「う、うん……?」

 新参者の倫子は状況がわからず眉をほんの少しハの字に曲げていたが、そんなことよりも目を引くのは彼女が抱えている紙袋だ。


「私も野菜もらったの」

 倫子は紙袋から紫色の野菜を二玉取り出し、

「紫キャベツと、トレビス」

 瑞々しい笑顔を咲かせる。


「え? どっちがどっち?」

 三毛は凡人に戻った。


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