運命覚醒 10
未だに納得はしてないけど投稿します。
遅くなりました。
広がり続ける地獄を……ただ静かに見つめる。
でもどうしてだろう――――
「――――静かだ」
耳を澄ましても聞こえない距離にある亜人国家の正門の奥から誰かの悲鳴が聞こえる。
空からは……メイガスとジャバウォックの声だ。きっと助けに来てくれようとしているのだろう。
森林の方は何も聞こえないな。それくらい平穏としているのが丁度いい。
「調子が良い……のか?」
刀を常に振り続けていた疲労は感じられない。むしろ身体中がほどよく温かく、力が漲るくらいだ。
握力が落ちてきた右腕もいつの間にか震えが止まっている。
そもそも、まるで雪崩のような圧力を感じさせる異形の軍勢の足音の一つ一つが聞き取れるほどに集中出来ている状態など戦いの中で起こるものなのだろうか?
恐怖。
焦り。
不安。
何も感じない。
むしろ――――俺になら出来るだろうという自信だけが湧いてくる。
「あぁ、いつもなら俺は無我夢中になっているんだな」
魔族と呼ばれる存在と対峙する時だって、
魔獣に四方を囲まれた時だって、
盗賊に寝込みを襲われた時だって、
全部、冷静でいたつもりだったのだとようやく実感できた気がした。
『仲間を守らないといけない、助けないといけない』
そんな焦りがバルファの中に常にあったのだろう。
特に……勇者パーティの時はそうだったと感じる。
きっと誰もアレフィティナを助けたりなんかしない。
誰かが切り離れそうになったらまずはアレフィティナを切り離す。
そう物語るフリートたちの瞳が、無意識にアレフィティナを〝助けなければいけない〟と思わせていたのかもしれない。
ふと――――誰もいるはずのない背後を見た。
「いないんだよ……守るべき存在なんて」
亜人国家で平和に暮らす仲間も、
少し離れに住む自分の家族も、
名前も知らない誰かも、
全部〝守る〟必要なんてなかったんだ。
何故ならその全てはたった一つの答えで解決できる。
自分にそれがやれるかなんて未来のことなんて分からないけれど、確かにその答えで全てが解決できる。
「俺が〝強く〟あれば勝手に全部守られてるはずなんだ」
まるで走馬灯のように湧き上がる数々の思いでは、今はいい。
まずは目の前に迫る敵を片付けることが先だ。
考えて……感じろ。
俺になら――――出来るだろ?
「〈領域解放〉ッ!!」
今だから理解できる歴戦武具の力。
無意識に共鳴していたのか……この力はいつの間にか使えるようになっていたものだ。
それは、視界に入るものに刃を届かせる力……。
術式の結界のように目に見えるものではない。防御魔法のように魔力を構築して作り出す必要もない。
故に、バルファ以外には不可視の斬撃を届かせることが出来る。
「〈神滅十剣〉――――」
あぁ、理解している。
まるで分からなかった歴戦武具というものが、不思議と手に取るように理解することが出来る。
「闘気を…………」
今までなら一時的に流し込み一度で解放してきた「斬絶」のやり方は間違っていた、否……非常に効率が悪かった。
まるで歴戦武具が語りかけてきているようだ。
もっとよこせ、と。
下手な使い方をすれば死に至るのが『闘気解放』という技法。
怒りを莫大なエネルギーに変換し体のリミッターを外すということは、無茶な体の使い方をしているということ。
消耗する生命力というのは計り知れないものとなっていることだろう。
だが、そんなことは気にするまでもない。
持っていくなら持っていけ。
一人の命が消耗するだけで、何千何万の仇を取れるなら喜んで差し出すそう。
俺の命でここが救えるなら……一番最初にくれてやる。
その時、刀に込められた闘気が色を変えた。
まるで晴天の蒼穹に浮かぶ雲のように純白だった闘気は見る影もなく、この世ものとは思えないほど赤黒いものへと変色していく。
「霊剣――――「災いを断つ殲剣」
水平に一閃、群青の刀身が軌跡を描いた。
少し雲がかかった朝焼けを終えた空、その空に浮かぶ雲が途端に押し退けられる――――
「…………ッ!!?」
その時、戦っていた者も戦っていない者も空を見上げたことだろう。
だが、バルファの視線は異形を壁のようにしていた少女を真っすぐに見つめていた。
そして少女の隠されていない左が大きく見開いたのが見えた。
向こう側が見えなかったはずなのに、一瞬にして異形の体が上下に分かれたから?
違う。
亜人国家の端から端まで囲っていたはずの異形の呪力が、全て一気霧散したからだ。
平和大陸の最北端に位置する亜人国家。
逃げようにも背後には大海が、立ち向かうは異形の軍勢が選択を迫っていた。
海に殺されるか。それとも異形に無慈悲に殺されるか。
その選択を、たった一人の人間に覆されてしまったことに言葉も出なかったのだ。
バルファが青い軌跡を描いた姿が、目に映った。
「…………そういうことね」
刀を振り抜いた右手には、自身の右目にも刻まれている『印』が見えてしまった。
「もう君、覚醒してたのかよ――――」
痛みはない。
自分の体すらも呪力で造り出したものだったから。
ただ、下半身が灰に変わる姿がやけに遅く感じた。
「どうも……君に宿った者は、自分とは格が違うらしいね」
過剰な戦力も、これから発動するはずだった術式も、全部ぶった斬られた。
それが雑兵だったら皆殺しにしていたはずなのに。
それが英雄だったら圧殺していたはずなのに。
これが王都だったら流し見るかのように滅亡させられたはずなのに。
「あははは、反則だよ……そんなの」
今更、冷静に周りを見てみると亜人国家全体を囲むように強力な防御魔法と結界術式がしいてある。
いつの間にか正門にはジャバウォックが仁王立ちしていた。
だが先程までとは違う様子だ。
例えるなら……ただ誰かの帰りを待っているかのように見える。
「――――はぁ……」
あぁ、あっけなく終わってしまうらしい。
魔術師であり魔法使いだった自分だけが出来た、自らの体を作り直すという神業。
偽物の勇者が倒してきた魔族、人族、魔獣、全部を合わせて数々の異形を造り出した。
勇者パーティという戦力だって異形に変えてやった。
自分が生きていた時代ですら、ここまでやったことはない。
そう言えるくらいには、都合良く最高な戦力を手に入れられた。
普通なら余裕が生まれてしまうほどに順調に暗躍出来ていたと思っていた。
でも、
「君にぜーんぶ……壊されちゃったなぁ」
はたして……自分が油断していたと断言できるだろうか。
本当ならば一瞬にして奪い去るつもりだった。
計画など練らずに理不尽で圧倒的な力で、瞬く間に国を落とせるはずだったのだ。
灰が舞い上がる空。
快晴の蒼穹には、まるで雲のように見える。
「……――――まぁ、君と話すのは楽しかったよ。もしも君が自分の歴戦武具を持っていたなら相性が凄い良かったんだろうね」
そして少女は、いつの間に近づいていたバルファの刀を指した。
「その歴戦武具は相性が良いというよりも、運命が同じだったみたいだけどね? どこで手に入れたのかな?」
「師匠が俺に贈ってくれた。それ以外は全く分かんねぇ」
「そっか……なら、君の師匠は多分知ってるね」
〝世界の意思〟
〝運命の覚醒〟
〝勇者の宿命〟
「喋りたいことは沢山あるけど、時間がない……し……ね」」
「ちゃんとあの世で償うんだな。俺があの世に行った時に償い終わってたなら、色んな話しをしようぜ」
体が徐々に姿を変え、少女であったものは灰に変わる。
まるで何事もなかったかのように、欠片も……その少女がいたと言えるものは残らなかった。
ただこびり付くようにバルファの記憶に置いていかれるだけ。
「――――最後はちゃんと笑うのかよ」
思わず天を仰いでしまった。
少女がこれからやろうとしていた事には腹が立つ。
少女がこれまでやって来たことにも腹が立つ。
少女の人生には、偽善だと言われようとも悲しく思う。
様々な出来事が人を進化させる。
それでも、この胸で渦巻く感情を進化と言って良いのか分からない。
「…………ふぅ、とにかく全部終わったな」
ファンファーレなんてものは聞こえない。
ただ戦いが終わった後の、このやけに広く見える視界が心地良かった。
太陽が日照り、雲が揺蕩うこの光景。
どうしようもなく平和である世界に戻ってきたのだと教えてくれるようで、今まで気張っていた気が抜けていく。
「バルッ!!」
あぁ……王様。
俺は、ちゃんと…………
ジャバウォックの声を最後に、意識がどこかへと誘われるように深いところへ向かって行った。
◆
肉体とも
精神とも
意識とも
どれとも離れたような真っ暗な場所に立っている感覚。
そして目の前にある一本の刀に手を伸ばした。
――――ニュチャリ……
まだ生暖かいその感触が柄を握った瞬間に伝わってくるが、理解する前に刀を鞘から抜いた。
すると、どろりと流れる大量の血潮。
体に飛び、顔にかかるそれをふき取っては眺める。
そしてようやく実感するのだ……
あぁ、これが守りたいものを守ってきた代償なんだ。
思いと思いの衝突があれば、いつだって争いが起こる。
戦いがあって、誰かの命が奪われる。
血の流れない争いなんてものは存在しないのだから。
一人。
一匹。
一体。
その命には全て意味があり、誰かに大切にされている。
それを奪い合うというのだから悲劇なんて言葉では済ませないだろう。
俺がやればいい。
俺が頑張ればいい。
俺が、俺が、俺が…………
そうやっていく内に、いつの間にか実感できなくなるほどまでに狂っていたようだ。
あぁ、圧し潰されそうになる。
この孤独感に。
この寂しさに。
この罪悪感に。
あぁ、圧し潰されそうに――――――
「大丈夫ですよ。私はいつまでも貴方の隣にいますから……例え嫌だと言われようとも、私はずっと貴方の隣にいますからね?」
真っ暗な一つの空間に亀裂が走った。
この闇から、無理やりにでも連れ出そうとしてくれる光が温かさをくれる。
ゆっくり……ゆっくりと――――
瞼が開いた。
こないだ、スノボ童貞を卒業したんですよね。
でも卒業の代償が全身筋肉痛とか全く洒落になんなかったですわ。




