15.小麦粉の作り方
村の散策から帰った後、ようやくギルドに次の来訪者が現れた。
「お客さん来ましたよーー」
まずターコイズが嬉々とした声で呼び鈴を務め、
「いらっしゃいませーっ」
「ご新規様ご案内ー!」
「おめでとうございます! 本日1万人目のお客様です!」
一斉に群がるスタッフたち。よほど暇でなければここまでの歓迎ぶりはできないだろう。
受付まで誘導された男性は三毛たちの親と同世代といった印象で、短い黒髪にはところどころ白が交じっている。
「ウェルカムドリンクをどうぞ!」
「あ、はい。すんません……どうも」
流れるような動きで満が紙コップを突き出してくるので、男はついつい受け取ってしまった。かすかに漂ってくる香りは馴染みのないものだったが、せっかくの好意だからと一気に飲み干してみる。
「ん、これはまた……。いやぁ、おいしいですね。初めて飲みました」
男がちょっとした感動で空の紙コップを覗き込む。その様子に満も少し誇らしげだ。
「俺も初めて飲んでる人見ました」
「満……お前いったい何飲ませたんだよ」
緩太に小突かれて満が白状するには、7種のスポーツドリンクをブレンドしたものらしい。世の中にスポーツドリンクが7種類もあったのかと緩太でなくとも驚きを見せていた。
「おかわりいります?」
「代わって……!」
水筒を開け始めた満を押しのけ雪祭が男の前に出る。
「ご用件は冒険者登録ですか? それとも何か依頼をお探しですか?」
「あーすんません、そういうのではないんです。今日はちょっと、挨拶だけのつもりでやってきたんですよ。ほんとに申し訳ないです、お仕事中に」
かなり謙虚な態度だが、
「ところでこのギルドは私が頂いた!」
と続くかもしれない。期待に胸を膨らませる生徒たち。
「私はマーティン・ヤルビーと言いまして、カプリ村の村長をやってる者です」
期待をした俺たちがバカでした。悔しさのあまり、満はぐいっとオリジナルブレンドのスポーツドリンクを喉に流しこむ。好みの味ではなかった。
「カプリ村からですか、わざわざ遠くからすみません」
琥太郎が深々と頭を下げると、ヤルビーが慌てて顔を上げるよう促す。そして、今度は自分が申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「いえ、ここがカプリ村ですので……すんません」
そういえば村の名前知らなかった。悔しさのあまり琥太郎は満の水筒を奪い取り、ぐいっとオリジナルブレンドのスポーツドリンクを喉に流しこむ。好みの味ではなかった。
今度は三毛が
「つまり俺たちのボスってことなんじゃ?」
という真理への到達を叶える。
ギルドも所詮は村を構成する一つのパーツでしかない。そして村長はそれら全てを支配する存在。長など生ぬるい。正しくは村の王なのだ。
満の表情が一気に青ざめる。
「やばい不敬罪で正座5時間させられるぞ。ちょっとでも動いたらわかるように周りに小麦粉まかれるからトイレすら行けない!」
「こわい! 不敬罪こわい!」
悔しさのあまり三毛は琥太郎から水筒を奪い取り、ぐいっとオリジナルブレンドのスポーツドリンクを喉に流しこむ。好みの味ではなかった。
「こわい! 不敬罪こわい!」
竜星がスポーツドリンクを飲んでみたいという私欲に駆られ適当なことを言う。三毛から水筒を取り上げ、ぐいっとオリジナルブレンドのスポーツドリンクを喉に流しこむ。好みの味ではなかった。
竜星たち3人がすっかり落ち込んだ顔を並べているので、その原因がスポーツドリンクとは夢にも思わないヤルビーが苦笑いで小麦粉正座を否定した。
「あーいえいえ、そんな処罰は聞いたことないんで大丈夫です。まぁまぁ、大抵の罪は強制労働ですからね」
小麦をひたすら叩いてさらさらの小麦粉にするという重労働が1日8時間課せられる。この国の小麦粉は罪人によって支えられているのだ。
「恐ろしい……なんて恐ろしい世界へ来てしまったんだ……」
戦々恐々とする生徒たち。
村の王へ失礼があってはいけないと竜星が仕切り直しを提案する。
「とりあえず不敬罪にならないよう村長さんには一回帰ってもらおう」
「えっ、あの、帰るんですか?」
むしろそれこそ不敬罪なのでは? ターコイズだけがまだ常識的だ。
竜星はいたって冷静に言葉を続ける。
「1時間後にまた来てください。なんとか飾り付け終わらせておくんで」
あとは時間との勝負。
倫子は折り紙を用意していて、ハサミで切り始めている。それを使ってセレスティナたちが輪つなぎの飾りを作り始めている。花紙も折らなければならないし、1時間は相当ギリギリだ。
「いや、そんないいですよ。ギルドの方々に挨拶をと思って勝手に来ただけなんで、ほんと気にしないでください。すんません」
ヤルビーの性格的にやめてくれとは口に出さないが、最上級の拒否だろう。「大丈夫、やれます!」と根性を見せる生徒たちをどうにか止めるのに20分かかり、その頃壁には「歓迎 ヤッピー村長」の文字が踊っていた。
「ところであのー。えーと、皆さんはあれですか。カプリ村は初めてっちゅーことですか?」
飾りの撤去作業を見届けるヤルビーの問に、烈火が窮屈そうな返事を返す。
「んー……そんな感じ、かなぁ」
どう言うべきなのか悩んでしまう。烈火の困っている顔がなかなかに可愛くて雪祭と琥太郎は片付けそっちのけで写真を取り始めている。
「らんちゃん、もうちょっと切ない顔! 涙零してー」
「えー? 無理だよぅ……」
「泣かないと強制労働で小麦叩きよ」
「そんなぁ……」
烈火の頬を雫が伝う。
すかさず雪祭たちがシャッターを切っていき、竜星も一枚撮影してからヤルビーの元に向かった。
「村長、ちょっといいですか?」
ヤルビーは壁をじっと見つめていた。「歓迎 ヤッピー村長」の文字はまだ剥がされていない。
「あの、あれは剥がさないんですか?」
「あれはあのままですね」
ヤルビーの視線の先を確認したあとで竜星は無感情にそう答えた。
「そうですか……。あ、先に質問してしまってすみません。なんでしょうか」
本題に入る前に竜星が少し姿勢を正す。今度は無表情ではなく、誠実さをとても感じさせる顔つきだった。
「ここのスタッフはギルドに住み込みで働くので、カプリ村には日常生活でもお世話になることが多いと思います。ご迷惑をお掛けすることもあると思いますけど、どうぞよろしくお願いします」
最後に深く礼をすると、三毛たち他の生徒も「よろしくお願いしまーす」と同じように頭を下げた。
「あ、いえいえ。こちらこそギルドを開設してもらえてありがたいですから。困ったことがあればいつでも言ってください。まぁまぁ、でも小さい村ですんでね。大したことはできないですけども」
ヤルビーが優しく返すと、麗央が「はいはーい! 困ったことじゃないけど質問!」と手を挙げた。
「この村の名物とかありますか?」
ヤルビーが小さく唸る。
「そこなんですよねぇ、ええ」
特に考える素振りもなく
「まぁまぁ、ないんですね。これがまた」
悲しい答えを聞いても麗央はまったく怯むことはなかった。それどころか喜びを爆発させている。
「そっかー! だったら私たちが自動的に一番てことだ!!」
「何の一番?」
セレスティナが首をかしげる。彼女でなくとも皆同じ思いだ。
「ふっふふー」
不敵な笑いのあと麗央が堂々と宣言を行った。
「この村の名物はゴッサムギルド!!」
「おおっっ!」
ギルド内が一気にどよめく。
ヤルビーも「この村に名物が……!」と感動に打ち震えている。
しかし自称名物なら誰にでもできるわけで、まずは来客数を増やさないと話にならない。
アルパカを並べてギルドの前に行列を作るという案も出たが、ヤルビーに聞くとそういう動物はいないらしい。
「バッタは結構多くいます」
代替案は出してくれたものの行儀よく並んでくれるとも思えない。サクラを使って人気店を装う作戦は泣く泣く諦めた。
最終的には
「オープン記念っていうことで、報酬をちょっとだけ高くするのは?」
という倫子の期間限定キャンペーンが採用された。
増額分のお金をどうするかという最も難易度の高い懸念事項があったはずだが、
「金庫って先生のお金だっけ? いいんじゃない」
「どっちかっていうと先生のほうがティナのお金使ってるしな」
「たしかにー」
議題に上がることすらなかった。ターコイズがかろうじて「いいんでしょうかーー……」とそわそわしていたくらいだ。




