運命覚醒 9
ゆっくりと瞼を開けば、いつも通り見知った天上が一番最初に目につく。
木目が見える板が真っすぐ並べられた天上、その内部に埋め込まれた魔力を通すことで明るさを調整できる魔石は今まで暗闇にいた目に優しく灯りをくべてくれる。
徐々に……徐々に意識が覚醒していくにつれて、これまでの記憶もついてくると体が飛び上がった。
「勇者……ッ!!?」
グロディエラの結界を超えてきた勇者たちに一方的に打ちのめされた記憶。
自分を囮にグロディエラまで血塗れになった記憶が、体をぞくりと震わせた。
そして周りを確認すると――――
「おはようございます」
見知らぬ女性が湯気が立つ紅茶を啜っていた。
「……アンタ、誰?」
見た限りでは〝強く〟はなさそうである。
それでもどこか本能が体を凍らせた――――彼女に害を与えるな……と。
「初めまして……で良いのかな? 私はアレフィティナと申します。気軽にティナって呼んでくださいね、リルフェンさん」
「初めましてで良いのかって……アンタとウチは一回も会ったことないはずでしょ?」
「……まぁ、私自身もそうなんですけどね。何ででしょうね? 不思議と初めての感覚がなくてですね、馴れ馴れしくてすみません」
何を言ってるんだ?
普通なら初対面の相手にそんなこというか?
だが、リルフェン自身にも〝初めての感覚〟がなかった。
匂いや容姿ではない……もっと違う何かの部分が大丈夫だと言っているような安心感を、アレフィティナを目にした瞬間に感じていたのだ。
「……いや、全然」
首を振って「すみません」と言ったアレフィティナを否定した。
「ウチも……分かんないけどポカポカするからいい」
バルファの近くにいる時とはまた別の温かさが、体を温める。
まるで本能が欲求する安心感を満たされているような気がして、強張っていた体からはいつも間にか力が抜け切っていた。
「でも、謝らないといけないこともあるんです」
「どんなこと?」
そうしてアレフィティナはソファから立ち上がると、リルフェンの隣で眠っているグロディエラへ寄り添うように座った。
「ここら一帯は元に戻せたのですが、彼女の魔力だけが元に戻らなかったんです。徐々に戻りつつはあるんですが、それでも完治までは出来ませんでした」
何を言っているのだろうか?
もしかして、
「魔力まで回復させようとしてたの?」
そんな馬鹿げた話しがあるわけがない。
魔力というのは持ち主によって溜め込める量が決まっている。グロディエラの場合は吸収し続けることによって、自身の体内で起きている事象を抑え込んでいる状態なのだから回復させようとすること自体がお門違いなのだ。
「もちろんです。彼女の体に染みついた〝魔素溜まり〟は消えたので、もう他からの魔力の供給は必要がなくなっているはずなんですが……〝魔素溜まり〟を無理に治してしまったことで、これまでの体の状態と今からの体の状態では全く違うことが起きている場合があります。自然な回復を待つしかないのが現状です」
彼女が亜人国家の大地で見つかった理由の一つでもあり、グロディエラ自身の残虐な過去を作りだした原因でもある〝魔素溜まり〟。
主に生物に発現するはずがない〝魔素溜まり〟は、治す治せないの問題ではなかったはずだ。
だが、リルフェンの視界を埋めるアレフィティナは当たり前のように治したと言った。
「治った? 〝魔素溜まり〟が? どうやっ――――いや……今はそんなことはいい。ウチにとってディエラは姉妹みたいな存在なんだ。助けてくれてありがとう」
「いいんですよ。私も二人のことを任されたので、期待を裏切るわけにはいきませんでしたからね」
「任された……? 誰に?」
ふっと蠟燭の火を消した後のような静けさに包まれた。
外は明るみ始め、太陽が昇り始めている時間。いつも通りの一日の始まりと同じような朝だった。
そんな朝の景色を見ているのか、それとももっと遠くの何かを見ているのか、アレフィティナは外を見つめた。
「私の英雄、そしてこの国の英雄でもある。きっと……貴女たちの英雄でもありますよね?」
「まさか――――」
「また……戦ってますよ。ここにある全てを守るために」
◆
いつの間にか、空が青いことに気が付いた。
「はぁ……はぁ――――ふぅ……もう、お終いか?」
代わりに、その瞳に映る景色は灰色に包まれていた。
もう何体目かも分からない。
目の前の少女が刀身のない剣を振るれば、異形が生み出される。
人間のような姿、魔獣のような姿、時には何百とも合成されているであろう異形らが休むことなく進撃してくる。
「……君ぃ、ホントに人族なのかな? 結界術式を解くほど自分が力を使わされることになるなんて、微塵も思ってなかったよ」
「どう見ても人間だろ? 逆にテメェに聞き返すぜ」
「あははは! どう見ても人間でしょ? 自分も」
「ホントかよ…………」
まるで指揮者のように柄を振り、異形を造り出す。
戦闘経験が深いとは言えないバルファでも、魔法使いや魔術師との戦闘経験はある。
だが思い出す限り、ここまで埒外な戦闘能力は持っていなかったはずだ。
「本当だよ! ただ過去の亡霊が体を手に入れて復活しただけさ!! 言わば魔術師としての最前線、もっと言えば自分の全盛期――――そんな自分に張り合ってる一般人の方が、人間とは思えないでしょ?」
「魔術師の最前線と互角に戦えてるってだけだろ?」
「それがおかしいってことに何で気が付かないかなぁ……――――もしかして既に〝運命体〟が目覚め終えてるのかな? それとも君が今代の〝勇者〟なのかな?」
「何言ってんだ? 勇者なら俺が倒しただろ……」
「あぁ……アレは自分が造り出した勇者であって本物じゃないって。本物なら隣には必ず〝聖女〟と呼ばれる女がいるからね。まぁ、だから自分は困惑してるんだけどさ」
何故なら、
「君の隣には〝聖女〟がいない。それでも自分と互角に戦えている……おかしいよね? 自分は魔力量も並外れているけど、呪力も並外れている。つまり魔術師として出来ることに制限がないんだ」
「あぁ……前に会った魔術師がそれらしいこと言ってたな」
世界から呪われているほど、世界に理想を創造できる。
「自分はこれまでに数えきれないほどの異形を造り出した。この歴戦武具に込めた術式も持ち主が死んだ時に武器に吸収させるってものだった、ようするにこの武器が存在し続けるなら半永久的に異形を創造し続けるってことだ。それなのに君は――――これまでの異形のみならず、自分が即席で創造した異形すらも斬り伏せる」
「……斬れるもんは斬れるんだよ。そういう鍛錬を積んでんだ」
「いいねぇいいねぇ……自分はそういう理屈嫌いじゃないよ。正直、亜人なんかやめて君を実験材料として欲しいくらいだね」
「ふざけんな。テメェに未来はねぇよ」
相手は過去の亡霊。
歴史に残ることのない大罪を犯し、世界の意思によって留められた者。
それが悪であろうと、それが善であろうと、世界の抑止力として意識を留められた結果……歴戦武具という存在に留まる。
その結果がこれだ。
「何を怒ってるのかな? 君は」
「お前がやってきたこと全部に決まってんだろうが」
「えぇ……自分はまだ何もやってないよ? 強いて言うなら人間にお試しの術式を組み込んだくらいだし。そいつらも結局は異形になって君らにやられちゃったけどね!」
〝勇者〟として称えられたフリート。
人族最強の魔法使いであるイヤリス。
王都最強の騎士であるゴーン。
〝強さ〟で言うのなら、確かに歯が立たないほどのものになっていた。
それほどまでに少女の術式というのは強力なものであるのは理解している。
だが、そんなことではない――――
「俺の大切な場所を……俺の大切なやつらを……、テメェは狙ったんだ」
「でもさ、自分がいなくてもあの勇者たちなら君の家族を狙ってたんじゃない? 囮にしたら戻って来てくれるってさ!」
「俺の家族は強い。フリートなら見た瞬間に分かるはずだ。あいつは自分よりも強いに襲いかかるほど、馬鹿じゃねぇからな」
「うわっ、それはそれで酷くない?」
「はっ! 俺とあいつらは王都を出た時から敵同士だから問題はねぇ。でも、テメェは違う」
もしも、こいつがいなければ。
そんなことを今更言うつもりはない。
ただもしも……自分の家族が死んでいたかもしれないと言うのなら、話しは別だ。
あぁ……怒りが湧いてくる。
こいつが目覚めたことに。
フリートたちにいいようにされた自分に。
あのどうしようもない瞬間に諦めそうになった自分に。
世界の事情は知らない。
どれだけ、何を説明されても納得する気にはなれない。
だだ……こんなやつを留まらせておいた〝世界〟にすら怒りが湧いてくる。
「『闘気解放』ッ!!」
ぐにゃりと視界が歪んだことで、身体がふらついた。
久し振りに〝怒り〟を感じたからだろうか、今まで以上に体が熱い。
「おっ! また新しいやつかな!」
感情をトリガーに、破壊衝動を意識的にコントロールして体のリミッターを外す技術。
飛躍的な身体能力の上昇と自分ですら恐ろしいと感じることが出来る冷静さが保てる、〝静〟と〝動〟の境界に立っている状態である。
だが、今の状態は少しだけ違う。
体内で湧き上がる〝何か〟と混ざり合い感覚が鋭くなり過ぎている…………
「…………?」
「どうしたのかな?」
「思ったよりも、何も感じなくてさ」
「……生意気だねッ!!」
そう言って少女は大地に剣を突き刺した時、ボコボコと音を鳴らしながらバルファを中心に大地が大きく変形を始めた。
すると津波のような無数の腕がバルファの体を抑えようとし、大木をまる飲みにしてしまいそうなほどの大きな口が左右から強襲する。
王都にある城すらものみこんでいまいそうなほどの範囲、逃げ場はどこにもない――――
「(準備時間をありがとね!!)」
と、少女が笑った時
カチン
そんな音が、いやに耳に響いた。
術式から現れた攻撃が、まるで時が止まったかのように動かなくなり少女は首を傾げた。
「何が――――」
その瞬間、斬撃の軌跡が浮かび上がり少女の攻撃が霧散した。
まるで花吹雪のように灰が舞い上がり、静かに佇むバルファの姿が現れ始める。
「斬ったんだよ」
「……――――あははははは!!!! 本命はこっちだよッ!!」
高笑いに呼応するように亜人国家の大地に術式が描かれていく。
その術式から無数の異形が召喚され、まさに視界を埋め尽くさんばかりの異形が大地を蹴り上げて進撃してくる。
「守れるといいねぇッ!! 大切な場所ってやつをさ!!」




