黄金の夜明け Ⅰ
急いで書いたんで誤字あるかも……すいません
決して人の境界線を越えてはいけない。
例え、どれだけの理不尽が迫ろうと人間と言う存在の最大限からはみ出ることはあってはないのだ。
それは誰が何と言おうといけないことだから。
そう言って優しく少年の頭を撫でる老婆は、その少年が魔術師だと言う事を知らなかった。
少年は、全員合わせても三十名ほどしかいないような農村で生まれ育った。
発展も発達もないような変わり映えのない場所ではあったが、きっとこの世界で一番景色が綺麗な場所だと思い込めるほど美しい場所だった。
空気が澄み切っていて吸い込むだけで体が軽くなるような感覚がする。
風は穏やかで弱すぎず強すぎない、天候も週に一度は雨が降るような環境。
農村としてはこれほどまで丁度いい環境はないであろう。
だが、この世界では魔獣や魔族という人間の絶対悪が存在した。
当然、力もなにもない農民たちは〝魔〟という力の濁流に呑み込まれあっという間に押し流されてしまう。
総勢三十名の力無き人間ではゴブリン一匹でも壊滅的な状況になってしまうというのに、魔獣がやってきたなら破壊されるのは一瞬だったことだろう。
今でも、あの時の光景を思い出す。
目の前で食い散らかされる家族の体。
噴き出す血飛沫。
痛みよりも熱さ、そして急激に冷えていく身体。
何もかもを失っていく喪失感と何とも言えない孤独が心を支配していき、やがては諦めたようにゆっくりと瞼を閉じ始める。
〝願いなさい〟
いつも聞いていた声が頭で響いた。
それは母親の声だったような気がするし、いつも笑顔ではにかんでいた老婆の声のような気もした。
「ぜん……ぶ、戻して」
だが、結果は何も起きない。
未だに聞こえる不快な咀嚼音は止まることはなかった。
「み……な……を……けて」
それでも何も起きることはなかった。
代わりに聞こえてきたのは地面を踏み鳴らした足音。
農村の全員を喰い殺した魔獣は、最後の一人だけ肉体があった少年の下へゆっくりと歩いてきたのだ。
「あぁ……――――」
最初から力があれば。
こんな魔獣、何匹いたとしても倒せるくらいの力があれば。
こんなことにならずに済んだのに。
……悔しいなぁ。
もしも、今を覆す力があれば。
「……力が――――あればなぁ」
今にも消えそうな少年の願いに呼応するように、世界は微笑んだ。
〝祈願を開始します〟
世界の声は平等だ。
幸運だろうと不運だろうと関係はない。
どれだけ強く願ったか――――正解のない強さが示す〝願い〟など誰かが分かるものではない、応えが分かるのは願った者のみ。
そして、この少年の答えは……――――
「…………懐かしい夢を見たな」
ゆっくりと瞼を開いた先に見えるのは、いつもとは違う見知らぬ天上だった。
「あぁ……そうか。そう言えばバルファのとこに泊まったんだったな……」
だが、隣で寝ていたバルファの姿はなかった。
捲られた布団が時間を経て冷めていることを触って確認すると、ダリィベランは立ち上がって部屋を出る。太陽の明かりでもなく月の明かりでもない光が差し込まれた縁側の廊下を歩きながら、外を見る。
「相変わらずやってるのか」
そこには無心で木刀を振り続けるバルファの姿があった。
「本当に、あの時から変わらないな……」
今でも昨日の事のように思い出せるバルファとの出会い。
あれは、あまりにも突然で衝撃的だった。
約二年前――――〈インぺデリア〉付近の森から、二人の出会いは始まった。
自分が魔術師だということを自覚してから間もなくて、魔術師がどういう存在なのかを知ってしまった頃バルファに出会った。
その時も一心不乱に刀を振るっていて、汗まみれ。だが今と違い明るい雰囲気はなかった。
無我夢中に、まるで現実を忘れたがっている様子で刀を振るう姿。
もはや常軌を逸していて人間かと疑いたくなるほど機械的に刀を振るっていたバルファに気が付いた俺は、不覚にもバルファの間合いに一歩だけ入り込んでしまった。
流石にあの時は焦った。
目にも止まらぬ……いや、目では捕らえることの出来ない速度で振り払われた刀は衝撃波を生み俺の足元を抉り取ったのだ。
『誰だ……? 何でこんな場所にいる』
今のようなフレンドリーさは一切なく、ただただ無感情に突き付けられる殺気に腰が抜けそうになった。
『それはこっちのセリフだ。お前こそ何者だ? ここには普通の人間が来て良い場所じゃねぇぞ』
でも、その時はいつ死んでもいいと思っていたから恐怖に鈍くなっていたのだろう。
人間であるにしても、人間のフリをしている魔族であるにしても、食事や休息をまともに取っていなかった状態だった故に臨戦態勢を取ってしまった。
『……勇者って知ってるか? 俺はそのパーティの攻撃役をしてんだ。お前こそ普通の人間のクセに何でこんなところにいるんだよ』
だが返答はとても力無いもので、どちらかと言えば何かに落胆した側の人間の言葉に聞こえた。
強く吐き気を催すような濃密な殺気を向けてくるわりには活力を感じられない。
それでも油断なんてしない。
相手は人間で、俺は魔術師だ。
生活している世界は同じでも扱い方はまるで違う人種。
『魔獣に村を滅ばされた、俺はその生き残り。ここには魔族がいるって聞いて来た。復讐のためにな』
『……無理があるだろ』
『何故だ?』
『戦うにしてもお前は近接向きな体じゃない。ガリガリに痩せているし、何よりも獲物を持っていない』
『魔法があるだろう』
『あぁ、魔法があったな。生憎と俺は魔力を全く持ってないらしくてな、そこら辺のことは一切分からないんだ。ごめんな』
『魔力が一切ない……そんなことがあり得るのか?』
『分かんねぇ。でも俺からは何も感じないんだろ? つい最近にもお前と全く同じ反応をされたよ』
『つい最近って言ってもここらに人は済んでないだろ』
『こんな深い場所じゃねぇよ、もっと手前だ。魔術っていう便利な力使って生活してんだよ……――――あっ、これ言っちゃダメなやつだったわ』
その瞬間からだった。
何でかは分からないが、大丈夫だと思ってしまったんだ。
妙な信頼というか、信頼できるような気持ちが湧き出てきたというか……何とも不思議な感覚になったのは。
『魔術……お前は魔術師の知り合いがいるのか?』
『そうだけど? なんか悪いかよ』
『いや――――お前が何やら凄い奴ってことは分かったよ』
あの後からは瞬く間に打ち解け合った。
バルファはとにかく物事を難しく考えるのが苦手で魔術師を便利屋程度にしか思っていなかったらしく、魔術で食い物を出せたり、寝床を出させられたりしたが……それ以外には何もなかった。
何より、一番驚いた言葉はこれだ。
『魔術も魔法も俺には同じに見える。俺はそのどっちも使えないから』
聞いた時は驚きのあまりに思考が停止した。
何気ないその言葉で涙が出そうになった。
「運命……か」
例えば、この世界に魔術師を否定しない人間が存在するのならば……
なんて妄想を魔術師はどれだけ考えたことだろう。
叶うならば平和に暮らして生きたい。叶うならば魔術師として生きて行きたい。そんな思想をどれだけ夢見たことだろう。
「バルファは架け橋だ。魔術師の平和を現実にする大事な存在……そして、俺の初めての友達だ」
決して失うわけにはいかない希望だ。
そのためだったら何でもやる。
ここから先にどれだけの困難が待ち受けていようと、跳ね除けてみせよう。
そのために力を蓄えてきたんだ。
きっと、今回の問題は一筋縄ではいかないだろう。
人族、亜人、魔術師、それぞれが関わる大きな出来事になるはずだ。
「俺も日課を始めるか……」
冷たく……それでいて、どこか心地の良い風が体に触れる。
「おはよう、バルファ」
「おう、早いなダリィ」
「魔術師だからこそ体には気を使ってるんだ。健康でいないとな」
「あれから鍛えてるっぽいなぁ。どうだ? 俺と模擬線でもやるか?」
「魔術アリならいくらでもやってやるよ。負けても拗ねるなよ?」
「ハッ、上等! お前こそ吠え面かくなよ?」
世界は今変わろうとしている。
たった一人の青年と、魔術師を救う一人の青年によって…………。
どこまで、どのように変わるのかは世界だけが知っている。だが、決して楽な道ではないだろう。
彼らには彼らなりの苦難を乗り越えなければならないのだから。
夜明けは――――まだ遠い。




