救われし魔術の王 1
孤独と孤高。
一人と独り。
似ているようで、本質が全く違う言葉。
〝孤独〟というのは〝独り〟と似ている。
その場所で、その者以外に同じような者たちがいない。
故に、群れることが出来ない。
役割が違うのではなく、存在そのものが違うから他者が同じように歩むことが出来ないのだ。
その者たちは生まれた時から独りに生きる事が強いられている茨の道を歩いて生きてきているのだから、誰一人寄せ付けない強さを持っていてもおかしくはない。
それが精神的だろうと、身体的だろうとだ。
そして、〝孤高〟と〝一人〟というもの似ている。
最初は誰かと同じような者だった。
力も知力も皆が平等な世界に生まれた、至って普通の者たち。
そんな普通の者らが、研鑽し続けた成れの果て。
誰も隣を歩いてはくれず、誰もついてくることはなく、一人で愚直に進み続けた結果。
洗礼され、研ぎ澄まされ、もはや他者を寄せ付けない力を物にした存在。
ようするに、
最初から誰かと違う存在だった者。
最初は全員同じだったが、誰よりも先に進んだ者。
不思議だと思う。
似ているようで違うのに、どうしてかこれらは引き寄せ合うのだから。
勇者と魔王。
異常と異質。
何気なく引き寄せ合うのではなく、それはまるで運命のように存在同士が自然と惹かれ会っているようにも思えるのは――――
「良い夫婦じゃったなぁ」
歳を忘れるほど長く生きてしまったからなのだろう。
「……そうね。まるで英雄のために生まれてきたみたいな感じだわ」
「ごもっともじゃわい」
「まぁ、でも……バルファほど一人が似合う存在もあまりいないな。何にでも溶け合うのに何とも混ざらない異質な雰囲気を育てるなんてことは、普通じゃない」
「バルのことを良く知るなんて奴はウォーレイくらいなもんじゃろ。育ての親であり、剣の師であり、バルを拾ってき張本人――――そう言えば、あいつは何をしてるんじゃ? バルがいなくなったと同時期くらいに姿を消したが」
「二ヶ月前に一度だけ手紙を寄越したの最後じゃない? あの短い文章の確か――――」
『バカ弟子が帰ってきたら帰る』
「……あの自由人が」
「まっ、待つことには慣れているしいいんじゃないかしら? どうせ会っても私たちに何かあるわけでもあるまいし。問題は、さっきのことでしょう?」
王都〈ファーブル〉の真下に広がる森林域、そこに存在する〝意思のある魔素〟。
エルフ族の王であるナタリアルバはそれを気楽に見過ごすことは出来ないのだ。
魔術でも魔導でもない、魔法が関わっているというのならいつも通りにはいられない。
「こればっかりは人族の対応待ちじゃな。流石に今回は見逃せん」
古来より種族間で躱された契約に近い約束を破っていたなど、亜人の王であるジャバウォックが許すわけにはいかない。
それに謝状も無しでは会話する気も起きないというものだ。
「ナタリ、ゆっくり進ませるって言っただろう?」
「それでもこれはエルフの問題よ。流石に人族である彼に頼り切っりってわけにはいかないわ」
「そのことに関しては心配いらないかと思いますよ? ナタリさん」
「メイガスちゃん?」
「バルに手助けすると逆に事が上手く運ばなくなる可能性があるんですよ」
誰しも事を運ぶときは足並みと歩幅があるものだ。
それが遅かろうが早かろうが、一定の速度で徐々に進んでいく。
だが、バルファの場合は例外なのだ。
「彼のペースに合わせるくらいなら偶然を必然に変えるほうがまだ簡単ですから」
事を運ぶということ運命と例えるならば聞こえは良いことだろう。
ただ、問題と捉えると急に聞こえが悪くなる。
生きているならば誰しもが運命と寄り添いながら生きていく。
どれほど残酷なものだろう生まれた時から決まっていることに少しの変化を加えながら、見えないレールの上を寿命というゴールまでゆっくりと進んでいくものだ。
「バルの場合は問題の方からやってくるんです。きっと近いうちに大事を起こして、ついでのような感覚で解決してくれますから」
彼女――――メイガスもまた、バルファの運命の相手。
それを心から理解しているからこその発言だった。
「へぇ……随分と彼を信頼しているのね」
まるで、夫婦みたい。
なんて言葉は続かなかった。
ただ、ナタリアルバの目にはそう映っている――――いや、もしかしたらここにいる全員が感じ取ったかもしれない。
「もちろんですよ」
だって、バルが言っていたんだから。
過去だろうと、歴史だろうと関係はない。
結婚しているようと、夫婦だろうと関係はない。
バルを頼っていいのは、私の特権なのだから。
「私以上にバルを頼る人はいないでしょう。そして私の信頼をバルが無視するなんて、例え運命だろうとできやしませんからね」
朗らかに笑って答えるメイガスの表情に、全く知らない誰かの影が一瞬だけ重なった。
◆
酸素に重りでもついているのかと錯覚してしまうほどに息が詰まる、そんな場所にまだ生きていると感じてしまうほどに生命力が湧き出る街並みがあった。
この結界を一歩でも出てしまえば瘴気に侵食されるか、魔獣に食われてしまうような超が付くほどの危険地帯の名は〈インぺデリア〉。
かつて魔族と勇者たちの激しい戦いがあり、一線を駕すような強者でもない限り踏み込まないような荒れ果てた土地でもある。
視界を淀ませるような濃い瘴気と体だけではなく精神にも影響を及ぼすほどの重さを感じさせる魔力が溜まる場所には、複数の人影があった。
全員が黒いコートを身に纏い、老若男女問わず集まっているその光景は異質に感じられる。
「はい。これ着てれば〈インぺデリア〉の瘴気とか気にせずに暮らせるからね」
「…………ここは」
幼い男女と手を繋ぎ当たりを見渡した一人の女性が、黒いコートを渡してきた一人の少女に話しかけた。
「ここは私たち魔術師と呼ばれる者たちの拠点よ。どう? 凄いでしょ」
「魔術師の……居場所?」
「そう! 居場所のない私たちの場所。楽園と言い換えてもいいかもね」
世界の理とは少しずれた力を手に入れてしまったが故に、世界から見放された魔術師という存在。
今も周りを見渡せば誰しもが魔法や固有の能力は違う力を使って生活している。
願えば、食べ物を造り出す者たちがいる。
願えば、家を建て直せる者たちがいる。
願えば、傷を癒せる者がいる。
目の前には衣類を造り出している者たちがいる。
「こんな場所があったなんて……――――そうだ、私たちを助けてくれた……」
「ダリィベラン――――この居場所を作った私たちのリーダーだよ」
「今は……どこに?」
「あぁ、急用って言ってたね。何でも知人に会いに行くんだってさ、珍しいよね」
〝珍しい〟というのは魔術師に知り合いがいることを言っているのだと伝わった。
魔術師というのは人族とは敵対とまでは言わないが、対立しているものがある。
殺そうとする側と殺されそうになる側。
幼い時期……早ければ言葉も話せない頃に命を落としてしまうかもしれない運命にある魔術師にとって、人族はもはや〝敵〟と言って過言ではない。
「魔術師に知人なんて出来るものなんですか?」
普通に暮らしていれば亜人の知り合いが出来ることの方が珍しい。
人族には狙われる側になってしまっている。
もはや、魔術師同士以外では仲間は作れないような場所に立っている。
「さぁね。ただ言えることは、ダリィが連れてくる人は信用も信頼も出来るってことだけ。例えそれが人族であろうと亜人だろうと……なんだろうと、その人物を信じる」
「そのくらい、俺たちはあいつのことを信じているのさ。ほら、食いな」
彼女の言葉を続けるようにバケットの中に大量の食べ物を摘めて渡してきた大柄で優しそうな男性は、服にしがみ付く二人の子供を見るに「双子なんて珍しいな」なんて呟きながら果実を手渡して頭を撫で回す。
「取り合えず、この後のことは説明するさ。まずは着替えて飯食ってからだ」
空は排水溝にこびり付いたヘドロのような色が渦巻くように漂い、見渡したところで目を見開くような絶景はない。
ただ、そんな場所には笑顔が溢れる平和な世界が存在する。
魔術師の楽園――――そして、魔術師を救う救世主ダリィベラン。
彼女は、人生で初めて自然と笑みが溢れた。




