救われし魔術の王 3
遅くなりもうした
久々に気持ちの良い朝が来たと感じた体の目覚めは、とても調子が良かった。
これまでの冒険での疲れが一気に軽減されたことによることで、心身ともに全盛を迎えていると言っても過言ではないだろう。
朝食の前の素振り。
朝食時の表情。
朝食後の会話。
その全てに余裕をもって行動出来ている。
そして、バルファはその余裕を持て余すかのようにソファーに深々と座りながら刀の手入れをしていた。
「いやぁ、昨日は普通に話し合い出来るような雰囲気じゃなかったからな。帰って来たの失敗だったか?」
思い出すのは昨日の目的。
ジャーレンとの会話の後、話し合いを出来る雰囲気ではなかったためにそのまま帰宅してしまったことが気がかりで仕方なかった。
「良いんじゃないですか? 別に今日でも明日でも」
「……そうかな」
「バルが違和感だと感じていることを話すんですから、自分のタイミングでも良いじゃないですか」
ゆったりとした空間で茶を啜る二人の会話を黙って聞いていたグロディエラは、二人の会話に首を傾げながらも未だに布団に丸くなっているリルフェンを起こすためにその場を離れた。
「それに、もう自由の身ですから。気楽にゆっくりとするのも大事でしょう」
「……だな。昨日の夜飯の時に話してた冒険譚もまだまだ途中だったし、ディエラがリルを起こしに向かったからこれからまた始まるもんな」
自分のことは後回しにしても構わないだろう。
今まで一緒にいれなかった分も、今は一緒にいることが出来るんだから。
これ以上に平和で幸福な時間はない。
「ふふっ、でも流石に色々と付け加え過ぎですよ?」
「そうか? 体感ではこんなもんだったよ、ってのを話してるだけだぞ」
「そうですか? 私はずっと背中にいたから知っていますが、バルが誰かとあんなに熱く戦っている姿なんて一度も見たことをありませんけど……」
いつも通りの光景過ぎて忘れてしまっていた、戦いの中で生まれる緊張感。
きっと、それが無くなったのはバルファという〝剣聖の弟子〟が仲間に加わってからだろう。
見た目はそれほど強者には見えない。
筋骨隆々という訳でもなく、体が見上げるほど大きい訳でもない。本当に、一見普通の好青年以外には見えない姿。
だが、腰に携えた刀に触れた瞬間から――――誰よりも静かで、誰よりも強かった。
様々な攻撃を見切る瞳には未来が見えていた。
極限までに速く強い一振りは光すらも追い抜いていた。
魔法も魔道具も使っていないにも関わらず、その圧倒的なまでの身体能力には武神が宿っていた。
そんな彼が、まるで〝接戦の末に戦いに勝った〟なんて熱く語っている姿は何とも可愛らしく思えてしまう。
「えぇ……熱く戦ってただろ?」
「いえ、私が見たことある光景はいつも同じでした。皆が戦って多少弱った相手をバルが両断する……あまりにもあっけなく終わっていました。まぁ、それで私はまだ生きていられるんですが」
思い出すだけでも嬉しく感じてしまい、笑みを溢す。
それほどまでにバルファのことを……否、もはやバルファ以外に見ているものは無かった。
そんなことを考えてしまうと自然と頬が赤く染まっていく。
「いや、でもアイツ! アイツは強かっただろ? なんて言ったっけ――――あの変化する魔物」
「…………スライムですよね?」
「あぁ、それそれ! アイツは強かった」
「倒し方知らなかっただけでしょう? 本来なら、下級冒険者でも手間を取らない魔物ですよ」
「だってさ、見たことなかったんだ。斬撃も打撃も通さないなんて初見殺し過ぎるだろ」
正確には、通すがほとんどが無効化されてしまうが正解だ。
濁った泥水のような液体で構成された体には、ほとんどの物理的な攻撃を通さない。
唯一、スライムの魔核を破壊することが討伐できる手段である。
「ほとんどの人が下級魔法で一撃ですからね。冒険者ギルドで配られる火炎石でも蒸発しますよ」
これと言った攻撃手段を持たないスライムを倒すのなんて、物心ついたばかりの子供でも簡単に倒せてしまえるほどの存在だ。
事実、攻撃手段を持たないアレフィティナですらスライム如きと言っている。
そんなスライムに対して渾身の一撃を見舞っていたバルファの焦った姿を思い返すと笑いがこみ上げてしまう。
「……よし、次の話はこれにしよう」
「止めといた方がいいですよ?」
「えぇー、そしたら俺が話せる冒険譚なんてもうないぞ?」
「ならこれまで出会ってきた不思議な方たちを紹介すれば良いんじゃないですか? 私だって知らない方たちだって沢山いるでしょう?」
「あぁ――――なら、とっておきのがあるな」
と、バルファの心の中で話す内容が決まった時、グロディエラが寝ぼけたリルフェンを支えながらリビングまでやってきた。
「ほら、起きなさい。朝食ですよ?」
「――――う……ん、肉は?」
「ありますから起きなさい。これ以上は私が厳し……」
体格差が大人と子供と同じような二人。
ただどちらが大人なのかは一目瞭然というのが、何とも微笑ましかった。
「ほら、俺に来い。リル」
そんな懐かしさを未だに感じる二人の姿にバルファも笑みを浮かべながら、寝ぼけているリルフェンを誘導するように腕を広げた。
すると、バルファの胸元に吸い込まれるようにリルフェンが抱き着く。
「朝飯食べたら昨日の続きを話してやるから、さっさと起きろ」
「……今日は?」
「今さっき決まったんだけどな、俺が出会ってきた奴らを紹介しようと思ってな。多分これから出会うことになるかもしれないし」
「うん。分かった」
◆
これまでに出会ってきた人は数知れず、だが交流があった人はしっかりと数えられる。
出会いというのは一期一会。
昔、ギルドでの依頼を受けた時に出会った人物に教えられた言葉であった。
意味までは覚えていないが、体感していると思えている。
人族であって、人族ではない。
そういう感覚があるからこそ、バルファは様々な人物に出会ってこれたのだろうとしみじみと感じていた。
「まずは……そうだ。俺がお世話になってた宿屋のおばさんと、生活屋の姉弟から話そうか」
「生活屋って?」
「部屋の掃除とか洗濯物とかしてくれるんだよ。まぁ、その宿屋の子供なんだけどな」
子供と言っていいか分からない年頃であったが、とても懐いてくれていた姉弟。
落ち着いた空間を大切にしている宿に舌によく馴染む味付けをしてくれていたおばさん。
多くの人が入れいるような広さは無かったが、それでも絶え間なく冒険者たちが活用していた。
「良い場所だったんだ?」
「すげーぞ? あの場所にいたらどこでだって寝れるってくらいには落ち着けたくらいだ」
高すぎない優しさを感じさせる女性の声が厨房から聞こえ、若干の幼さを残した少女が笑い、目元まで伸びた黒い髪の隙間から覗かせる愛らしい目が特徴の少年。
もしも、王都に帰るのならばその宿屋でまた生活するだろう。
「あとは……そうだな、道具屋だな。俺の荷物とかお金を管理してもらってたんだけど、そこにいる空間魔法のスペシャリスト」
「エーテルさんですよね。私も同じく利用させてもらってたのでよく知っています」
「俺は魔法使えないからさっぱりなんだけどな。普通のとは違うらしいんだけどな……そいつはな、ほぼ無限に空間魔法を造れたんだよ」
「……固有の魔法、または変化した特殊な魔法というわけですね。王都には凄まじい方たちが沢山いらっしゃるようで、私も一度会ってみたいです」
魔法は進化する。
そう言ったのは誰だったか……今や一般教養になってしまっているが、世紀の大発見とまで言われた出来事だった。
これは有名な御伽話だ。
あるところに、小さい炎しか出せなくなった魔法使いがいた。
昔は魔物の数十匹すらも屠れた太陽の如き炎球を放てたのに、ある日突然蝋燭のような小さな火が指先に灯る程度しか出せなくなった。
だが、街へ襲来したドラゴンと戦って真の力に目覚める。
これまで真っ赤だった炎が姿を変え、まるで光そのもののような輝きを放つ炎でドラゴンを燃やし尽くすという実話を用いた御伽話。
「ディエラが言うなら間違いないよな」
そんな英雄譚が本棚に立てかけてられている。
ディエラもまた、同じような境遇であることから親近感が沸いているのだろう。
現に、
「ディエラさんも確か魔法が変化して……――――」
「私の場合は特殊すぎる例ではありますけどね? 厳密に言えば魔法や魔術の類には含まれない……魔法のその先にある魔導とも少しだけ違うんです」
決して未知のものではない。
だが、この世のものではない。
「人族が忌み嫌う魔術、そして万人が扱う魔法。それらが合わさった特殊なものを何と言えばいいのかは分かりませんが、私は本当の意味を込めて〝魔法〟と呼ばせてもらっています」
「……なるほど、確かに不思議な力ですね」
「でも、そんな感じのやついたよな? ほら……翼竜便以上に早く荷物運べるやつ」
「いましたね。個人で運び屋をやっている……確か、クロノスさん? だったはずです」
思い浮かべたところに瞬時に移動できるという力を持った、その能力の詳細は全く明かされていない超高速の運び屋。
バルファたちは頼んだことはないが、かなり有名なことを鑑みると相当取り扱われていたようだ。
「へぇ……確かに不思議な魔法ではありますよね。魔術のように願ってその場所に行っているのか、それとも魔法の連続使用で転移しているように見えているのか」
「まぁ、俺たちもそいつ見たことねぇしな」
「ふーん、人族ってのは以外と濃い奴らばっかりなんだなぁ」
「そりゃ人だしな。色んなやつがいるよ」
獣のような耳がないだけ。
体が平均以上に大きくならないだけ。
体の一部が何かに特化しないだけ。
たったそれだけで人間と亜人という区別がついてしまうだけで、基本的なものは何も変わらない。
二足歩行で会話が出来るならば、もうそれは人と変わらないだろう。
「でもバルが帰ってきた時に安心した」
「何が?」
「ウチら獣人は嗅覚がとっびきり良い。だから分かるんだよ、感情の匂いが」
「まさか俺が王都に帰りたいって考えてるかもしれないって思ったのか? 考えすぎにもほどがあるわ、もう嫌だよあんな場所。全然休める場所ないし」
依頼、移動、戦闘、移動、報告、休息。
休息中だって必ずお世話係が近くにいて自由がない。
今考えただけで鳥肌が立つような時間を約二年も続けていたのだ。
「魔王とやらは討伐一歩手前。勇者パーティは解散して王都は大変なことになっているだろうけど、俺は別に王都に守るべき場所なんかないからな。知ってるか? 俺って王都から逃げ出すときに王城を真っ二つにして来てんだぜ? そんなやつが帰りたいって思ってると思うか?」
「それならウチら知ってるよ。ウォーレイがニコニコしながら新聞置いていった」
「何やら大変喜んでいましたよ。すぐにどこかへ行ってしまわれましたが」
「……相変わらずだな」
「まぁ、放任なのは元々ですからね」
「ウォーレイは近いうちに帰ってくるって言ってた。それよりもまだまだ聞きたいことが一杯ある」
これまでのことを昼までに語るのは難し過ぎて、いつの間にか腹の虫が泣いていた。
それに気が付いたディエラとアレフィティナは微笑みながら台所に姿を消し、バルファとリルフェンは未だに会話を続けている。
きっと、また夜まで続くのだろう。
ただ久しぶりの団欒に見合うような時間を払えていない。
「あぁ、まだまだ色んな話があるぜ?」
今はこの時間に浸かっていよう。
いつか運命に巻き込まれるまで――――
次は違うやつを上げる予定




