幕間 1
地震がやべぇ。
雨がやべぇ。
最初は誰かが言っていた。
「北の方で大量の化け物が出たらしい」
「あぁ、亜人国家の方だろう?」
「人間と亜人が不仲になったのは国王と勇者のせいらしいが、それでも物資を届けない亜人たちに天罰が下ったのは嬉しいよな」
「そうか? 亜人たちがいなくなったら俺たちは生きていくのが難しいんだぞ? 個人的には日に日に人族が変化していっていることに不安があるよ」
平和大陸の中心にある王都では、あることが話題となっていた。
それが――――亜人らへの天罰。
現在、人族らは非常に困窮している状態である。
理由は単純で食料を届けてくれる亜人たちの支援が完全に途絶えたことにあった。
食料の確保だけを言うなら人族の中で栽培・家畜しているものはある。だから食べるだけなら出来るのだが、如何せん量が足りていない。
故に腹が鳴る、満足感が得られない、苛立ちが徐々に積み上げられていく。
これまで潤沢であった生活が急激に変化していき、今では王都と呼ばれる場所もそこらにある村々とあまり変わらないような雰囲気であった。
だからこそ、その人物の本心が様々なところで飛び交う。
「勇者も国王も何してんだよ。なんで人族のトップは無能なんだ」
「国王なんて城から出てこないらしいぞ?」
「当たり前だ。俺たちが作った食いもんを取り上げるだけ取り上げて、本人は何もしねぇんだ。外に出たら自分がどんな目に会うかよく分かってんだよ……あの豚野郎は」
「まぁ、もう守ってくれそうな奴いないもんな。それこそ騎士団と〈|三聖《さんせい〉くらいだろうし……って、アイツらが出てきたら流石に俺たちは何も出来ねぇか」
「ハァ……やり直してぇな。それか、亜人の国が滅んでたら食料だって取りに行けたのにな」
肥料を運びながら、肉を解体しながら、冒険者として依頼を終え帰りながら、様々な鬱憤を晴らすようにと会話を弾ませる国民たち。
全てに共通し結びついているのは、〝亜人への怒り〟と〝国王に対する罵声〟であった。
国王に関して言えば当然と言えるだろう。
そもそも食料難になってしまった原因が、国王である人間が種族間での歴史的契約を破ってしまった行為にある。
元々、人族という種族は亜人を軽視するところがあるが、どこから植え付けられていったかは分からない無意識的な差別が存在してしまっている。
周りが。
親が。
友人が。
国王が。
亜人という種族の総称について敬意を払っていないことでそう思わせてしまっているのだ。
しかし、人間という種族は考えを改めることはしない。
ここまで困窮しているならば、尚更のことだ。
そこらに痰を吐き捨てるかのように暴言を吐いては、歯が砕けてしまうのではないかと思わせるほど歯ぎしりを起こす。
どうして俺たちが農業なんてしなくてはないらないんだ。
俺たちは冒険者として金を稼いで生活してきたんだ。
自由を求めて。
環境を求めて。
強さを求めて。
名声を求めて。
誇りを求めて。
それなのに……なんでこんな生活になっているんだ?
またどこかで不平不満が聞こえる。
またどこかで怒号が聞こえる。
またどこかで誰かの泣き啜る音が聞こえる。
またどこかで……――――――誰かの笑う声が聞こえた。
◆
優しく心が休まるような温かさに包まれる。
背筋を伸ばせば間抜けな声を出し、体がボキボキと軽快な音を鳴らした。
「……あぁ、昨日ははしゃぎ過ぎたな」
少しだけ声が掠れているような気がしたのか、バルファは外の空気を吸い込み一旦家に戻って水分を補給しようとすると背後から水の入ったコップを差し出される。
「はい」
その正体はアレフィティナだった。
彼女もバルファと同じ時間軸で生きて来た経験があるからか、まるでバルファが水を欲しがるのを予期していたかのようなタイミングで訪れる。
「お、ありがと。二人とも起きた?」
「リルは扉の音で、ディエラは朝食作りに取り掛かっていますよ。というよりも、バルが起き上がった時に私たちは目を覚ましましたよ?」
ふふ、と余裕がある笑みを浮かべるアレフィティナを思わず魅入ってしまう。
「…………? どうかしましたか?」
「あ、いや? 自然体で過ごしてくれてるのを感じて嬉しく思っただけだよ」
勇者パーティに参加した直後の一ヶ月ほどしか見ることはなかったアレフィティナのその笑みに懐かしい気持ちと嬉しい気持ちが半々になって見つめてしまっていたバルファは、青くなりつつある朝の空を見上げた。
「久しぶりだよな……こんな緩やかな時間を過ごすの。無事に終わったとは言え、つい一昨日までとんでもねぇ戦いしてたんだぜ?」
「……ですね。まさか私自身が戦いに参戦することになるとは思いませんでしたけど、バルの力になれたことは心から嬉しく思いますよ」
まぁ、もう二度とあんな戦いはしたくありませんけどね。
そう言いながら、アレフィティナはバルファが持つ空いたコップに水を注いだ。
何気なく当たり前のように行われた水を生み出す魔法に、バルファは目を見開いた。
ほんの少しの魔力、初級回復魔法以外に魔法は使えないと言われていたアレフィティナが、目の前で当然かのように水魔法を使ったのだ。
「――――使えるようになった……というのは語弊があるかもしれません。何て言うか、あの方と切り替ってから使えるようになったんです」
名は聞き取れず。
姿は見えず。
ただ、その存在は〝自分〟であるということだけを理不尽にも体に叩き込まれるような感覚は忘れることはないだろう。
意識はないのに体が動いている感覚が分かるなど、伝えようのない感覚だから。
「ちなみにティナさ、あの時の戦いを全部覚えてるか?」
「えぇ、もちろん。忘れたくとも忘れられませんよ? バルは特に変わりはなかったですけど、私は結構なこと言ってましたしね」
「結構なこと?」
「なっ!? ちょッ、何を言わせる気になっているんですか! 思い出しただけでも物凄い恥ずかしいんですからね!?」
「あぁ、いや……さ」
頬を赤らめているアレフティナのことは確かに珍しいと感じたし懐かしいと感じた。
初めてではないけど、久しぶりに見るその表情を少しだけイジってしまいそうになった。
だが、それを堪えてでも聞きたいことが出来てしまったのだ。
「俺――――――」
の、続きを言う前に丁度よく背後の扉が開いた。
「二人共、メシだよ」
扉から顔を覗かせていたのは未だ瞼を閉じたまま気怠そうにしているリルフェンの姿だった。
「あっ、リル! 外に出る時は服を着なさいって言ったでしょ!?」
「いいじゃん。朝だもん」
「そういう問題じゃありません!」
まるで母親と娘のような会話で、バルファの言葉は綺麗に切られてしまった。
バルファは思わず唇を固く閉じる。
「(俺は……あんまり記憶にないんだよ、とは言えそうにねぇな)」
確かに記憶にあるのは――――既に『戦場』に立っていたということ。
〝剣聖〟という言葉でぼやけていた意識が一気に目覚め、不相応な自信に支えられたまま少女を斬った記憶がやけにこびり付いている。
「バル、メシだよ?」
少し呆けていたのか、二人が扉を開けて待ってくれていた。
「あぁ、悪い」
少し小走りで二人の下へ行って、リビングへと向かう。
そこには既に大量の食事が並べられていた。
「お帰りなさい、三人共。準備は終わっていますよ」
料理の量もさることながら、その品数も多い。
「ディエラ? これ、一人で作ったのか?」
「ティナのおかげで体の調子がとても良くてですね……作り過ぎてしまいました。すみません」
「いや謝ることはないって、逆に体の調子が良いなら良かったよ。リルもディエラもかなり重傷だったからな…………」
「ウチ、もうあんな不覚はとらないし」
「私も同様です」
フリートたちにつけられた傷跡は綺麗に治ってはいる。が、それはあくまで外側の話しである。
四肢の欠損、魔力の枯渇、大量の出血、無数に重ねられた蚯蚓腫れの痕。二人は拷問とも呼べない無慈悲な暴力を受けたのだ。
よほどの戦闘狂でもない限りは、心に陰りを持ってしまってもおかしくはない。
「本当に大丈夫か?」
「なら逆に聞くけどさ、バルなら大丈夫じゃないわけ?」
「余裕でしょ」
「それでしたら、バル様と共に暮らす私たちが大丈夫じゃないわけがないじゃないですか」
心配という概念が入る余地すらもない強かな心。
まるで、あの痛々しい傷なんてものを感じさせないような振る舞いであった。
「さっ、せっかくディエラが沢山作ってくれたんですから食べましょう? これからのことは朝食を食べ終わってゆっくりしながらで良いじゃないですか」
決して広いテーブルではないものの、四人くらいなら余裕をもって座れるようなテーブルにずらりと所狭しに並ぶ品々。肉から魚までの全てが選んで食べれてしまえるような量の多さと、鼻腔をくすぐる料理の香りがバルファの体を反応させる。
「ほら、冷める前にたべよ」
「まだ完全に回復していないのはバルファ様も同じ、寧ろバルファ様の方が心身ともに癒えていないんですから」
リルフェンとグロディエラに誘われ、背中からはアレフィティナが後押しする。
ついでに腹からも「空腹だ」と音が鳴り、バルファの煮え切らない気持ちを悉く後回しへしていく。
「ちゃんと食ったら、それぞれの確認からだからな」
空腹に誤魔化されそうになっている自分を戒めるように、何事もない平和な日常が訪れた『今』を味わうように、ようやくの団欒を噛み締めるように…………。
それぞれの思いが交差する食卓の時間を楽しそうに始めた四人は、心の底から笑っていたように見えた。
第二章を考えていたら、いつの間にかこんなに日数が経ってました。
これから精進します。




