救われし魔術の王 4
ようやくまとまった
あれから朝から晩まで会話した。
今までのこと、そしてこれからのこと。話しても話しても語り切れないそれらを、楽しそうに四人で。
だが、バルファは考えもしなかった。
自分が抗った運命の先には絶望する者がいて、その絶望に吞み込まれてしまった者がいることを……
何者にも邪魔されない朝に未だ感動を隠せないバルファは、いつも通り鍛錬をしていた。
素振りだけではなく体を柔らかくする動きや体を強くする行動を反復して、いつも通りでいつも以上に力を発揮できる状態まで体を温める。
汗が滴り、まだ少し肌寒い朝の空気には湯気が舞う。
「……良い感じだ」
何だか亜人国家に来てから調子が良い。
体に不自由がないと言えばいいのか、無意識に感じる重みがないと言えばいいのか、例えようのない解放感のおかげで気持ちよく強さを感じられている。
だからなのか、
「――――なんだ?」
この解放感が損なわれる前兆に機敏になり、太陽と月が共存する早朝にしか見られない小さな絶景が映える空を見上げた。
「足音が……――――人か? あれ」
その絶景を淀ませるやけに目立つ黒い点を視界に捉えるも、かなりの距離で正確に視認が出来ない。
ただ、本当に人なのか?
それなら足音など聞こえるだろうか、それも空からだ。
浮いたり飛んだりするのならば分かるが、まるで道を歩くような音が聞こえるとは考えたこともないバルファが眉間に力をいれたその時。
その正体が、突然降下してくるのが見えた。
「……なんか、こっちに来てる気が――――ん? あれは……」
全体的なシルエットは黒いローブによって隠されているが、隠しきれていない魔術師である者の独特の気配にバルファは一気に不信感を拭った。
目の前に降り立ち、風力によってフードがふわりと浮き上がって露わになった顔。
「〈祈願〉『着陸』」
美しさを感じさせる淡麗な顔立ち。
長く真っすぐ伸びた髪。
小綺麗な服装。
そのどれもが見たことがない。ただ、隠し綺麗なほどの異様な力がその人物を覚えていた。
「ダリィ?」
王都に訪れてから間もなくして出会った、バルファにとって初めての〝魔術師〟。
「久しぶり、バルファ」
かつては死に急いでいた形相など一片すら見えず、今はただ不思議なことに充実感をただ寄せる。
久し振りに出会ったこと、そしてあの時の殺意に呑み込まれそうになっていた少年がここまで変わり果てたことに思わず涙しそうになる。
「お、お前……生きてたなら言えって! 俺がどんだけ心配してたことか」
「悪かった、悪かったよ」
「いいよ、生きてたから。…………ったく、で? ただ俺に会いに来たわけじゃないんだろ、何か用か?」
「話しが早くて助かるよ。でも、まずはその汗を流してきてくれないか? さっぱりしてからでも遅くはないだろう」
◆
早朝鍛錬の後は風呂に限る。
熱い湯に浸かり、これから鍛えなければいけない課題を探し、いずれ〝剣聖〟を上回るためのシュミレーションを繰り返す。
とは思ってみたものの、頭の中ですら師匠に勝てる想像がつかないことに笑ってしまう。
「何を笑ってるんだ?」
「あぁ、俺の師匠はやっぱり強いなってな」
「現代の『剣聖』だったか? 話には聞いていたな――――それにしてもバルファ」
「ん?」
「お前は熱いのが嫌いじゃなかったか?」
猛暑日は活動していないと元気がなくなる。
戦ってる時の熱さと天気や物の熱さは全く違う。
猫舌ではないが熱いのは飲まない。汗を流すのは好きだが、何もしないのに汗が流れてくるような日が大っ嫌い。
かつて、二人で小さな焚火を囲んだ時に本当に嫌な表情で呟いていたことを思い出す。
「いやぁー、それがさ。もう克服しちゃったんだよね」
「いや……お前のあれは克服とか以前の問題だったような気がするけど?」
もはや〝熱さ〟という概念に恨みを持っていたバルファだ。
地面から陽炎が立つような日差しを浴びせる太陽すらも恨めしそうに睨みつけていたような奴が、まるで嫌いな食べ物が食べれるようになった子供のような克服という言葉で片付けられるはずがない。
「まっ、そこは俺が成長したってことだな。これで弱点が一つ無くなって更に強くなったわけだ」
「……そうか。なら更に強くなったお前に話が――――と本題に入りたいとこなんだが、まずは一つ聞きたい」
そう言ってダリィベランは、朝食を囲むように座るバルファ以外の三人を見た。
「お前は、戦争でも始める気か?」
「何でそうなった!?」
「この場所にいる者の個々の力が強すぎるからだよ! 何だここは! 魔素濃度が〈インぺデリア〉の非じゃない、今にも俺は圧し潰されそうだ!」
そう言われても、バルファが出来ることは首を傾げることだけだった。
「そうだ……そうだよな。お前には魔力が一切ないんだったな、分かるわけないよな」
分かりやすく落胆したダリィベランは、朝食にして量の多い豪華な食卓を指した。
「まずはこの料理だ。見た目が良く香りから察するに味も良いだろうが、こんなに魔力が含まれていては常人が食べることは不可能、魔力酔いになる以前に過剰補給で魔力回路が破壊される。作ったのは――――」
「私です」
少し嬉しそうに手を挙げたのは我が家で家事の総括をするグロディエラだった。
「グロディエラさん。貴女の膨大な魔力が料理にまで流れてしまっている、これは非常に危険だ」
「何故でしょうか?」
「元々、異常な体質を持つバルファやリルフェンさんの場合は無事だと言える。だが、アレフィティナさんは摂取し続けると魔力回路が破壊される恐れがある」
人間という存在には、その者に定められた限界値というものがある。
その代表的なものが魔力保有限界値だ。
どれだけ魔力を持っているか。
どれだけ魔力量を伸ばすことができるか。
どれだけ魔力を吸収できるのか。
どれだけ魔力を扱えるか。
基本的な指標はこの四つが挙げられるが、ここで命の危険に関わってくるのが〝どれだけ魔力を吸収できるのか〟ということである。
魔力を扱える者の体内には魔力回路という器官がある。
血管のように身体中に巡っており、その回路の道の数が多ければ多いほど膨大な魔力を蓄えることができて扱ることができるというものだ。
この限界値を超えてしまえば、人間という者は魔法を使うことが出来なくなってしまう。
しかも一時的にというわけではない。魔力回路が破壊されたことによって永遠に魔法が使えなくなってしまうのだ。
「アレフィティナさんがどれだけの魔力を持っているかは分からないけど、この生活を続けていれば確実に魔力回路が破壊されてしまう」
「え、でも私は調子が良くなる一方ですよ?」
「…………」
「それにどれだけ吸収したとしても破壊されることはないと思います。詳しくは言えないですが、私はバルと共にある限り何をされても壊れることがないんです」
運命と共鳴し一心同体となった今のアレフィティナには、様々なもの見えている。
風にそよぐ魔粒子から、彼方で蠢く魔力の動き。
言ってしまえば、魔力の動きそのものが自在に感知できているのだ。
故に、ユーリシスが言っていた〈赤縛の生鎖〉と呼ばれるものもしっかりと見えていた。
互いの左手から伸びる深紅の一本線。
結ばれている者同士を繋げることの出来る、運命の相手を示す神々が作った特殊な現象。
「当然、私だけではありませんよ。ダリィさんも感じるでしょう? この繋がりが」
「俺は〝魔術師〟だから魔力から起こることは捉えにくい。けど、それでもバルファが全員と繋がっているのは直感で理解は出来ている。それほど世界が祝福しているんだ」
「世界が祝福してくれんなら嬉しいことだね」
「リルフェンさんも大丈夫なのか?」
「ウチは……特にない。元気」
「そうか。なら良い、俺が勘繰っただけだった――――それじゃ、改めて本題に入ろう。これから俺が説明することは心して聞いてくれ、得にバルファとアレフィティナさんは関係が深い」
「……どういう意味だ、ってのは飯を食いながら聞くわ」
少しだけ締まらない始まり方から話された、これまでとこれからの情報にバルファはいつになく真剣に耳を貸していた。
「まずは、今の王都〈ファーベル〉の現状からだ。呑気に食いながら聞くのは構わないが、俺は言葉を選ばないからな」
「あぁ」
「一つ言って置きたいのは、もうバルファが記憶している王都ではないことだ。もはや〈インぺデリア〉よりもドス黒い魔力に支配された場所と言ってもいい」
人々は困窮しており、減少していく一方。
殺し、強奪、犯罪が数多く発生。
誰もが表情を修羅とし、生きているのがやっとの世界。
魔獣から守るためにドワーフたちが作り上げた防衛壁は、今や王都という監獄を囲うだけの物と化している。
それだけではない。勇者という大きな存在を失った。
数々の脅威から人族を救ってくれた勇者がいなくなったことにより、力の無い者たちは尋常ではないほどの恐怖に晒されている。
「力ある者から搾取され、力無き者は吊るされる。食べ物は王に奪われ、なけなしの残りカスのようなものはかつて冒険者と呼ばれた犯罪者集団に持っていれる。あそこは魔境だ」
これまでは魔族や魔獣と言った人類の天敵だけを恐怖していた。
それだけならば勇者パーティのおかげで〝恐怖〟という概念から逃れることが出来ていたからだ。
だが、今は違う。
「人族に恐怖し、魔族に恐怖し、魔獣に恐怖している。きっと、今まで戦力になっていた者たち以外は全員が――――――」
「…………見て来たのか?」
「あぁ……俺は空を歩いていただろう? 拠点が〈インぺデリア〉にあって通らざるを得ないんだ」
「そんな、状態になってるのか……」
「かなり酷い状態だ。しかも王城からは嫌な感覚がした。魔術師の俺では詳しくまでは分からないが、直感で言うなら…………人を辞めている、もしくは人ではない奴が何人かいた」
「それって――――!!」
強く反応を示したのはアレフィティナだった。
彼女は、この場で唯一王都で生まれ育った者だから思い入れもあるはずだろう。
「いや、魔族ではない。ただ人間を辞めてしまうほどの力に呑み込まれた者たちがいたんだと思う、それくらい禍々しいものだったよ」
一瞬、場の空気は静寂に包まれた。
アレフィティナの動揺が目に見えて現れたことによって、隣に座っていたグロディエラが背中を摩る。
いつもマイペースなリルフェンですら非常事態だということを理解しているのか、心配そうな表情でアレフィティナを見つめている。
ただ、唯一。
「それで? 俺には何をして欲しいんだ」
一つも表情を変えずに机に並ぶ料理を口に運ぶバルファの姿が目立つ。
「……知っているかは分からないが、王都の近くに魔術による結界が見えた」
「それなら知ってる。〝意思のある魔素〟がどうってやつだろ? 聞いたよ」
「知ってるなら話が早い。あれは危険だ、取り除きたい」
「分かった。俺も出来るなら頼みたかった案件なんだ、それ。で、俺は何をすればいい?」
これまでの人族の対応。
関係性。
全てをひっくるめてバルファにだって思うところはあるだろう。
「俺は魔術師のことを全て救うつもりでいる。だから今回の件は、俺以外に介入して欲しくない。きっと王都の近くで魔術師がうろついていたら人族は良い顔をしないだろう……頼む」
――――王都からの一切の横やりを断ち切って欲しい




